誰もが手軽に発信できるようになったインターネット時代の今、私たちはどうやって自分自身のイメージを築いていけばよいのでしょう。脳科学者の茂木健一郎さんにお話しいただきます。
ネット上の自分を常に気にする時代
インターネットが空気のように当たり前のものになり、誰もがFacebookやTwitter、InstagramなどのSNSを使いこなす現代。ネット上で自分がどう見られるかということを気にせずにはいられない時代になった。
就職や転職の際や、人脈を広げ、耕すとき、あるいは仕事を得たり増やしたりするときにも、インターネット上の自分の存在の、いわば「時価総額」のようなものがものを言う時代になった。
ネット上の自分のイメージをどのように作り上げればいいのか。
一人の女性の生き方が、大いに示唆を与えるように思う。
それは、往年の大スター、マリリン・モンロー(Marilyn Monroe)である。
マリリン・モンローのことは、私が子どものころから何とはなしに知っていた。主演した『お熱いのがお好き』(原題 Some Like It Hot)などの映画を見たのは、学生になってからのことである。
そのころ、世間はもちろん、私の中でも、マリリン・モンローには、男性から見て魅力的な、ブロンド(金髪)の女性というイメージがあった。そんな彼女のことは、それほど強い関心を持てず、視野のどちらかと言うと片隅で見ていた。
彼女の私生活に注目すると、また別の側面が見えてくる。マリリン・モンローは野球のスター選手だったジョー・ディマジオと結婚した。その後、劇作家のアーサー・ミラーとも結婚したという話を耳にしたとき、へえと思った。
一般に流布している印象とは違う何かがあるのかなと思い始めたのである。
「ねつ造」された社会的イメージ
マリリン・モンローの本名は、ノーマ・ジーン・モーテンセン(Norma Jean Mortenson)という。ノーマ・ジーンのもともとの髪の色は、実はブロンドではなかった。「マリリン・モンロー」になるために、金髪に染めたのである。
そのことを知ったとき、私は、一気にノーマ・ジーンという女の人を、「信用」する気になった。そして、その生涯に関心を抱くようになった。
男性が好むようなブロンドの女性のステレオタイプが、生まれつきのものではなく、作ったもの、敢えて言えば「ねつ造」されたものであるという点に、とても興味深いものを感じたのである。
インターネットの普及により、メディア環境が激変した。かつては一部のスターだけに当てはまった、いかに社会的なイメージを作るかという課題が、誰にとっても切実な問題になってきている。
「本当の自分」と「ネットの中の自分」
ネット上で成功している人を見ると、意識している かどうか は別として、人々が求めるキャラクターを作っているケースが多いように思う。
その人の「素」がどうであるかということよりも、ネット上でどのように振る舞うと、どのように受け取られるのかということを熟知している人が結果としてフォロワーを増やしたり、話題になったりしている。
そのような方々にとって、ネット上での自分の売り込みには、おそらく、「良心」は邪魔なのである。ここで言う「良心」とは、「本当の自分」と、「ネットの中の自分」が一致していなければならないという思い込みのようなものである。実際、そのような思い込みを外した人が、大きく「ブレイク」している。
現代では、誰でも、「ノーマ・ジーン」から「マリリン・モンロー」への飛躍を経験することができるのである。
何者かのふりをすることで、新しい自分を作り上げることができる。創造性の最高のかたちは、自分が変わることである。「ノーマ・ジーン」が「マリリン・モンロー」になったのは、一つの芸術表現だったということもできるだろう。
「装い」の奥にある「本質」を見せること
一方で、何者かのふりをし続けるということは、疲れることでもある。マリリン・モンローも、実生活上ではさまざまなストレスを感じ、苦しんだ時期もあるようだ。
実際、ネット上の自分をどのように作るかというテーマにおいては、装うだけでなく、いかに素を生かすかということも大切だと思う。
アートディレクターの佐藤可士和さんに、良い広告とは「包み紙を外すこと」だと聞かされたことがある。少しでも良く見せようと自分を創るのではなく、むしろ余分なものを外して、自分の核となる部分をそのまま伝える。そのような姿勢で作った広告の方が、かえって成功することが多いのだという。
マリリン・モンローも、時代が流れて、今や素のノーマ・ジーンに対して関心を抱く人が増えてきているように思う。また、ひょっとしたら、マリリン・モンローとして振る舞っていた彼女が魅力的だったのは、その背後にいるノーマ・ジーンが透けて見えていたからではないか、という風にも考えられる。
ネット上で多くの人に興味を持ってもらうためには、何らかの仕掛けが必要である。しかし、関心を持ってもらったその後に「熱」を長続きさせるためには、「装い」を外した「本質」も見せる必要がある。
世の中が何を求めているのかという命題から、「マリリン・モンロー」が導かれる。一方、誰の中にも、その芯には「ノーマ・ジーン」がいる。あなたを飛躍させる「マリリン・モンロー」と、あなたの中の「ノーマ・ジーン」と。
その間で揺れ動くことが現代の自己表現だとしたら、かつてはハリウッドのスターだけが悩んでいたことが、今や誰もが抱える切実な問題となっているのである。
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写真:山本高裕茂木健一郎(もぎ けんいちろう)
1962年東京生まれ。脳科学者、作家。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学大学院物理学専攻課程を修了、理学博士。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。
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