言語学者のアンちゃんことクレシーニ・アンさんが「多様性」を軸に、毎回さまざまなテーマでその考えをつづる連載第7回。今回は、「ジェンダー平等」を実現する鍵はどこにあるのか、日本とアメリカの産休・育休制度を見ながら考えていきます。
目次
「理解のある人」になりたい
ヤッホー!アメリカ系日本人のアンちゃんです。
私は25年間日本に住んでいて、昨年、念願の日本国籍を取得した。この連載では、四半世紀に及ぶ日本での生活を通して、多文化理解について学んだことを書いている。これまでの記事でも触れてきた通り、私は何よりも「理解のある人」になりたい。失敗も多いけれど、ちょっとずつそういう人になりつつある、と思いたい。そして、読者の皆さんにもその失敗と成長についてシェアしたいと思っている。
今回で連載は7回目。今までもこれからも、日本に来てからの人生を振り返りながら、「多様性」について皆さんと一緒に考えていきたいです。もし、まだ読んでいない回があったら、ぜひさかのぼってチェックしてみてください!
◆ これまでの「多様性の懸け橋」を読むなら下記からどうぞ!◆
今日は、近年よく耳にする「ジェンダー平等」について話すね。さて、始めよう!
きっかけは「カツカレー」と「球技大会」
前回は、第1子の誕生、育児に関する価値観や文化の違いについて話した。
私は日本に来て以来ずっと、大学においてフルタイムで働いている。3人の子どもを妊娠・出産した経験は、「ジェンダー平等」について考える機会となった。日本に来るまではあまりそういったことはなく、「こんなのダメ!」「不公平だ」と感じることも、自分自身をフェミニストだと考えたこともなかった。それが、日本では「これはどう考えてもおかしい」ということがかなりあり、「日本の社会において『女性』とは一体なに?どう思われているんだろう?」と考え始めたのだ。
初めてジェンダー平等に関する疑問を抱いたのは、教員になって1年目のとき。その日、私は学食でカツカレーをおいしくいただいていた。そこへ男性の同僚がやって来て、「日本では女性はカツカレーを食べないよ。うどんを食べるんだ」。
は?何それ?
腹が立って仕方がなかった。まず、私はうどんがあまり好きじゃない(きっと福岡県民にブーイングされる!ごめん!)。でも、仮にうどんが好きだとしても、その日はカツカレーを食べたいから食べていたのだ。なぜ“女性だから”といって、好きではない、低カロリーのうどんを食べないといけないわけ?私は彼を無視してカツカレーを完食した。
2度目の疑問は、大学の球技大会に参加したときのこと。私は小さい頃からずっと、兄弟や近所の男の子たちとスポーツをやっていたけん、「めっちゃスポーツができる人」だ。特にバスケットボールと野球が大好き。だから、球技大会では学生と一緒にバスケとソフトボールに参加しようと決めた。
ところが、その際のルールがあまりにも「びっくり」過ぎて、ショックで気絶しそうに・・・。まずバスケでは、女性が得点した場合は2倍の加点になる。ゴールを決めて2点なら「4点」、3ポイントシュートを決めれば3点が「6点」という具合。そしてソフトボールでは、女性はバットに球を当てれば自動的に「セーフ」。守備側のときは、スムーズに捕球できた時点で相手が「アウト」になる。捕ったボールを投げなくても、だ。
気持ち悪くなった。この特別な「女性ルール」は一体なに?実力でどんな男性でも倒せるけん、こういう特別扱いなんて必要ない。むしろ嫌だった。だけど周りの人に言ったら、「まあ、女性は男性より運動神経がよくないから仕方ないよ」みたいな反応。うーん・・・。納得できなかった。
休めない!・・・のに休まないといけない
そして、何より大きなショックを受けたのは、次女を産んだ後、産休を取るかどうかについて考えていたときだ。当時、私は大学の専任教員ではなかったため、産休・育休どちらの期間中も無給状態だった。私の場合、復帰後、産休期間に関しては給料の約6割の金額が社会保険から、育休期間に関しては約4割の金額が雇用保険からもらえることになっていたものの、休んでいる間は大学から給料が出ない。しかも、健康保険料と厚生年金は引かれるため収支はマイナスになる。夫はそのとき大学の非常勤講師だったため、大学の夏季休暇中は給料が出ない。〔*1、2〕
次女の出産予定日は8月末だった。私が産休・育休を取ったら、夫婦ともに収入ゼロの夏休みになる恐れが・・・。そこで私は夫と相談し、産休・育休を取らずに、溜まっていた有給休暇を全部消化することにした。そうすれば給料が出る。期間にして1カ月ちょっとの休みにしかならないけれど、1人目を産んだ後はずっと元気だった私だし、夫も家にいるから子どもを世話することができる。日本では、赤ちゃんの出産後わずか1カ月しか休まないなんて「マジであり得ない」んだろうけど、私は普通にできると思っていた。
ところが、大学に報告したところ、「申し訳ないけれどそれはできない」と言われたのだ。というのも、日本の法律では産後少なくとも6週間の産後休暇を取らないといけない〔*3〕。でも、ちょっと待ってよ!無給は困るのに、強制的に産休にしないといけないってこと?信じられない・・・。
大学の事務担当者は申し訳なさそうな顔をしていた。もちろん、大学は悪くない。法律に従っているだけだ。とはいえ、「選択肢がない」というこの現実。いざ直面すると、ジェンダー平等のなさを痛いほど実感した。
