普段何気なく使っている日本語。「英語でなんて言えばいいの!?」と頭を抱えているのは、英語学習者の私たちだけではないようです。アメリカで生まれ、日本で暮らし、博多弁を操る言語学者のアンちゃんことアン・クレシーニさんが、「英語に訳しづらい日本語」と、その裏にある文化の違いを考察します。今回は、「頑張る」を取り上げます。
日本でよく使われる、「頑張れ」という言葉
私が日本に来て初めて学んだ日本語を、今でもよく覚えています。
「私の名前はアンです。」「ちょっと待ってください。」「外人」「お腹すいた」・・・そして、「頑張ってください」。
日本人がどれだけ「頑張る」という言葉と概念が好きなのか、 すぐに 気付かされました。
1日のうち、いったい何回この魔法の言葉を掛けられることでしょう?そして、何回言うことでしょう?
ほとんどの日本人が毎日のように言っている表現です。 でも、「英語で『頑張って!』はどう言うの?」と聞かれたら、めちゃ困ります。 なかなか英語に訳せません。
その理由は、言語の違いだけではなくて、文化の違いに関係しているから だと思います。
今回は、アンちゃんが「頑張る」という表現を解説していきたいと思います。
うまくできる かどうか わからないけれど、頑張るバイ!
文脈の違いで訳し方が変わる
広辞苑の第7版には、「頑張る」についてこう書いてあります。
我意を張り通す。
どこまでも忍耐して努力する。
私は、日本に来たとき、日本人と言えば「我慢」「思いやり」「頑張り」というイメージを持っていました。だから、広辞苑の「どこまでも忍耐して努力する」という文言は、日本の文化をうまく説明しているなぁ、と思います。
アメリカ人の中にも、もちろんめちゃくちゃ頑張る人がたくさんいると思いますが、日本人ほど頑張ろうとする人は 少ない と思います。日本人は基本的に「頑張ればできる!」というバリ強い思いを持っています。
「頑張る」の英訳は、文脈によって変わります。 今からその文脈について解説していきます。
「頑張る」は、自分からする行動です。
一方、「頑張って!」「頑張れ!」は、相手に送るエールです。
そして、「頑張ろう!」は、一緒に努力しようよ!という意味があります。この違いによって、訳し方が変わってきます。
では、いろんな「頑張る」パターンを見てみましょう。
大事なイベントを控えた人に言う「頑張って!」
日本では、舞台や試合などの大きなイベントを控えた人に、「頑張れ!」「頑張ってね!」と言いますね。この場合、当てはまる英語は“ Good luck !”です。
Good luck on your test today! I know that you will do great.試験、頑張ってね!きっとうまくいくよ!
Good luck at your game. I’ll be there cheering you on .試合、頑張れ!応援しているよ!もう1つ、スラング(俗語)的に使う言葉として、“Break a leg!”があります。直訳すると「足を骨折してね!」。よく考えたら、あまり応援しているように聞こえないかも・・・でも、「頑張ってね」という意味になります。
Break a leg! You will do great!頑張ってね!きっとうまく行くよ!
Break a leg out there. You will be awesome!頑張ってね!あなたならきっとできる!
ファンの人が言う、「応援してます!」
日本では、「応援しています!」という表現をよく耳にします。「応援する」は英語で、cheer for やcheer on と言うけれど、日本語ほど使いません。
例えば、私は出掛けるとよく視聴者や読者に会います。そして「頑張ってね!陰ながら応援しています!」と言われます。
英語に直訳すると、“I am cheering for you from the shadows.”となりますが、 とても不自然な英語 です。
残念ながら、この場合の「応援している」という日本語にピッタリ当てはまる英語はありません。
おそらく、以下のような表現がいちばん近いでしょう。
I’m a big fan!I’m a huge fan!大ファンです!
スポーツ観戦中の「頑張れ!」は?
同じように、「エールを送る」という日本語も英訳しにくいです。英語でyellという単語は「大声で叫ぶ」という意味です。けれど、 誰かに怒られるというニュアンスが強い 言葉です。
My mother yelled at me for not cleaning my room.私が掃除をしないから、お母さんに怒鳴られた。
My boss yelled at me for being late for work .日本語の「エールを送る」が指す、大声でチームを応援するような場合は、私が仕事に遅刻したから、上司に怒られた。
They are cheering loudly for their team.(彼らは大声でチームの応援をしている)などと言います。
ですから、「エールを送る」を英語で表現しようとすると難しいのです。
“I’m cheering you on .”や“I’ve got your back.” “I’m there for you.”のように、さまざまな表現があるけれど、「エールを送る」のニュアンスとはちょっと違います。
例えば、コロナ禍で頑張ってくれている医療従事者に「エールを送る」は、 「 感謝 の気持ちを表す」という意味 ですから、
Thank you for all your hard work .懸命な働きに 感謝 します。
Thank you for all you do.あなたがしてくれたすべてのことに 感謝 します。
I appreciate you.のように表現できます。あなたに 感謝 します。
スポーツを観戦しているときに「頑張れ!頑張れ!」と言いたい場合、人によって使う単語が違います。
You can do it!
