連載「翻訳の不思議」第11回。翻訳家の樋口武志さんが取り上げるのは、会話のつなぎ言葉として使われる「like」。時に頭が悪く聞こえると言われたり、翻訳家には訳し飛ばされたり、ときに訳に悩んだり――この「like」の正体とは?
目次
人はなぜ、likeという言葉を何度も口にするのか
イギリスの大手新聞「ガーディアン」のサイトで興味をそそられる記事を見つけた。
Why do people, like, say, ‘like’ so much? なぜ人は「like」という言葉をこんなにたくさん口にするのか。なぜなのだろう。確かに映画やドラマやインタビューや音楽など、あらゆる場面でlikeという言葉を耳にする。ここで言っている「like」とは、例えば記事で紹介されていた文例を挙げると、以下のようなものだ。
インタビュアー
“Do you think that your acting career has helped you with, kind of, like, your music career?”
(「役者としての活動は、なんというか、音楽活動に役立っていると思いますか?」)
アーティスト
“For me they’re, like, the same energy,” replies Cameron. “Which is, like, when people are, like, ‘You have to choose,’ I’m like, ‘They feel the same!’”
(「私にとってその2つは、同じエネルギーという感じ」とキャメロンは言う。「つまり、例えば、人に『どっちか選べ』と言われると、私は『どっちも同じ感覚!』と答える」)
つまり「好き」という意味のlikeではなく、例えばfiller phraseやdiscourse markerと呼ばれる「つなぎ言葉」など、文の途中に挟まれるlikeだ。このタイプのlikeは例に挙げたアーティスト固有の口癖というわけではなく、実に多くの人が使っており、記事によればビリー・アイリッシュもよく使っているという。
フォーマルな場での多様は避けるべきなのか
だが、ビジネスやアカデミックな場面において、こうしたlikeの多用は避けた方がよいと聞いたことがある人もいるのではないだろうか。likeをあまりに連発すると不快感だけでなく、stupidな印象を与えると言われているからだ。どこで聞いたか、私もそうしたイメージを持っていた。実際「Why Do People Say "Like"?」と題したTEDトークも存在し、その冒頭ではlikeを多用して講演をするといかに不快に感じるかを実演している。
また、記事を読んで初めて知ったが、例えばラジオでゲストがlikeを繰り返し使って話していると苦情のメールが来たり、司会者が使い過ぎていると上司が指摘したりすることもあるという。さらにイギリスでは、2014年に教育省の長官を務めていたマイケル・ゴーブが、学校のカリキュラム変更に合わせ、イギリス全土の生徒たちに「標準英語」を話すよう求めた影響から、2019年には「like」という言葉の使用を禁止する学校も登場したそうだ。
映画などから広まった「知的でない」話し方のイメージ
likeの多用に対する厳しい風当たりは、性差別的な要素を含んだものでもある。Insider.comの動画(「Why Americans Say “Like” In The Middle Of Sentences」)によると、1980年代にヴァレー・ガール(南カリフォルニアのバレー地区の若い女性たち)の言葉遣いがフランク・ザッパの曲(その名も「Valley Girl」〈1982〉)の大ヒットによって流行し、その直後に『初体験/リッジモント・ハイ』(1982)や『ヴァレー・ガール』(1983)といった映画が作られ、のちに『クルーレス』(1995)や『ミーン・ガールズ』(2005)などの映画や「ビバリーヒルズ高校白書」(1990-2000)のようなテレビドラマを通し、likeやtotallyを多用する彼女たちの話し方が各地に広まっていった。それに伴い、女っぽく、「知的でない」話し方だというイメージも広まったわけだ。
しかし、likeが「知的でなく文章に何の意味も加えない」という認識は間違っていると、「ガーディアン」の記事を書いたサム・ウルフソンは主張している。likeという言葉にはさまざまなニュアンスが含まれているのだ。実際、動詞の「好き」と形容詞の「似ている」以外に、先ほど取り上げたInsider.com の動画では
- filler(つなぎ言葉:So, like, what do you want to do tomorrow?)
