「世界のニホンゴ調査団」の第25回は、カナダからライターの佐知ゆりこさんがリポートします。今回のニホンゴは「maki」。海外の和食ファンにおなじみのこの言葉が指すものはいったい何でしょうか。今回は、「maki」の知られざる秘密に迫ってみましょう。
みんなが大好きな「maki」!
海外の大都市には、ほぼ必ず存在する「日本食レストラン」。特に、北アメリカ西海岸側のようなアジア系住民の多い地域では、中心地から住宅街まで至る所で日本食レストランを見つけることができます。
海外で人気の和食メニューの筆頭といえば「sushi」。高級和食店や日本食専門スーパーだけでなく、一般的な地元のスーパーマーケットのデリコーナー(総菜売り場)でも、パックに入ったすしはだいたい売られています。
そこでシャリ(ごはん)の上にネタが乗った「にぎり(nigiri)」と人気を二分しているのが、細長く巻かれたスタイルの「巻きずし」です。
はい、もう分かりましたね。
今回の「世界のニホンゴ」のテーマ「maki」とは、「巻きずし」のことです。
サーモンを巻いたものを「salmon maki」、まぐろを巻いたものを「tuna maki」、キュウリを巻いたものを「cucumber maki」のように呼び、「○○ maki」という表現が一般的ですが、それらの総称として(例えばいろいろな種類の巻きずしがあったり、具材が何か分からなかったりする場合などは)単に「maki」とだけ言うこともあります。
海外で暮らしていて、現地の友人を自宅に招いたときなどにちょっとした和食を振る舞うと「日本人が作った本物の和食!」と言って予想以上に喜んでもらえるのですが、その際に「のり巻き」を作ると
Oh! Maki!
I love maki!
などという反応が返ってきます。
「なるほど『巻きずし』の『maki』が、そのまま海外でも通じるニホンゴなのね」というところなのですが、実は話はここで終わりではありません。先ほどの現地スーパーで売られているパック入りのすしのラベルにもう少し注目してみると、あることに気付きます。
「maki」という表現で呼ばれるものと、「roll」という表現で呼ばれるものの両方が存在するのです。
これってどういうこと?
海外のお寿司の「maki」と「roll」は違うの?
「roll」を日本語で言うと「巻き」ですから、「makiとrollは同じ意味なのでは?」と考えてしまいそうなところです。しかし、スーパーマーケットでも日本食レストランでも、よく見ていると、どうやら「maki」と「roll」ははっきりと使い分けられているようなのです。
思い当たるのは、「具材が日本っぽくない海外生まれの創作ずしのことを『roll』というのでは?」という観点です。確かに前出のパックのすしでも、日本にもある「サーモン」を巻いたものが「maki」で、北米発祥のアボカドを巻いたものが「roll」でした。
しかし、どうやらそれも違うのです。とある日本食レストランのメニューを例に見てみましょう。
右側の値段の欄を見ると、左列の「maki」と右列の「roll」とで、料金設定が違うのです。それも1.5~2倍もの値段の差があります。
ここまで金額が変わるほどの「maki」と「roll」の違いって何なのでしょうか。
海外のすしの「roll」と「maki」の違いは、「○○の位置」!
そこでカナダの日本食ファンに、「『roll』と『maki』の違いが何か、知っている?」と聞くと、こんな答えが返ってきました。
「『maki』は外側がのりで、『roll』は外側がごはんだよね?」
「日本人なのに知らないの?」とばかりに不思議そうな顔をされましたが、日本語では「のり巻き」はあくまでもごはんと具材をのりで巻いたもの。創作ずしとしてごはんが外側になっているものも存在しますが、それは「裏巻き」と表現します。
念のためにレストランの店員さんにも確認すると、
「makiはのりが外側、rollはごはんが外側。それが違いよ」
とキッパリ即答が。「maki」と「roll」は別物。これが、海外の「常識」のようです。
ちなみにこの店でなぜ「maki」と「roll」で値段が異なるかは、「roll」の方が太いから、とのことでした。
そもそも、なぜ「roll」が生まれたの? その歴史は?
最も有名な「roll」といえば、「California roll(カリフォルニアロール)」でしょう。これが「ロールずし」の起源といわれています。
「カリフォルニアロール」の誕生には諸説あり、「カリフォルニア州ロサンジェルスのすしシェフ、真下一郎(Ichiro Mashita)氏が考案者だ」という説と、「カナダのバンクーバーのすしシェフ、東條英員(Hidekazu Tojo)氏が考え付き、Tojo rollとして売り出したものがカリフォルニアに伝わった」という説などがありますが、共通しているのは「生の魚を使っていないこと(具材はアボカドとカニカマ)と、ごはんが外側になっていること。そして1960~1970年代頃に考案されたという点です。
1960~1970年代当時は、日米間の文化交流が活発化した時期。第二次世界大戦後の国交正常化と共に、経済や文化の面での繋がりが強まり、日本の伝統や現代文化がアメリカで徐々に認識されるようになりました。1964年の東京オリンピックはその象徴的な出来事の一つで、世界中に日本のポジティブなイメージを発信しました。
同時に、航空交通の発達により人の国際間の移動が格段に増加し、それに伴い日本の食文化も加速度的に海外に紹介されるようになりました。折しもアメリカには健康ブームが到来。油や肉を使わず新鮮な材料を用いるすしは、たちまち人気となりました。
しかし、真っ黒で紙のような「のり」は、北アメリカの人たちになじみがなく不人気でした。外側ののりをはがしてすしを食べる客を見て、ごはんをのりの外に巻くことで、のりを見えなくし、具材も当時の北アメリカの人たちに食べる習慣のなかった生の魚ではなく、北米でなじみの深いアボカドやカニカマに変えてより多くの人に食べてもらおう、と「カリフォルニアロール」が生まれた、ということです。
こうして、裏巻きである「roll」の発明により、海外の人たちものりの味に慣れ、そのうちに「maki」の形状も受け入れるようになり、具材についてもカニカマの次はスモークサーモン、その次はマグロ・・・と味覚を広げていきました。今や日本食ファン・すしファンは世界中にいます。裾野が広がることにより、日本食の美味しさに気付く人が増え、「本物のすし」を求めて、毎年のように来日する熱烈なすしファンも珍しくありません。
「maki」も「roll」もどちらも人気!
そんなわけで、「maki」は巻きずしのことですが、それとは別に「roll」と呼ばれるすしが存在します。もちろん、「maki」も「roll」もどちらも人気です。
巻き寿司は家庭で作るのも意外に簡単で、見た目もきれいで海外でのウケは抜群。ごはんとのりなら、ベジタリアンやグルテンフリーの人でも食べることができるので、いろいろな人が集まる際のパーティーフードとしても適しています。
(実は「裏巻き」の方が、初心者でも失敗せずにきれいに作りやすいです。その点も、海外での「roll」の普及に一役買ったのでは、と思っています)
海外の人を招いて自宅でもてなすときには、ぜひ「maki」にトライしてみてはいかがでしょう。きっと一目置かれますよ。
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