- 〔*1:編集部注〕産休・育休中の給与は基本的に支払われませんが、独自に制度を設けて支給する一部企業もあります。また、妊娠・出産に際して受けることができる給付金には出産育児一時金、出産手当金、育児休業給付などがありますが、クレシーニさんの出産当時から変更になった点(支給率、対象期間など)もあるのでご承知おきください。
〔*2:参照〕【厚生労働省:出産育児一時金の支給額・支払方法について】/【厚生労働省:育児休業給付について】/【働くパパ・ママの育休ガイド:産休・育休中の給料って?もらえる期間や申請方法は?育児休業給付金などのお金について】/【産休・育休中、給料は出ない? もらえる給付金の計算方法・期間を解説】/【働く女性の心とからだの応援サイト - 〔*3:参照〕【働く女性の心とからだの応援サイト:産前・産後休業を取るときは】
「無意識の偏見」と「意図的な偏見」
私は全国で「多様性」や「無意識の偏見」について考えるための講演活動を行っている。この「無意識の偏見」というのが、日本の社会に蔓延していると思う。アメリカに顕在している「意図的で分かりやすい、悪気のある偏見」ではなく、無意識のうちに持つ偏見。この“強制的産休”がまさに無意識の偏見の塊だ。「旦那さんが大黒柱で、旦那さんの給料から家賃・光熱費・教育費などを支払う。一方、奥さんの給料はおやつや習い事のため」たみいな感じだ。つまり、「夫の給料があるのだから、6週間休むことになっても経済的に全く困らないでしょう?」と。
「夫の給料があるから大丈夫だろう」という無意識の偏見を前提に作られている法律。この偏見には全く悪気がない。むしろ女性を守ろうとしている。「安心して休める」ことは大事だからこそ、この法律が作られたに違いない。ただし、うちの家族の場合は私が大黒柱だ。無理やり休まされると経済的に困ってしまう。それでも、法律だから仕方がなかった。6週間の無給の産休中、2カ月分の家賃と光熱費などは貯金から捻出した。
「選択肢」が平等を作る鍵
アメリカに比べれば、日本の産休・育休制度は非常に優れている。1年間以上、安心して休むことが可能だ。一方のアメリカでは、その安心感がない。法律上、6週間の産休を取ることはできるが、給料が出るかどうかは勤務先次第だ。さらに、それ以上休むとなると、仕事が守られる保障はない。だから日本の制度の方が、女性の仕事をよっぽど守ってくれる。
ただ、「選択肢」がないことは、ジェンダー平等にとっての大きな妨げだと思う。もし私が「アンちゃん、ジェンダー平等の鍵は何ですか?」「女性が輝く社会はどうやったら作れますか?」と尋ねられたら、こう答えるだろう――「選択肢」だと。
そう、選択肢こそ、ジェンダー平等の鍵だと思っている。うどんかカツカレー、好きな方を食べられること。PTA役員になるかならないか、自由に選べること。子どもを産むか産まないか、自分で決められること。産休を取るか取らないか、選択できること。キャリアウーマンになるか専業主婦になるか、自分の道を歩めること。休みたいなら安心して休むことができ、働きたいなら問題なく働けること。
――こうした選択肢こそが鍵であり、そして、多様性に富んだ社会へのヒントと言えるだろう。全ての女性が、私のように「早く復帰したい」と思っているわけじゃない。1年間ゆっくり休みたい人もいれば、ずっと子どもと一緒にいたいと考える女性もいる。そうした願いに応える選択肢が存在することも大事だ。
もちろん、他の国に比べると、日本の女性には自由がたくさんある。この国におけるジェンダー平等は間違いなく進んでいる。これまでなかった選択肢も、少しずつ手に入るようになりつつある。25年間日本に住んでいる私はそう実感している。
ただ、まだまだ頑張らなければいけない。現在、海外に永住する日本人の6割以上は女性だそうだ〔*4〕。その背景にはたくさんの理由があると思うけれど、一つは、「海外の方が女性として生きやすいから」だと思う。以前、アメリカで出会った日本人女性に、「アンちゃんがなぜ日本に住みたいのか分からない。日本では息ができない」と言われたことある。「息ができない」――その理由は、選択肢がないからだったのだろう。
- 〔*4:参照〕【外務省 / 海外在留邦人数調査統計】/【「日本住みはリスク」増える海外永住57万人 米欧豪へ】
選択肢が増える未来のために
選択肢が豊富な社会に変化することで、少子化は多少改善されるのではないだろうか。キャリアを築くことも家族を持つことも可能だと分かれば、女性は安心して子どもを産めると思う。同時に、「キャリアのために子どもを産まない」選択肢だって大事だ。
仕事と育児を両立できる社会を作ることは可能だと私は思う。そのために選択肢が必要だ。「全ての人に選択肢が与えられる」、これは今後、私たちが真剣に考えるべきことだ。
アメリカの産休・育休制度はあまりいいとは言えないから、日本はそうならないでほしい。女性が十分に守られるものではないから、「子どもを産むために安心して休む」という選択肢がないと感じる。日本の制度や実情も完璧というわけではない。つまり、妊娠・出産や育児、それに伴う産休・育休、復帰して働くことなどに関して、アメリカも日本も、選択肢はまだ不足している。その選択肢が増えれば増えるほど、どちらの国も生きやすい社会になると思う。
ああ、熱く語りすぎて少し疲れたけん、カツカレーを食べに行こうかな。
次の記事では、日本の謎の「イクメン」という単語について話そうと思っているよ。お楽しみに!
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