多くの方の調べものに役立っているオンラインの大事典「ウィキペディア」。どうせ使うなら、その本当の姿をよく理解して使いたい――。ウィキペディアの執筆者・編集者のお一人である北村紗衣さんに、今回はウィキペディアのメインページに表示される「選り抜き記事」などがどのようにして決まるのか、その選考方法についてお話しいただきます。
※ 本記事では、多数のワードからウィキペディアの記事へのリンクを貼っています。リンクが表示されていない場合は、ぜひオリジナル記事からご覧ください。
目次
ウィキペディアの活動の面白いところ
前回の記事の最後で「良質な記事」や「珍項目」といった言葉が出てきました。ウィキペディアでは、ウィキペディアンがいろいろな記事を推薦し、投票する「記事の選考」という活動が行われています。こうした選考などの活動は、記事がある「標準名前空間」と呼ばれる場所ではなく、主にWikipedia名前空間やノートと呼ばれる、言ってみれば舞台裏で行われています。記事を読むためだけにウィキペディアを訪れる人が見ることはほぼありませんが、ウィキペディアコミュニティの活動の面白いところやイヤなところが見えるのは実はこちらです。今回の連載では、とりあえずはこうした空間で行われる「面白いところ」として、記事の選考について解説します。
メインページ新着投票所
コミュニティの投票で決まる「選り抜き記事」や「強化記事」
ウィキペディア日本語版のメインページを開くと、「選り抜き記事」や「新しい記事」、「新しい画像」「強化記事」「今日の一枚」といったものが表示されます。ここに表示される記事や画像はウィキペディアコミュニティが人力、つまりコミュニティの推薦や投票によって選んだものです。それぞれに投票を行うページがあります。
「新しい記事」や「新しい画像」は、最近アップロードされた記事や画像のうち、出来が良いと思われるものを表示するところです。「強化記事」は以前からウィキペディアに存在していたものの最近強化された記事、つまりきちんとした出典付きで大幅に加筆された記事を表示する所です。この3つは「メインページ新着投票所」で投票が行われます。ウィキペディアンが良いと思った記事や画像をここで推薦し、投票します。
メインページ新着投票所の投票は、アカウントを持っているウィキペディアンで1カ月以上の編集歴があり、記事を50回以上編集したことがあれば誰でもできます。もちろんウィキペディアン全員が参加するわけではない・・・というか、誰でも参加できるというのはほとんどの人は参加しない、ということです。新着投票所に出没するウィキペディアンはけっこう決まっており、おそらく定期的にここをチェックしているメンバーしか参加しません。ウィキペディアの議論というのはたいていそうで、記事を書くだけの人もいれば、特定の議論や投票ページに出没する人、神出鬼没な人がいます。
自薦他薦は問われない
新着投票所では自分が書いた記事も推薦できるので、自薦する人はけっこういます(私もします)。 「特別:新しいページ」や「Wikipedia: 最近大幅加筆された記事」を見ると新しい記事や最近強化された記事が分かるので、そこから選んで推薦することもできます(画像はちょっと複雑なので、ここでは割愛します)。
「特別:新しいページ」に出てくるのは、短くてとてもメインページには表示できない低品質記事も多いのですが、一覧には記事の分量や立項者なども表示されるので、それを手掛かりに推薦することが多いかと思います。立項者はけっこう大事な情報で、ベテランで信頼できそうなウィキペディアンが書いていればまあまともなのでは・・・と推測できます。推薦された記事に他のウィキペディアンが投票し、投票数が多いものからメインページに掲載されます。
「良質な記事」「秀逸な記事」の選考
選ばれるのは全記事の0.14%
メインページの「選り抜き記事」のところに表示されるのは「秀逸な記事」(Featured Articles、通称FA)と「良質な記事」(Good Articles、通称GA)です。この2つは何が違うのか・・・ということですが、良いとされた記事はまず「良質な記事」に推薦され、それからその中でも特に良いものが「秀逸な記事」に推薦されます。「良質な記事」は2023年8月12日時点で日本語版ウィキペディアの記事の0.14%、「秀逸な記事」は0.007%なので、かなりの狭き門です。
