イギリスでは、誕生日を迎える本人がパーティーを主催する習慣があります。ロンドンに住む宮田華子さんが招かれた、ユニークな40歳の誕生日を迎える友達のパーティーをレポートします。イギリスと日本の誕生日のお祝いの仕方の違いに触れてみましょう。
目次
誕生日の本人が企画、ヨットで過ごすバースデー旅行
毎回天気の話からこのコラムを始めていて恐縮だが、凍えるほど寒かった夏の後、突然暖かい秋がやってきた。ロンドンの10月初旬としては本当に珍しく、20度越えの日が続いたのだ。そしてラッキーなことに、快晴の上に気温が22度まで上がった週末に、数カ月前から企画していた「あるイベント」がぶつかった。
そのイベントとは友人の「バースデー旅行」。
この旅行の企画者は、40歳の誕生日を迎えるP君本人だ。
彼の誕生日は10月5日(木)だが、この日は夜近所のレストランとパブで軽くお祝い。そして翌日6日(金)、仕事終わりの時間に旅を共にする5人が集まり、ロンドンから港町ポーツマスのマリーナに移動。P君が共同オーナーである小さなヨットで2泊3日過ごす、というのがバースデー旅行のプランだった。
誕生日は「ありがとう」を伝える日
P君のバースデー旅行について記す前に、誕生日祝いにまつわる日英の違いについて書いてみたい。子供のバースデーパーティーの場合、親や保護者が開催するのは日英同じだ。しかし、ある程度の年齢以上の場合、日本では家族や友人の声掛けで「お祝い」が企画され、バースデーパーソン(誕生日を迎える人)を「皆で祝う」のが習わしだ。しかし、イギリスではバースデーパーソン自身がパーティーを企画し、家族や友人を「招く」のが基本だ。
パーティーは自宅で行ったり、レストランやパブやバーで開催したりと場所はさまざまだが、とにかく企画者が「バースデーパーソン本人」なので自分が招きたい人を自分が好きな場所に呼んで行う。数名程度を自宅に招く場合、掛かる費用はすべて企画者兼バースデーパーソンが持つが、招かれた側はプレゼントを持参する。
レストランやバーなどで行う場合は、最初に振る舞われるドリンクやおつまみ、最後のケーキをバースデーパーソンが支払う。その他の飲食は参加者おのおのが自分の分を支払うことが多い。プレゼントは持ってきても持ってこなくてもOKだが、バースデーカードは必ず持参する。ごくたまにバースデーパーソンのパートナーが企画する「サプライズパーティー」もあるが、ほとんどの場合バースデーパーソンが企画する。なぜならバースデーパーティーは「今日誕生日を迎えられたのは、皆のおかげ。ありがとう」と意思表示する場なので、本人主導であることが大切なのだ。
オフィスにも「自分で差し入れ」
この「本人主導のバースデー」の習慣は、パーティーだけでなくオフィスなどでも同じだ。会社員時代、数週間に1度はオフィスのキッチンにスイーツ類がずらりと並んでいたことを思い出す。そこに「今日は私の誕生日です。皆で食べてね」と書かれたメモが添えられているので、「ああ、今日は〇〇の誕生日なのね」と分かる。
自分で持参する「バースデースイーツ」は取り分けるのが簡単な手のひらサイズのものが人気だ。中でもKrispy Kreme(クリスピー・クリーム・ドーナツ)のドーナツセットはどのスーパーでも売られており、個数が多いセットもあるので定番中の定番である。
キッチンでスイーツを1つ取り、その足でバースデーパーソンのデスクに寄って一言「ハッピーバースデー」と伝えたり、後でカードだけ渡したりする。誰か祝ってくれるのを待つのではなく、誕生日をきっかけに自分から周りの人に感謝を伝える習慣は、何度経験しても「いいものだ」と思う。
「0」が付く歳のバースデーは盛大に
欧米文化において、誕生日はとても大切な日だ。年齢を聞かれることはほぼないが、「誕生日はいつ?」とはよく聞かれる。
毎年誕生日にパーティーをする人は多いが、30歳、40歳、50歳といった「0」の付く節目の年に特に大きなパーティーを開く(余談だが、20代の場合は、20歳よりも21歳の誕生祝いを盛大に開く人が多い。イギリスでは、成人年齢が今は18歳だが以前は21歳だったので、その名残である)。
これまでに「0」が付く歳を祝うパーティーに数回行ったことがあるが、どれも盛大でユニークなものだった。特に印象に残っているパーティーは2つある。1つは映画館で行われたパーティーだ。以前私は映画関係の仕事をしていたのだが、仕事で知り合ったJさんの40歳の誕生日は、なんと小さな映画館を1つ借り切って行われた。
招待状には「僕が好きな映画を1本上演します。何の作品かは来てからのお楽しみ」と書かれていた。予定時刻にシアターに行くと、Jさんの友人たち30名ほどが席に座っていた。そしてJさんが「来てくれてありがとう」と短くあいさつをし、彼が好きな映画の上映が始まった(ちなみにこの時上映されたのは映画『カラー・オブ・ハーツ』(1998)↓。単にこの映画が好きだったことからの選択だったそうだが「上映候補は100作品くらいあった」と後で教えてくれた)。
映画上映の後は、映画館のカフェの一角で、大量のおつまみとワインが振る舞われた。アート系映画館だったことと、カフェのおつまみが美しく味も美味だったので、とびっきりおしゃれなバースデーパーティーとして記憶に残っている。
手伝って分かったパーティーの大変さ
もう一つ、知人夫妻の70歳と80歳の誕生日&結婚30周年の3つのお祝いを兼ねたパーティーも思い出深い。
