インターネットで大量の情報にさらされるようになった今、現代人はどのように振る舞うのが最善なのでしょうか。脳科学者、茂木健一郎さんに、その疑問にお答えいただきます。
言葉の海に埋もれる時代
私たちは、毎日、とても多くの情報に接している。
ツイッターやフェイスブック、インスタグラムなどのSNSの発達によって、ひと昔前では考えられないほどのたくさんの情報に接するようになった。さらには、ネットでニュースを見たり、ブログを読んだりする機会も多い。
若者が新聞を読まなくなった。本が売れなくなった。
そのような声は聞こえるし、確かに問題がないわけではないが、実際には私たちが一日に読むテクストの量は、飛躍的に増大している。
そして、さらに重要なことに、平均的な人が発するテクストの数も増大している。ツイッターのつぶやき、フェイスブックの書き込み、インスタグラムの文字情報。読むテクストの量だけでなく、書き込む量も増えている。
受け手として。そして送り手として。
インターネットが普及する以前に比べると、私たちは言葉の海に埋もれた時代に生きているのである。
言葉の重みの変化
言葉があふれた海を泳ぎ回る現代人。
そうなると、気になるのは、いったい、そんなにたくさんの言葉にどう対応したらよいのかということだ。
一つひとつの言葉の意味が、軽くなってしまうのではないか。
どんな言葉も、あっという間に流されていってしまうのではないか。言葉に対する接し方が、粗くなってしまうのではないか。そんな 懸念 を耳にする。
確かに、そのような 懸念 にも根拠はある。一方で、私たちは、インターネット以前の時代に戻ることはできない。
本格的な人工知能時代を迎え、流通する情報の量は増大しこそすれ、減ることはない。
私たちは、覚悟を決めて、大量の言葉の海の中を泳ぎ切るしかないのだ。
仕組み ">感情にタグ付けする脳の 仕組み
どうすれば、たくさんの言葉の中で生き生きとした「生」を確保できるのか。
脳の 仕組み から、一つの提案ができる。
それは、「感情のタグ付け」。
大量に出合う言葉の中から、心を動かされたもの、ひっかき傷をつけられたもの、感動したもの、なぜか気になったもの、そのようなものに感情のタグを付けて、記憶しておけばよいのである。
もともと、脳の中で感情の中枢である「扁桃体」と、記憶の中枢である「海馬」の間には密接な関係がある。
接する言葉のうち、気になったものを扁桃体がタグ付けして、その情報を海馬に送る。このような感情の 処理 は、大脳新皮質に比べて時間的に「先回り」していることが知られている。
「今から大脳新皮質で 処理 される言葉は、感情的に重要ですから、注意してください」というような情報を、海馬に送る。
海馬は、大脳新皮質と共同して、入ってくる言葉を記憶し、定着する。
だから、心が動かされ、感情のタグ付けがされた言葉は、それだけ強く記憶されることになる。
最近流行りの表現で言えば、「エモい」 かどうか を、扁桃体が 判断 して、感情のタグ付けをするのだ。
選択の蓄積が「自分らしさ」をつくる
感情のタグ付けは、あくまでもその人の主観によるもの。
もちろん、多くの人たちの心を動かす言葉もある。一方で、たった一人の心だけに届く言葉もある。
感情のタグ付けが行われる言葉は、人によって違ってよい。
大量に届く言葉のうち、自分の心に引っかかったものだけをフィルターして、脳内の記憶に留めるメカニズムが一人ひとりにある。そこに個性が表れる。
つまり、選択そのものに自分が表れているということであり、逆に言えば、そのように選択を積み重ねることで自分がつくられていくということでもある。
大量の言葉のうち、何が自分の心を動かすかは、最高の自分らしさの表現なのだ。
「大迫半端ないって!」のブームをひも解く
最近のネットで話題になった「感情のタグ付け」が行われた言葉といえば、たとえば、ワールドカップロシア大会で活躍した日本代表の大迫勇也選手と高校時代に対戦した中西隆裕選手が発した、「大迫半端ないって!」だろう。
日本代表の活躍と相まって、この言葉が発掘され、一大ブームとなった。
鍛え抜かれた選手たちが見せる魂のプレイに、「半端ない」という言葉の語感がぴったりと合って、ネットやメディアにあふれることとなった。
日本代表が激戦の末、ロスタイムの最後にベルギーに加点されて惜しくも敗退した後、西野朗監督が選手たちにかけた言葉も、忘れがたい。
「ベルギー戦が終わった後の背中に感じた芝生、見上げた空の色は忘れるな」
この言葉ほど、あの敗戦の無念さと、全力を尽くした満足感、そして虚脱感を的確に表現したものはないだろう。
だからこそ、「感情のタグ付け」に引っかかって記憶されているのだ。
ストレスなく大量の言葉と向き合うために
感情のタグによる記憶の選別という視点から見れば、どんなにたくさんの言葉がインターネットにあふれてもよい。
安心 して、リラックスして接してよい。
すべてを記憶する必要なんてない。常に緊張感を持っていなくても良い。
一つひとつの言葉に対して、真剣に接しないとリスペクトに欠けるということもない。
ただ、ゆったりと言葉たちに接しさえしていれば、感情のタグ付けにひっかかって必要な言葉は記憶してくれる。
そう考えれば、ストレスなく、大量の言葉たちに向き合うことができる。
聞く者の心を動かす言葉
問題は、自分の発する言葉が、他人の感情のタグに引っかかって、覚えておいてもらえるか。
意外なことに、記憶に残る言葉は、本人にとってはそれほど意識しないもので、まさかそれが強い印象を与えるなんて思わないことが多い。
中西隆裕選手が発した「大迫半端ないって!」は、自分の気持ちをただ素直に表現したものだろう。
西野朗監督の「ベルギー戦が終わった後の背中に感じた芝生、見上げた空の色は忘れるな」も、メディア向けに練り上げられたものではないだろう。
むしろ、意識せず、自然に出てきた言葉だからこそ、その人柄が素直に伝わってきて、聞く者の心を動かし、印象深い言葉として記憶された。
インターネット上では、作為や計略は案外見破られてしまう。
言葉があふれる中で、少しでも記憶に残る言葉を発信しようとしたら、結局、奇をてらわず、自分の気持ちを素直に表現するのがよいということになりそうだ。
つまりは、素の自分が大切なのである。
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茂木健一郎(もぎ けんいちろう)
1962年東京生まれ。脳科学者、作家。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学大学院物理学専攻課程を修了、理学博士。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。
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