「月間新記事賞」や「月間強化記事賞」を受賞した記事は、「良質な記事」に推薦されます。これは前月にメインページに掲載された新着記事や強化記事の中から特に良いものを選ぶ賞です。ただし、別にこうした賞を取っていなくても、良いと思われるものを良質な記事に推薦することはできます。
記事が推薦されると、これまでの投票とはだいぶ違う、いわゆる査読に近いプロセスが発生します。ウィキペディアのスタイルマニュアルをきちんと守っているか、「信頼できそうな出典が付いているか」「執筆者が勝手に自分の意見などを書いていないか」「偏った内容になっていないか」「不足している情報がないか」などが議論され、基準を満たしているとされた記事が良質な記事になります。議論するのはほとんどが非専門家からなるウィキペディアンなので、専門的な指摘はできないことが多いのですが、それでもかなり叩かれて修正を要求されたり、質が不足だとして通過しなかったりする記事もあり、割と厳しいチェックが行われます。秀逸な記事の選考になると、さらに厳しくなります。
集合知が良い記事を生むとは限らない
別に決まりがあるわけではないのですが、良質な記事や秀逸な記事の選考では、なんとなくメイン執筆者が指摘された修正に対応することになりがちです。ウィキペディアは誰でも参加できてみんなで記事を編集するプロジェクト・・・でありながら、実はたいていのまともな記事は、1人のウィキペディアンが大部分を執筆しています。
ウィキペディアは集合知プロジェクトですが、集合知の限界を突き付けられてもいる・・・というか、たくさんの人が1つの記事に集まっても良い記事になることは稀(まれ)で、1人の人が大部分を書いた方が全体的にまとまりのある記事になることを、ウィキペディアンは経験的に理解しています。こうした選考では相当厳しいことを言われたり、たくさん修正を要求されたりすることもあるので、メイン執筆者にはプレッシャーになります。しかしながら、良質な記事や秀逸な記事のメイン執筆者になることはコミュニティ内では名誉なこととされており、執筆者リストもあるくらいなので、メイン執筆者は頑張るわけです。
めくるめく珍項目の世界
ヘンテコ度が十分なら珍項目に
メインページには表示されていませんが、ウィキペディア内でたぶん一番面白い記事が集まっている場所が「Wikipedia:珍項目」です。ここは記事として内容はちゃんとしているものの、なんとなくユーモアを感じさせるもの、通常の百科事典にはなさそうなもの、ありそうもないことを扱ったものなど、一風変わった記事をリストする場所です。最近、一部が「ニコニコ大百科」で取り上げられて話題になりました。
ここも珍項目の選考を行う場所があり、ウィキペディアンたちが推薦された記事について、珍項目というには普通すぎるのではないか、ヘンテコ度が足りないのではないか・・・といったことを大真面目に議論します。また、これは良質な記事や秀逸な記事でもそうなのですが、一度選出された記事の質を問い直す再選考というシステムもあり、質が良くないとか、ヘンテコ度が低くなったものは珍項目の再選考にかけられます。
珍項目は面白い記事の宝庫
こうして私が書いた「○△□ (絵画)」は、良質な記事かつ珍項目になるという名誉にあずかりました。私は以前も良質な記事は書いたことがあり(「ふらんす」)、珍項目も書いたことがあるのですが(「『オブ・ザ・デッド』で終わる作品の一覧」)、両方を1記事で取ったのは初めてです。
他に良質かつ珍項目である記事は「きさらぎ駅」や、私がウィキペディアで一番お気に入りの記事である「激おこぷんぷん丸」、この種の記事を得意とするベテランである逃亡者さんが書いた「スタッフが美味しくいただきました」などがあります。珍項目ページは見ているだけで時間泥棒になるくらい面白い記事が多いので、私はメインページに表示すべきだと思っています。
良質な記事を評価して紹介したい
こうして書いていくと、ウィキペディアンは意外と投票で良いものを選ぶのが好きだということがわかるかと思います。低品質で信頼できないと言われがちなウィキペディアですが、コミュニティ内には良い記事を評価してみんなに紹介しようという気持ちがあります。そのための努力が記事とは違う空間で人知れず行われているわけです。
さて、記事の選考は舞台裏で行われている「面白いところ」でした。では「イヤなところ」はどこなのでしょうか?・・・と、いうことで、次回は編集合戦についてお話したいと思います。
北村紗衣さんの新刊
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