新型コロナウイルスの 影響 で、人々の日常生活や働き方は大きく変化しています。人と人との接し方やコミュニケーションの取り方など、 今後 、世界はどのように変わり、そしてどんな力が求められるようになるでしょうか。脳科学者・茂木健一郎さんに日本、世界のこれからを 予測 していただきます。
中世ルネサンスの原動力になったもの
14世紀にヨーロッパで起こったペストのパンデミックのしばらく後に、フィレンツェを中心に「ルネサンス」が起こったというのは大変興味深いことである。
15世紀初頭に制作されたミケランジェロの「ダビデ像」は、ルネッサンスを象徴する存在。そこには、人間の力や 可能性 を信じる精神があふれている。旧約聖書の中で、巨人ゴリアテを倒すために、ダビデが石を投げようとしているところを捉えた傑作。相手がどんなに強大でも、知恵を絞り、勇気を持てば克服できるという信念がそこにある。
なぜ、パンデミックの後にルネサンスが起こったのかということについては諸説ある。複雑な歴史事象は簡単に割り切れるものではないが、一つには人々がより「本質」について考えるようになったのも 原因 ではないかと言われる。
それまでの、たとえばキリスト教会の指導だけに縛られた生き方ではなく、一度原点に戻って、あらためて生きること、社会や世界について考え直す。そのような姿勢が「文芸復興」としてのルネサンスの原動力になったと考えられるのである。
私たちは「新しい文化」を生み出せるのか?
時代が流れて、私たちは100年に1度とも言われるパンデミックのまっただ中にある。今までのやり方では通用しない、生活スタイルを変えなければならない。そんな状況の中で、私たちもまた、新しい文化を生み出すことができるのだろうか。
見直しを迫られるのは、このところ世界の潮流をつくってきた「グローバル化」の考え方だろう。人やモノ、情報が地球上を行き交い、その中で「卓越」や「優秀さ」を競い合い、イノベーションを起こす。そんな強迫観念のような価値観が揺らいでいる。
たとえば、日本の大学よりも海外の大学を目指すべきだとか、世界大学ランキングの上位が望ましいといった方向性は見直されざるを得ないだろう。 そもそも 、国内、国外に限らず、大学の授業はすべてリモートになっているケースが多い。留学しても、結局、オンラインで学んでいるのと変わらないという嘆きを聞く。
何かを学ぶときに、 そもそも 本質的なことは何なのか、ただ物理的に海外に移動したり、広々としたキャンパスを闊歩(かっぽ)すればそれでよかったのか?学びの本質は、そこにはない。今まで暗黙のうちに 前提 とされていたことの根本が問われなければならない。
これからの時代に問われるコミュニケーション力の本質
ルネサンスで発揮されたような創造性は、脳の働きから見ると「コミュニケーション」のあり方と深く関わっている。「ダビデ像」は、見るものに何を伝えるかという究極の「表現」である。
留学や、世界大学ランキングといった「グローバル化」の潮流からいったん離れて、これからのコミュニケーションそのものの本質は何かと考えたときに、浮かび上がってくるのは「ほんものの英語力」であろう。
どんな手段で、それを身に付けるかは問わない。ネット上で動画をたくさん見たり、チャットをしたり、リモートで友人と話してもよい。どんな方法を使ってもいいから、結局、その人がどれくらいの英語力を持っているのか。これがこれからの時代に問われるコミュニケーション力の本質だろう。
「ほんものの英語力」とは、海外の有名大学に留学して箔(はく)を付けて帰ってくることではない。学位でもない。ましてや「意識高い系」の言動でもない。シンプルに、英語を使ってどれくらい強靭(きょうじん)な思考を表現できるか、相手と深い意思疎通ができるか。そこに鍵がある。
今や英語を話すのはネイティブだけでない。第二言語として英語を話す人同士のコミュニケーションがますます重要になってくる。創造することは、伝えること。21世紀の「ルネサンス」における鍵となる能力の一つは「ほんものの英語力」である。だから、大いに精進しなければならないし、私自身も努力したい。
おすすめの本
コミュニケーションにおける「アンチエイジング」をせよ。「バカの壁」があるからこそ、それを乗り越える喜びもある。日本の英語教育は、根本的な見直しが必要である。 別の世界を知る喜びがあるからこそ、外国語を学ぶ意味がある。英語のコメディを学ぶことは、広い世界へのパスポートなのだ――茂木 健一郎
デジタル時代の今だからこそ、考えるべきことは多くあります。日本語と英語……。自分でつむぐ言葉の意味をしっかりと理解し、周りの人たち、世界の人たちと幸せにつながれる方法を、脳科学者・茂木健一郎氏が提案します。
- 著者: 茂木健一郎
- 出版社: アルク
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茂木健一郎(もぎ けんいちろう)
1962年東京生まれ。脳科学者、作家。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学大学院物理学専攻課程を修了、理学博士。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。