Go Go Go!
Woo hoo!
Yes! Yes!
Come on !本当に、言う人や場合によって、表現が変わってきます。だから、「英語で『頑張れ』ってなんて言うと?」と聞かれても、なかなか答えられないのです。
落ち込んでいる人を励ます「頑張って!」
では、誰かが落ち込んでいたり、疲れていたりするときに言う「頑張ってね!」は、英語でどう言ったらいいでしょうか。 Good luck !ではありませんよね。
このときの「頑張って!」にいちばんふさわしい英語は、“Hang in there!”だと思います。この「頑張って!」は励ましの言葉です。
ほかに、
It is going to be okay.なんとかなるよ。
You will be okay.大丈夫だよ。
You are going to be fine .うまくいくよ。
You will get through this.など、場合によって、いろんな言い方があります。乗り越えられるよ。
落ち込んだ人に掛ける「頑張って!」は、いちばん興味深く感じます。
東日本の大震災の後、私は2回ボランティアに行きました。どこを見ても、
「頑張ろう!日本」「頑張ろう!東北」と書いてあるポスターや看板がありました。
最初は、少し違和感がありました。試験や試合の前に「頑張って!」と言うのはいいけれど、親族が亡くなった人に、「頑張って!」と言うのはどうだろう、と思いました。すごく、もの足りない表現に感じたのです。
だって、もしかしたら、「頑張っているけど、これ以上頑張れん!」と思っている人もいるかもしれません。それに、力の限り頑張ったけれど、もう頑張るエネルギーがない、という人もいる かもしれない のです。
丁度その頃、友達がすごく大事なことを教えてくれました。
日本語では、 「頑張って!」と「頑張ろう!」の意味が違う ということです。
「頑張って!」は、努力しているあなたにエールを送るみたいな感じで、 「頑張ろう」は、弱っている人に手を差し伸べて、一緒に努力しよう!という意味 だと。
なるほど、これは全然違うな、と思いました。
力の限り頑張ったけれど、もうこれ以上頑張れない!と思っている人に手を差し伸べる「頑張ろう!」という言葉は素敵だな、と思いました。
この「頑張ろう!」も英語に訳しにくいですが、強いて言えば、
Let’s do this together.一緒にしよう!
Let’s get through this together.一緒に乗り越えよう。
I will walk beside you during this hard time.となりにいるから、大丈夫だよ。
Let’s work together.一緒に努力しよう。前回の連載 で、英語ではあまりLet’sという表現を使わないと書きましたが、このような場合は使ってもいいと思います。
“I will be right there beside you to help you get through this hard time.”(私はあなたのそばにいて、このつらい時期を乗り越える手助けをします)みたいなニュアンスです。
個人的に、相手が深刻な状況のときには、できるだけ「頑張って」を使わないようにしています。けれど、ほかにふさわしい単語がなかなかなくて、結局使ってしまうことがあります。でも、使うなら、「頑張って!」じゃなくて、「頑張ろう!」と言うようにしています。
訳しにくい日本語の裏には文化がある
この連載では、言葉と文化の繋がりについて話していきたいと思います 。耳にたこができるぐらい話すかもしれませんが、この繋がりを理解してもらうことはとても大事だと考えています。
なぜ、訳しにくい表現があるのでしょう?
主な理由は、「文化によって大事にしている概念が違うから」です。 そもそも 、言葉の奥にある概念が違うのです。
次回以降も、いろんな奥深い日本語を解説していきたいと思います。ピッタリあてはまる英語がない場合が多いけれど、できるだけいちばん近い単語を教えていきたいと思います。
ハードルが高いチャレンジだけど、アンちゃんはバリ頑張るバイ!
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アン・クレシーニ アメリカ生まれ。福岡県宗像市に住み、北九州市立大学で和製英語と外来語について研究している。著書に 『アンちゃんの日本が好きすぎてたまらんバイ!』 (合同会社リボンシップ)。自身で発見した日本の面白いことを、博多弁と英語でつづるブログ「 アンちゃんから見るニッポン 」が人気。 Facebookページ も更新中!
写真:リズ・クレシーニ