8月になっても収束の気配すら見せない新型コロナウイルスの 影響 。今、脳科学者・茂木健一郎さんが考える、これからの学習の理想郷とは?
name-droppingという言葉の意味
パンデミックでたいへんな状況がまだまだ続いている中、世界の移動はなかなかままならない状況になってしまった。
私も、かつて留学していたイギリスに毎年のように行っていたのが、今年は身動きができない。そんな中、ケンブリッジ大学の恩師、ホラス・バーローが98歳で亡くなった。ほんとうに寂しい限りである。
ケンブリッジにいた2年間の思い出は大切なものだが、 同時に 、なんだか胸がざわざわする。自分は、かつてケンブリッジにいたアイザック・ニュートンやスティーヴン・ホーキングなどの偉人に比べたら、何事もできていない。思い出してみると、ケンブリッジゆかりのほとんどの人は、たいしたことができていない。もちろん、私自身も。ほんとうに情けないと思う。ライフワークである意識やクオリアについて少しでも引っかき傷を残すことをしたいと思う今日この頃である。
これはアメリカで主に使われるのだろうけれども、name-droppingという言葉がある。「名前を落とす」。有名な人の名前を親しそうに話したり、あるいは大学などの権威ある機関や、有名出版社、放送局の名前を出して自分を高めようとたりする行為。そのようなことをする人が、name-dropper。名前を落とす人。情けないし、実質とは全く関係ない。
ケンブリッジにいたとき、何しろイギリス人は控えめだから、あまり名前を落としている人たちはいなかった。むしろ、ケンブリッジという偉大な伝統の中で、押しつぶされそうになっている人が多いような気がした。
一方、ケンブリッジに留学している日本人には、名前を落とす人がたくさんいる印象だった。一度だけ、現地の日本人会に行ったけれども、自分の「本務先」の日本の大学の人事のような見栄の話ばかりで、うんざりして二度と行かなくなった。そのような方々に限って、日本に帰ってくると「ケンブリッジでは……」などと言う 傾向 がある。まさに名前を落とす人たちだ。
「名前を落とす」に弱いというのは、日本人の特徴のように思われる。国内で言えば、東大や京大。海外で言えば、ケンブリッジ、オックスフォード、ハーバード、スタンフォード。そのような名前に日本人は弱いし、その際、実質はほとんど考えていない。
これからは名前より本質が重要になる
DNAの二重らせん構造の「発見」でノーベル賞を受けたフランシス・クリックとジェームズ・ワトソン *1 の業績については、微妙な思いというのが多くの科学者の正直な気持ちだろう。地道に実験してデータを集めていたロザリンド・フランクリンは受賞の対象にならなかった。ロザリンドの上司のモーリス・ウィルキンスが、クリックとワトソンにデータを見せてしまった。結果として、クリック、ワトソン、ウィルキンスがノーベル賞を共同受賞した。そのとき、ロザリンドはもう亡くなっていた。
ワトソンの著書『二重らせん』 *2 にはいいことが書いてある。「ケンブリッジのほとんどは凡人だ。そのことに気づかないと、いい仕事はできない」と。
ほとんどが凡人なのは、ハーバードでも、スタンフォードでも同じことだろう。 そもそも 、現在のイノベーションは、ビットコインをつくった「サトシ・ナカモト」(偽名)のように、大学や権威と関係ないところで行われている。
パンデミックで、留学とか移動がしにくくなって、外国の大学に行けばいいという風潮ではなくなってきているのは、いいことだと思う。ハーバードではとか、スタンフォードではとかいう、名前を落とす人の勢いがなくなって、みんなが実質を見るようになればいい。本質だけを見ていれば、英語の勉強でも何でも、いつでもどこでもできる。英語の検定試験が何点だと言ってマウンティングする人たちも少なくなっていけばいい。
さようなら、名前を落とす人。
本当に大切なことは何か。この危機を きっかけ にみんなが考えれば、14世紀のイタリアでパンデミックの後にルネサンスが起こったように、日本でも一人ひとりが元気になるのではないかと夢想している。
そこに開けてくるのは、みんなが一人ひとり、学校や権威と関係なくフェアに伸び合うことのできる学習の理想郷である。
アフター・コロナ これからを生き抜く力を考える
新型コロナウイルスの 影響 で、人々の日常生活や働き方は大きく変化しています。人と人との接し方やコミュニケーションの取り方など、 今後 、世界はどのように変わり、そしてどんな力が求められるようになるでしょうか。コロナ収束後の未来とは? 『ENGLISH JOURNAL』2020年9月号の特別記事では、6名の方に、今の、そしてこれからの世界について考察いただいています。
おすすめの本
コミュニケーションにおける「アンチエイジング」をせよ。「バカの壁」があるからこそ、それを乗り越える喜びもある。日本の英語教育は、根本的な見直しが必要である。 別の世界を知る喜びがあるからこそ、外国語を学ぶ意味がある。英語のコメディを学ぶことは、広い世界へのパスポートなのだ――茂木 健一郎
デジタル時代の今だからこそ、考えるべきことは多くあります。日本語と英語……。自分でつむぐ言葉の意味をしっかりと理解し、周りの人たち、世界の人たちと幸せにつながれる方法を、脳科学者・茂木健一郎氏が提案します。
- 著者: 茂木健一郎
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茂木健一郎(もぎ けんいちろう)
1962年東京生まれ。脳科学者、作家。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学大学院物理学専攻課程を修了、理学博士。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。