トランプ大統領の暴露本は「真実」か「フェイク」か?アメリカ政治学者が話題の5冊を検証

写真:ロイター

2020年11月3日に 実施 予定のアメリカ大統領選で、共和党の現職ドナルド・トランプ大統領と民主党のジョー・バイデン氏の対決が注目されている「今」、就任時から数多く出版されている「トランプ暴露本」の背景や、中でも重要な5冊について、アメリカ現代政治学がご専門の上智大学教授、前嶋和弘さんが解説します。

「トランプ暴露本」はなぜ売れるのか?

2017年のトランプ大統領の就任以降、政権の内幕や私生活での「悪口」と言えるような内容を詳細に暴き出す「トランプ暴露本」が次々に出版されている。

こんなに暴露本が出た政権は過去にない。

それには複数の理由がある。トランプ氏はビジネスマンであり、政治のアウトサイダーである。ワシントン政治の「ルール」を知らないため、破天荒なやり方が目立っており、その分、反発をする人が多いというのが一つの理由だ。

ただ、それ以上に大きいのが、「トランプ暴露本」は圧倒的に売れるという事実である。

トランプ氏は1980年代半ばからずっとメディアの寵児(ちょうじ)だった。テレビや新聞、ラジオに頻繁に登場し、貿易政策や外交などの自説を述べるだけでなく、結婚や離婚、再婚や派手な私生活なども長年、ゴシップ誌のトップニュースだった。大統領就任前の20年近くは人気テレビ番組の司会者としても活動し、国民的な存在になっていた。

誰もが知るトランプ氏のは、メディアにとって「特集すれば必ず売れる」キラーコンテンツにほかならない。

就任以来の暴露本ラッシュは、この延長線上にある。書き手が、ゴシップライターから政治記者や側近に代わっただけである。

トランプ暴露本と「2つの真実」

就任以来の「トランプ暴露本」にはいろいろなタイプがあるが、非常に衝撃的でカラフルな内容が含まれているという共通項がある。

トランプ氏を嫌いな人には「これこそ真実」と大歓迎されるような内容ばかりである。ただ、注意しないといけないのは、一方で、完全に逆の見方もあるという点だ。トランプ大統領自身が「まったくのフェイクニュース」と言うだけでなく、トランプファンの多くにとっても暴露本は「フェイク」にすぎない。

そもそも トランプ暴露本が「真実」なのか「フェイク」なのかをじっくり検証することに大きな意味はないと筆者は考えている。

なぜなら、同じ情報なのに、それに対する見方が「真実」と「フェイク」と二分するのが現在のアメリカ社会だからだ。実際に、どの暴露本が出ても、記者や対立する民主党側やメディアにとっての大統領の批判材料にはなるが、大統領の支持率はまったく変わらない。

その背景にある政治的分極化現象について少し説明したい。

政治的分極化とは、国民世論が保守とリベラルという2つのイデオロギーで大きく分かれていく現象を意味する。保守層とリベラル層の立ち位置が離れていくだけでなく、それぞれの層内での結束(イデオロギー的な凝集性)が次第に強くなっていくのも、この現象の特徴だ。

政治的分極化の理由については、長くなるので今回は割愛するが、南部の共和党化や政治的意見の極端化など、ここ40年間徐々に起こってきた変化が、オバマ政権、さらにはトランプ政権で一気に極まった結果が分極化である。

トランプ政権の支持率の党派別の差を見れば、この「2つの真実」が垣間見える。

ギャラップ調査によると、2020年8月31日から9月13日のトランプ大統領の全体の支持率は42%だが、共和党支持者に限れば92%、民主党支持者に限れば4%だ。いずれもアメリカ国民の3割程度だが、両者の差はなんと88%である。共和党支持者にとってトランプ氏は「スーパーヒーロー」だが、民主党支持者にとっては悪の権化にほかならない。

トランプ氏をめぐる暴露本も、立場によって最初から受け入れ方が大きく異なっているのは言うまでもない。

5冊の重要な「トランプ暴露本」

評価が分かれる暴露本だが、誰がどんな意図で書いているのかを考えると極めて興味深い。

あまたの「トランプ暴露本」の中で抜きんでている、代表的な5冊の本を重要度で紹介してみる。

ジョン・ボルトン著『ジョン・ボルトン回顧録――トランプ大統領との453日(The Room Where It Happened)』(重要度A)

出版の約半年前まで安全保障担当補佐官としてトランプ政権における外交上の右腕だったボルトン氏が2020年6月に上梓(じょうし)した暴露本である。

内容の生々しさなど、国家秘密に触れる かどうか 議論が続いたほどであり、ほかのどの暴露本より重要度は高い。

内容は政権の外交政策についてであり、中国政策や北朝鮮政策など、基本的にはトランプ大統領は選挙対策としてプラスになる かどうか という観点から外交政策を行っていた、と痛烈に批判している。

