ウィキペディアの舞台裏対談(中編):多彩なイベントや活動、思い入れのある記事
撮影協力:公益財団法人 大宅壮一文庫

ウィキペディアの裏側は一般にはあまり知られていません。そこで今回の連載「ウィキペディアの歩き方」では、ウィキペディアンの北村紗衣さんとユージン・オーマンディさんの対談を行いました。ウィキペディアのユニークなコミュニティーの魅力とその裏側を探ります。この記事は、前・中・後編の3回に分けてお届けしている対談の「中編」です。

前編|中編|後編

前編|中編|後編

世界の人が集まる「エディタソン」イベント

「前編」から続く。

ENGLISH JOURNAL(以下、EJ):イベントといえば、この連載でも以前に「エディタソン」というものが出てきました。それがどのような感じのものなのか、改めて教えていただけますか。

北村紗衣(以下、北村):エディタソンというのは、必ずしもウィキペディアに限ったものではなくてよいのですが、オープンデータ系プロジェクトなどで人が集まって、同じテーマで記事を書くとかサイトを編集するといった催しです。「edit(編集)」+「marathon(マラソン)」で「editathon(エディタソン)」です。

ウィキペディアの場合は、初心者のリクルートをするためのもの、あるテーマの記事を充実させるためのものなどがあります。日本で最も盛んなのは、先ほどユージンさんが話した「ウィキペディアタウン」という町おこし系のイベントです。地方の公立図書館などの支援を受けて、街歩きも兼ねていたりするものが人気です。新型コロナが流行る前は毎月のように行われていました。最近は復活してきています。

新型コロナの影響を受けてからは、オンラインエディタソンが多くなりました。テーマだけを決めてみんなで書くんです。世界中の人が同じテーマで書くようなイベントも行われています。

ユージン・オーマンディ(以下、オーマンディ):私も先日、マレーシアの友人たちとエディタソンを開催しました。日本のウィキペディアンは東京で、マレーシアのウィキペディアンはクアラ・ルンプールなどで集まって、Zoomでつないでおしゃべりをしながら記事を編集しました。また、北村さんが紹介されたようなオンラインエディタソンも実施しています。ちなみに、この対談を行っている11月には「アジア月間」が日本語版ウィキペディアで実施されています。これはアジアに関するウィキペディア記事を充実させようというキャンペーンです。

北村:アジア月間などは、基本的には財団ではなく、一般ユーザーが世話人になって開催しています。

日本で最も詳細な記事を作れたことが誇らしい

EJ:お二方それぞれ、ご自身が書いた記事で最も気に入っているものはありますか。

オーマンディ:記事の所有権」というガイドラインが示すとおり、ウィキペディアの記事は個人の作品ではないので注意する必要があるのですが、それでもやはり思い入れのある記事はありますね。

具体的には、名曲喫茶の記事や、マイナーな指揮者の記事です。名曲喫茶とは、「名曲喫茶ライオン」や「名曲喫茶ミニヨン」といった、クラシック音楽を流す喫茶店です。このようなお店については、単発の雑誌記事は存在しますが、まとまった論考はあまりありません。そこで、名曲喫茶に関する短い雑誌記事をウィキペディア記事に集約し、内容を整備したんです。こうしたまとまった記事を作れたことは、多少誇れるのではと思っています。

名曲喫茶以外にも、19世紀後半から20世紀前半のアメリカにおける指揮者の記事をいくつか整備しています。日本語文献が少ない分野なので、主に英語の資料を使っています。

例えば、「デジレ・デフォー」という指揮者の記事を編集したときは、アメリカの新聞や音楽雑誌に掲載された批評をひたすら集めました。この結果、デフォーに関する、おそらく最も詳しい日本語資料ができたのではないかと思います。

なお、ウィキペディアでは独自研究が禁止されているので、既存の資料にない新たな知見を示すことはできません。私たちにできるのは、文献の情報を淡々と整理するだけです。クリエイティブな作業ではないかもしれませんが、今まであまり知られていなかった資料や情報をまとめるだけでも、それなりの価値は創出できると個人的には感じています。

独自の研究や、一覧だけの記事は立てられない

北村:私はユージンさんのように、がっつりした記事を一つ書くことにはそれほどこだわっていません。そこそこの情報が提供できるものをコンスタントに作ることの方が多いです。だから、強い思い入れがある記事はありませんが、「『オブ・ザ・デッド』で終わる作品の一覧』は面白いと思っています。こういう記事は、独自研究と判断されて消されることが多いんです。だから、この記事の場合は、独自研究にならないようにいろいろ工夫しています。

EJ:どういう点で独自研究だと判断されるんでしょうか。

北村:立項に足るだけの価値があるとみなされるだけの出典があれば、結構変わった内容でも立てられます。「『オブ・ザ・デッド』で終わる作品の一覧」の場合は、「オブ・ザ・デッド」という言葉がいろいろな映画のタイトルに使われていることに言及する文献をいくつか集めました。それならそれをリスト化する価値がある、と考えられるような方向性を目指したんです。

ウィキペディアでは基本的に、一覧(リスト)記事の立項は推奨されていません。というのは、いくらでも作れてしまうからです。例えば、早稲田大学の近くにある喫茶店一覧とか、作り始めたらきりがありません。一覧記事を作るには、それを一覧化することは意味がある、ということを示せる文献を出典として使用できればいいんです。

「オブ・ザ・デッド」の場合は、そのタイトルが付いていることで、こういった他国の映画が多く見られるようになったという記述をしている翻訳者がいたので、一覧化することに意義があると見なせるだろうと考えました。

早稲田大学の近くの喫茶店にしても、それだけを調査した本があれば、たぶん書けると思います。それから、あまりにも巨大になる一覧も、恐らくあまり推奨されていないと思います。がんで死亡した人の一覧とか。

オーマンディ:こういう場合、一覧ではなくカテゴリにしましょう、ということになると思います。カテゴリというのは、簡単に言えば関連する記事をまとめる機能で、PC版の記事では最下段に表示されています。カテゴリは階層構造になっていて、例えば「各国の指揮者」のカテゴリをたどれば、その上位の「指揮者」というカテゴリや、下位の「日本の指揮者」というカテゴリにアクセスすることができます。

「後編」に続く。

北村紗衣
北村紗衣

武蔵大学人文学部英語英米文化学科准教授。著書に『 シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち──近世の観劇と読書 』(白水社、2018)、『 お砂糖とスパイスと爆発的な何か──不真面目な批評家によるフェミニスト批評入門 』(書誌侃侃房、2019)他。2023年6月に新刊『英語の路地裏 ~ オアシスからクイーン、シェイクスピアまで歩く』 を上梓。
ブログ: https://saebou.hatenablog.com/

Eugene Ormandy(ユージン・オーマンディ)
Eugene Ormandy(ユージン・オーマンディ)

稲門ウィキペディアン会メンバー。大宅壮一文庫、三康図書館、東京国立博物館、東京外国語大学でウィキペディアイベントを開催するほか、マレーシア、トルコとの国際プロジェクトも実施している。2023年にウィキメディアン・オブ・ザ・イヤー2023新人賞を受賞。

取材・構成・撮影:山本高裕(ENGLISH JOURNAL編集部)

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