アーティストの思いを支えることで、エンタメ界に真の花が咲く【言葉とコミュニケーション】

「言葉とコミュニケーション」第35回。今回、茂木健一郎さんが語るのは、日本のエンタメ界に必要な進化とアーティストの支援の重要性について。旧ジャニーズのこれからに見える、エンターテインメント業界の未来像とは?

あれは「手のひら返し」だったのか

旧ジャニーズ事務所の方々とは、何回か仕事をしたことがある。その際、僕はいつでも相手のいちばん良いところを見つけようと思うから、実際、そのように表現した。「素晴らしい」とか、「国民的アイドル」という言葉も使った。

一方で、「批評」ということになればさまざまな見方がある。エンタメとして世界に出て行ったり、すぐれた作品になったりするためには課題もあるということを後になって率直に書いたら、「手のひら返し」だと言われた。

人間には、さまざまな側面がある。タレントさんの仕事を褒めたのも本気だし、批評的な言葉を向けたのも本気である。どちらも、心の振れ幅として自然な形であって良い。

英語には、「white lie」(白いうそ)という表現がある。子どもが作ったケーキをおいしいと言ったり、誰かが着ている服をとても似合うと褒めたりするように、相手に対する好意を表すのは人間として当然のことだろう。

知り合いがやっている演劇を見たり、コンサートを聴いたりしたときに、一生懸命やっているのだから、「とても良かったよ」と「白いうそ」を口にするのは当たり前のことだろう。そのことと、批評的な評価は、別である。

映画について容赦ない評価を集計する「ロッテントマト」のように、ちゃんとした批評があった方が、そのジャンルの作品は育っていく。もちろん、批評は一つの答えがあるわけではないし、批評家からは評価されなくても商業的に成功する作品もある。いずれにせよ、「自分が感じたことを率直に表現する」という批評の文化は、日本にもっと必要だと考える。

「推し」であっても批評的であるべき

今年になっていろいろなことがあって、「ジャニーズ」という名前が変わることになった。そして、新会社の社長として、私が以前から知り合いである福田淳さんの名前が挙がっている。こうなると、旧ジャニーズ事務所のタレントさんへの私の向き合い方も、さらに変化していくのかもしれない

一言で表せば、大いに応援したいと思っている。これまでだって、批評的なことを言っても、一人一人のタレントさんに対しては応援の気持ちしかなかった。一生懸命やっているのだから、当たり前である。福田さんがもし社長になったら、それぞれのアーティストの志や思いが、もっと生かせるようになるのではないかと考える。ますます、応援したい気持ちが強くなる。ただし、すべてはフェアな競争であってほしいと思う。

エンタメは、人の心を動かし、時には癒やし、救う。その大前提として、感覚に基づく率直な受容、そして競争があったらいい。それぞれの人が感じていることをストレートに表現し、またファンの側も、どこかの事務所だから、あるグループだから「推し」をするという理由ではなく、作品やパフォーマンスについて本当に感じていることをお返しできたらいい。

僕が好きなアーティストは、近年で言えば例えばブルーノ・マーズやビリー・アイリッシュだ。直近では、バッド・バニーも好きだ。これらのアーティストに共通しているのは、自分の世界観をストレートに表現していることかと思う。そのことに聴衆も反応して、感動の輪が広がっていく。

タレントさんが事務所の力でキャスティングされたり、バーターでいっしょに出演したりというようなことは望ましくない。楽曲やパフォーマンスに対する率直な感想や、批評的な評価から離れて、とにかく「推し」をするのだということになると、エンタメでいちばん大切な人の心の動きが覆い隠されてしまうし、何よりも表現者が育たなくなってしまう。

会社の社長に取り沙汰されている福田さんは、のんさんがアーティストとして挑戦したいことを、全面的に応援されてきた。その様子を、私は折に触れ見てきている。これからのあり方として話題になっている「エージェント契約」において、一番大切なのは表現者本人の志である。あくまでもアーティストが表現したいことが最初にあって、それをサポートするのがエージェントなのである。福田さんならばそれができる。

これまでの日本の「推し」の文化にはどこか不自然なところがあり、アーティストの心も、ファンの本当の気持ちも、覆い隠されてしまっていたのでないか。

表現者の志をサポートするのがエージェント

私は、旧ジャニーズの方々とご一緒したときに、ご自身に期待された役割を完璧にこなすという意味において、本当のプロだと思った。同時に、それぞれのやりたいこと、表現欲もあるのだろうと感じていた。

嵐の大野智さんとアートの番組でご一緒したときには、「アイドル」という立場から離れた大野さんの意志を感じた。ひょっとしたら、私たちはまだ本当の大野さんの姿を知らないのかもしれない。

もし、福田さんが社長になられて、アーティストの方々の思いをサポートするようになったら、これまで以上にご本人たちの思い、志が前面に出てくるのではないかと思う。また、事務所の力でうんぬん、ということも減っていくだろう。そうなったら、日本のエンタメは大きくその姿を変えるのかもしれない。

一番大切なのは、私たちの心が、春の風にゆれる桜のように、自然に動くことである。日本にエンタメのまことの花が咲くのは、これからなのかもしれない。

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)
茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)

1962年東京生まれ。脳科学者、作家。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学大学院客員教授。東京大学大学院物理学専攻課程を修了、理学博士。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。

写真:山本高裕(ENGLISH JOURNAL 編集部)

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