- hedge(断定を避ける:This happened, like, five years ago/5年くらい前)
- discourse particle(強調:I told you, like, a hundred times/何度も言った)
- quotative(引用を示す:She was just like, “Hey do you have〜”/彼女は「〜」と言った)
という4種類の使い方が生まれていったと指摘されている。
それは20世紀の文学的発明の一つなのか
さらにアメリカ「ニューヨーカー」誌のスタッフライターで『天才! 成功する人々の法則』(2009)などの著作で知られるマルコム・グラッドウェルはエッセイにおいて、likeの用法は上記の4つだけではなく、「あまりに数が多くて複雑なため、数百万の中学生や少数の学者たちしか把握できないほどだ」と指摘している。とりわけ引用を示すquotative likeについて、グラッドウェルは自分の思考と誰かの会話を直接/間接的な引用を用いて自由に行き来できる話法として、20世紀の大きな文学的発明である「意識の流れ」と同種のものだとなぞらえながら、10代の彼女たちの言葉遣いを擁護している。
それからウルフソンは、likeの使用が17世紀初頭のシェイクスピア作品『十二夜』にも見られると指摘している。
If the Duke continue these favours towards you, Cesario, you are like to be much advanced.
君にたいして、大公の御寵愛がこのまま続くようなら、セザーリオ、君の出世は間違いなしだ。
それだけでなく『ジキルとハイド』の著者ロバート・スティーヴンソンによる『さらわれて』も、つなぎ言葉としてlikeが使われている最初期の文例とされている。
What’ll like be your business, mannie?
いってえどんな用事だえ?
さらに、それまでの慣習と異なるようなlikeの使用は小説家のウィリアム・バロウズやジャック・ケルアックなどに代表されるビートジェネレーション(※1)あたりから見られるという。テレビドラマ「ドビーの青春」(1959-1963)に登場するメイナード・クレブスはビート族であり、likeをまじえた話し方をしている。
likeは気配りができる人たちの言葉?
likeは非常に豊かなニュアンスを持つ言葉であり、ヴァレー・ガールだけでなく、さまざまな文化に浸透した言葉なのだ。おまけに、「誠実で、思慮深く、自分や周りに気を配ることができる人たち」こそ「like」のようなつなぎ言葉を最も多く使っているという研究結果もあるという。つまり、女性に特有のものでも、知的でないものでもないのだ。社会的なイメージやバイアスによって汚名を着せられているだけなのである(そして、そうしたイメージがあるからこそ多用が避けられるのである)。
likeには想像以上にたくさんの用法があることが分かった。話しているときに使うと、相手への友好のサインや、相手の話に耳を傾け、その場で考えながら話しているという印象を与えることもできるという。さて、そんな豊かなニュアンスを持つ言葉は訳すのに一苦労というか、そもそもどういうニュアンスかを把握するのが難しかったりする。
最初に挙げたインタビュアーとアーティストの会話を振り返ってみよう。数多くのlikeが登場するが、ニュアンスは実にさまざまである。
インタビュアー
“Do you think that your acting career has helped you with, kind of, like, your music career?”
(「役者としての活動は、なんというか、音楽活動に役立っていると思いますか?」)
ここでのlikeは、相手への友好のサインや、その場で考えながら話しているという合図で言葉として特に意味はないという可能性があり、「なんというか」などと訳さなくてもいいかもしれない。
アーティスト
“For me they’re, like, the same energy,” replies Cameron. “Which is, like, when people are, like, ‘You have to choose,’ I’m like, ‘They feel the same!’”
(「私にとってその2つは、同じエネルギーという感じ」とキャメロンは言う。「つまり、例えば、人に『どっちか選べ』と言われると、私は『どっちも同じ感覚!』と答える」)
最初のlikeは、hedge=断定を避けた言い方だろうか。だが強調だという可能性も捨てきれない。次のwhich is, like,はつなぎ言葉? 最後の2つはquotative=引用のlikeだろう。
それでも解釈や訳が難しいときがある
先ほど紹介したマルコム・グラッドウェルのエッセイでは、10代前半の女の子同士の会話を耳にしたグラッドウェルが、likeの解釈に思い悩む場面がある。女の子はクジラのポスターを見ながら「A whale is like a fish」と言うのだが、彼はこのlikeが(クジラは哺乳類だけど)「魚みたいだね」と「似ている」の意味で言っているのか、(魚だと思っていて)「めっちゃ魚じゃん!」(A whale is, like, a FISH!)と強調しているのか判断に迷うのだった。
特に会話でよく使われる表現であるため、例えば動画などを見ればニュアンスを察することができる場合もあるが、厳密に考えれば考えるほどその解釈や訳語の選択が悩ましい、けれどもニュアンス豊かで奥深い単語だと言える。