中国政府が新疆ウイグル自治区にイスラム教徒の強制収容所を建設することをトランプ大統領が肯定したことなど、人権的な観点からの問題発言もある。

トランプ氏と安倍政権(当時)の近さを反映して、「日本」「安倍首相」「谷内正太郎・国家安全保障局長」などの言葉が頻繁に登場する。

逆に韓国の文在寅政権に対しては極めて否定的であり、韓国内では政権たたきにこの本が利用されている。それだけ 影響 力の大きな本であるのは間違いない。

ボブ・ウッドワード著『FEAR 恐怖の男――トランプ政権の真実(Fear)』(重要度A)

ニクソン政権時のウォーターゲート事件を暴いた、伝説の記者であるウッドワード氏が、政策関係者との強いパイプを基に積み上げた情報をまとめた力作。

2018年9月発売で、政権発足から最初の1年半の間、アマチュアであるトランプ氏を側近たちがいかにとどめ、政策の継続性を維持していたのかについての詳細が盛り込まれている。

例えば、トランプ大統領は2017年4月、当時のマティス国防長官に、シリアのアサド大統領殺害を 指示 したが、マティス氏は 指示 を受け入れながら、実際には命令を下さなかった。

さらに、2017年9月、米韓自由貿易協定の破棄が記載されている大統領令の文書を大統領が署名しないように、コーン前国家経済会議議長がこっそり隠してしまった。

大統領に面従腹背の側近たちのしたり顔は衝撃的だ。

ボブ・ウッドワード著『RAGE 怒り(Rage)』(重要度A)

ウッドワード氏は歴代の政権ごとに内部の政策過程を詳細に興味深くまとめ、どれもベストセラーとなっている。

政権発足1年半以後のトランプ政権については、第2弾である『Rage』が2020年9月15日に発売された(日本語版は12月に発売予定)。トランプ氏に何度も行ったインタビューがこの本の基調となっている。

特に、2020年のコロナ禍と人種差別反対運動については、本能的に「敵と味方」を 区分 するトランプ氏の対応がさらなる国内の分裂を招いていると 指摘 している。トランプ氏が早い段階から新型コロナウイルスの脅威を知っていながら、国民には感染力を過小して伝えたという疑惑も、この本で記されている。

また、北朝鮮の金正恩氏との間で交わされた、未公開の25通の個人的書簡の内容など、トランプ氏と金氏との妙な信頼関係が投影されている。

Rage

Fury )』(重要度B)">マイケル・ウォルフ著『炎と怒り――トランプ政権の内幕(Fire and Fury )』(重要度B)

就任して1年となる2018年1月に出版

コラムニストであるウォルフ氏は、この本を書くためにトランプ政権からホワイトハウスでの自由な取材を許されており、就任間もないころの政権の内部を伝える意味で興味深い。

ただ、もともとエンターテインメント系の記者であり、筆致はゴシップ風である。

「トランプ氏や周りは大統領選で勝つつもりがなかった」「選挙で名前を売ってビジネスに役立てればいいと思っていた」として、 予想 外の勝利に愕然(がくぜん)としたことや、そのために離婚を 主張 したメラニア夫人の声などが伝聞調でまとめられている。

すでに政権を去っているが、当時のバノン首席戦略官が、トランプ氏の長男ジュニア氏や長娘イバンカ氏に対して居丈高な姿勢を崩さなかったというエピソードも興味深い。

Fire and Fury

メアリー・トランプ著『世界で最も危険な男――「トランプ家の暗部」を姪が告発(Too Much and Never Enough)』(重要度C)

著者はトランプ大統領のめいである。2020年7月出版。

彼女の父フレッド・ジュニア氏は弟であるトランプ氏と遺産相続などの対立もあり、不仲だった。

「20年前の父の死の際にトランプ氏は映画館に行った」「トランプ氏は大学の共通試験であるSATを替え玉に受けさせた」などの 指摘 は、親族の告発としてほかの暴露本とは一線を画している。

叔父であるトランプ氏の再選は「アメリカの民主主義の終焉(しゅうえん)」だという 指摘 もある。

アメリカの「今」に迫る『ENGLISH JOURNAL』2020年11月号

前嶋和弘(まえしま かずひろ) 静岡県生まれ。上智大学教授。専門は現代アメリカ政治外交。上智大学外国語学部英語学科卒、ジョージタウン大学大学院政治学部修士課程修了(MA)、メリーランド大学大学院政治学部博士課程修了(Ph.D.)。主な著作は『 アメリカ政治とメディア 』(北樹出版、2011年)、『 危機のアメリカ「選挙デモクラシー」 』(共編著、東信堂、2020年)、『 現代アメリカ政治とメディア 』(共編著、東洋経済新報社、2019年)、“ Internet Election Campaigns in the United States, Japan, South Korea, and Taiwan ” (co-edited, Palgrave, 2017)など。

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