この夫妻は、夫Aさん40歳、妻Bさん50歳のときに結婚した。2人は誕生日も近く、Bさんの50歳の誕生日の日に挙式したこともあり、ぜんぶまとめてのお祝いだった。2人の家のすぐ近くにある教会のホールを借り、親戚を中心に50名ほどの人たちが招かれていた。
実は私と夫はこのパーティーに招待されていなかったのだが、直前に「お手伝い」をお願いされての参加だった。開催2日前に夫のAさんから「実はパーティーするのだけど、全然人手が足りないんです。妻は準備が大変過ぎて腰を痛めちゃって。お願い、助けて!」とヘルプを求める電話がかかってきたのだ。
午前中に2人の家に集合。食事は料理好きのAさんがすべて自宅で調理したが、まずはホールに食べ物を搬入。その後ホールに椅子とテーブルを並べ、テーブルセッティング、室内の飾り付け、ビデオ上映の機材設置と準備をこなした。13時に招待客が来てからは、ワインや食事(ビュッフェ形式)のサーブ、「カトラリーがない!」と言われたら飛んでいき、ワインをこぼしたらナプキンを替え、給仕係として働いた。パーティーは3時間ほどで終わったが、その後食器を洗い、ホールを掃除し、搬入物を全部夫妻宅に戻し終えた頃には、もうすっかり夜になっていた。
最後に夫妻と手伝った人たち(私も含め5名)の7名で、ワインを飲みながら残った食事を食べて改めてお祝いした。
Bさんは「この準備があまりにも大変だったので、やり終えて達成感があるわ。結婚30周年も祝えたし、もう離婚しても悔いがない(笑)」と冗談を言って皆を笑わせた。私にとって手伝い役に徹したパーティはこれが初であり、また2人の幸せな瞬間に立ち会えたことの嬉しさも加わって「招待されたパーティ」以上に印象に残っている。
バースデーボーイとヨットで過ごした3日間
さて冒頭に紹介した、P君の40歳バースデー旅行について。P君が共同オーナーのヨットは1980年代に製造された5人乗りの小さな船。2つのキャビンの間にトイレとシャワーがあるという構造で、実はトイレは故障中(笑。あらかじめ知っていた)。P君を含めた参加者5人のうち、女性は私だけだったので対策が必要だったが、気心知れた友人たちの配慮もあり、雑魚寝の2泊3日は忘れられない経験となった。
40歳の誕生日をどうするか、P君は長い間考えていたようで、「皆に盛大なパーティーをしなよ!と言われるけれど、こぢんまりやりたいんだよね」と数カ月前に言っていた。「地元のボウリング場を1レーン借りて遊んだ後、レストランで食事会をする」というのが最初の予定だったが、その後ヨットの共同オーナー権を手放すことにしたため、「最後に皆でヨットに乗ろう」という運びとなった。
最高の天気と程よくなびく風に恵まれ、ポーツマスからチチェスターの往復セーリングは爽快だった。帆がパッと開くと、ヨットが前進するスピードを体で感じた。海の上ではどんなに大声で話しても、音楽を掛けてもOKだ。その開放感はたまらなかった。私はその週、やっかいな仕事を抱えており、出発直前まで悩みのどん底にいたのだが、すべてのモヤモヤを海風と共に吹き飛ばすことができる気がした。
夜はキャビン内の小さなキッチンでパスタを作って夕食を取り、何度も何度も「ハッピーバースデー」の乾杯をした。夜更けまでデッキに座ってパーティーを楽しんだが、眠くなればキャビンにもぐってコテンと寝ればいいだけ。セーリングは「海上でするキャンプ」なのだ。
今回のバースデー旅行は、車移動のガソリン代、マリーナの使用料を含むヨット&セーリングに掛る費用、ヨット内で食べるものの買い出し、チチェスターで立ち寄ったパブでの飲食代など、500ポンド(現在のレートに換算すると9万円強だが、イギリス人の感覚では1ポンドは100円ぐらいの感覚で使われる)程度かかったはずだ。その多くをP君が払ってくれて、参加者4名はところどころで多少払っただけだった。
5人しか乗れないヨットに誘ってくれたことを感謝し、15年来の大切な友人の誕生日を一緒に祝えたことが本当にうれしかった。
パーティーを企画したことはないけれど・・・
イギリスに来て20年、2度「0」の付く誕生日をロンドンで迎えた。しかし、私自身は普段めったなことでは誕生日がいつなのかを人に話さないし、自分が音頭を取ってバースデーパーティーを企画したことはない。この辺のマインドは日本人のままのようだ。
とはいえ、そんな私にも少しだけ変化があった。今回仲間内に私の誕生日がいつなのかはすっかりばれてしまった。大きなパーティーは私には無理だが、今回のヨット旅を経験し、「私も1度ぐらいはこぢんまりしたバースデーパーティーをやってみようかな」という気になった。
自分の誕生日を祝うのではなく、皆に「ありがとう」を言う日なのであれば、ありがとうを言いたい人はたくさんいる。気の置けない友人を呼び、おいしく笑って過ごせるパーティー。まだ次の誕生日までしばらくあるので、じっくり考えてみたいと思う。
トップ写真:Annie Spratt from Unsplash
本文1番目のプレゼントの写真:Jess Bailey from Unsplash
本文2番目の風船の写真:Marina Barcelos from Unsplash
本文3番目のテーブルの写真:Jordan Arnold from Unsplash
連載「LONDON STORIES」
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