「世界のニホンゴ調査団」の第24回は、カナダからライターの佐知ゆりこさんがリポートします。今回のニホンゴは「futon」。「え?futonって布団でしょ?」と思うなかれ、英語ではちょっと違うものを指します。いったいこの呼び名のモノはなに?
「futon」は学生や若者の部屋によくある「アレ」のこと
英語で「futon」というと何のことを指しているのでしょうか。日本語の「布団」と同様に寝具ではあるのですが、形状が少々異なります。
答えはこれ。
そう。「Futon」は布団ではなく「ソファーベッド」のことなのです。
では、その由来や定義についてみていきましょう。
「折りたためるなんて!」と画期的だった日本の「布団」
「futon」という概念が初めてアメリカに登場したのは1970年代といわれ、その人気が高まってきたのは80~90年代だと考えられています。
一般的に家が広く、家の中でも土足で過ごす生活スタイルである北米において、寝具はベッド一択でした。そんな彼らは日本の「布団」を見て驚きます。
「寝ないときは畳んで収納できるなんて画期的!」と。
そして「布団」は、「コンパクトで賢い新しい寝具のあり方」としてポジティブなイメージをもって受け入れられました。折しも当時は日本の経済がとても勢いのあった時代。トヨタやホンダなどの日本車、ニンテンドー、セガなどのビデオゲーム、「AKIRA」「ドラゴンボール」「セーラームーン」などのアニメ、ソニーのウォークマンやパナソニック、シャープなどの家電製品をはじめ、多くの日本製品が海外で非常に高い評価を受けた時代です。日本風の呼び名を付けることで「コンパクトで品質がいい印象を付ける」という役割も担ったことでしょう。
北米における「futon」の定義とは
日本のコンパクトな寝具である「布団」を知った北米の人々ですが、家の中でも土足で過ごすことの多い当地の生活スタイルにおいて、床の上に直接「布団」を敷くことは現実的ではありません。そこで、「布団」を底上げするフレームが付けられ、北米式の「futon」となりました。
アメリカの大手新聞「The New York Times(ニューヨークタイムス)」の1984年9月27日版では、家庭欄にあたるページで「FUTON MATTRESSES: WHAT AND WHERE(フトンマットレス。それは何か、そしてどこで買えるのか)」と題した記事が掲載され、次のように解説されています。
The futon mattress, a version of the sleep mat traditionally used in Far Eastern countries, is becoming a popular alternative for many Americans.
In Japan, futons are usually about 2 inches thick and are used in layers on the floor. American versions usually . . . are 6 to 8 inches thick. In Asia, the mattresses are simply rolled up and stored during the day. However, in America, convertible wooden frames are being sold and used with the futons during the day.
布団マットレス。これは伝統的に極東の国々で使用されている寝具マットの一種であり、多くのアメリカ人にとって人気のある代替品となりつつあります。
日本では、布団は通常、厚さ約2インチ(約5cm)で、重ねて床の上で使用されます。アメリカのバージョンは通常、(中略)厚さは6~8インチ(15~20cm)です。アジアではこのマットレスは昼間には巻き上げて保管されます。しかしアメリカでは変換可能な木製フレーム付きで販売され、昼間も布団と一緒に使われています。
また、アメリカの寝具ブランド「Tuft & Needle」のウェブページでは、次のように定義されています。
What is a Futon?
Put simply, a futon is a type of convertible couch that you can fold or slide out to form a bed in the evenings.
Futonとは何か?
簡単に言うと、フトンは夜にベッドとして使用できるように折り畳んだり、スライドさせたりできるコンバーチブル・カウチ(変換可能なソファー)の一種です。
両方の説明から、まさにいわゆる「ソファーベッド」のことを指しているのが分かります。
「futon」は都会の若者に人気
「futon」は主に若い世代に人気です。特に都会で暮らす若者たちにとっては、住宅価格の高騰から居住スペースが限られてしまうこと、また新生活を始める際になるべく初期費用を抑えたいというニーズから、コンパクトで機能的な家具が支持されています。そんなとき、夜はベッド、昼間はソファーとして使える「futon」は魅力的な選択肢となるのです。
「ソファーとしてもベッドとしても使える」タイプの家具はさまざまな形状のものがありますが、「futon」という名前が付くことによって「あまり分厚くないマットレスがフレームとセットになっている、コンパクトで軽量なもの」と区別できるようになっています。コンパクトな分、価格も手ごろ。大手量販店のセールでは1万円を切った値段で買えることもあり、若い人にはうれしいですね。
「futon」を求めるのは都会の若者だけではありません。比較的余裕のある間取りの家に住んでいても、友人や親せきが泊まりに来るときのために「futon」を購入したり、子ども部屋のソファーとして「futon」を選んだりという話も聞きます。
では「日本式の布団」は何と呼ぶの?
ソファーベッドが「futon」なら、日本式の「布団」は何と呼ぶのでしょう?
その場合は、「Japanese futon mattress」や「floor futon mattress」などともう少し言葉を補って表現されることが多いです。この「布団」の用途としては、主には「futon」のマットレスがへたってきたり、寝心地が悪いと感じたときに追加で敷くものとして使われます。つまり「布団」on the「futon」。紛らわしいですね。
「futon」は日本文化へのリスペクト
海外では日本製品に対して「品質や性能が良い」、「丈夫で壊れない」、「シンプルでおしゃれ」、「コンパクトで機能的」といった印象を持つ人が多いです。そのため、日本製や日本企業でなくても「日本っぽい名前」をあえて商品名や店名に付けているのもよく見かけます。生粋の日本人から見たら「ニセモノっぽいな」と感じるテイストであっても、当地の人々にとっては「日本っぽくて品質がよさそう」と感じられるようなのです。
「futon」と類似の家具に「sofa bed(ソファーベッド)」、「sofa sleeper(ソファースリーパー)」などと呼ばれるものがあります。これらはどちらかというと「futon」よりもクッション部分が厚かったりサイズが大きかったりと、重厚な印象の家具になります。
それらと比較して「マットレスに脚が付いただけのソファーベッド」は、簡易的でややもすると中途半端な位置付けになりがちな家具。しかし「futon」という名で呼ばれることで、「コンパクトで機能的」という側面がクローズアップされる印象を付けることに成功しているのではないでしょうか。これは「日本の製品っていいよね」というリスペクトのなせる業でしょう。
というわけで、英語圏の人が「私はfutonで寝ている」と言っても、それはおそらく布団ではなく「ソファーベッド」のことです。そして、英語圏で新生活を始める際などに、簡易的な折りたたみ式のソファーベッドが欲しいと思ったときは、「futon」で検索してみてくださいね。
連載「世界のニホンゴ調査団」
トップ写真:Clay Banks from Unsplash
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