アメリカのホスピスで約10年間、終末医療の現場に携わった音楽療法士の佐藤由美子さんのインタビュー、「佐藤由美子の『音楽療法英語』」。3回にわたって、音楽療法士のお仕事についてや、佐藤さんが体験してきたエピソードなどを伺います。
ホスピスで出会った、戦争の記憶を抱えて生きる人たち
セラピストの役割の一つに、クライアントが感情を表現できる環境を作ることがあります。 心が回復に向かうためには、感情を表現することが大切 だからです。音楽はそのためのツールでもあります。
79歳のロンは、末期の肝臓がんでした。初めて彼を訪ねた日のことです。音楽はなんでも好きだよと言う彼は、私が持参したアイリッシュハープ(小型のハープ)で何曲か弾くのを、静かに聴いていました。ところがそのあと言葉を交わすなかで、私が日本人だとわかったとたん彼は凍り付き、やがて絞り出すように言いました。
I killed Japanese soldiers.僕は日本兵を殺した。そして声を上げて泣き出したのです。セラピストとして、彼をなだめて泣き止ませることはしません。今の彼には、泣くことが必要なのです。
一方、「僕は日本兵を殺した」という言葉を聞き、私はもっとロンのことを知りたいと思いました。しかし結局、「サイパンで戦ったことがある」という以外はわかりませんでした。まもなくロンは亡くなってしまったからです。
第二次世界大戦、ベトナム戦争、イラク戦争と、アメリカはこの数十年の間にも、数多くの戦争を経験してきました。高齢者が多いホスピスでは、ロンと同じように、私たちが生まれる前の戦争の記憶を胸に生きてきた人と、少なからず出会います。
シンシナティの高齢者施設に住む男性。(2012年)
to go home.">I’m ready to go home.
90歳のウォルターの部屋には、第二次世界大戦の頃の航空機の模型が、置いてありました。あの戦争に、航空 整備 士として従軍していたのです。ウォルターも末期がんを抱えていましたが、いつでも私を温かく迎えてくれました。彼が好きなビッグバンドのナンバーから、私はインザムードやブルームーンなどをよく演奏したものです。
12月のある日、私はキーボードを持って彼の部屋を訪ねました。「クリスマスソングを弾きましょうか?」と言うと、ウォルターは機嫌よく同意しました。
Christmas is my favorite time of the year.クリスマスは僕がいちばん好きな時期なんだ。音楽を聴きながら、彼はウトウトしているようでしたが、私が“I’ll be Home for Christmas.”(クリスマスをわが家で)を歌い出すと、目を開けました。
“I’ll be Home for Christmas.”は、家族と過ごすクリスマスを待ちわびる曲です。「クリスマスには帰るからね。雪にヤドリギ、ツリーの下にはプレゼントを置いて、待っていておくれ」と歌うのです。私が歌い終わると、ウォルターは口を開きました。
「この曲の背景を知っているかい?これは第二次世界大戦中に、戦地の兵士たちのために書かれた曲なんだよ」
ウォルターはイギリスに駐屯しているときに、ラジオで初めてこの曲を聞いたのでした。どんなに家族とともにクリスマスを迎えたくても、戦争のさなか、兵士である彼らが家に帰れるはずもありません。ある兵士は目に涙をため、別の兵士はただ黙って、ラジオから流れてくる“I’ll be Home for Christmas.”に聴き入っていました。ウォルターも故郷の家族を思いながら、この曲を聴いていたといいます。
その日以来ウォルターは、戦死した戦友たちのことも含めて、自分の戦争体験をぽつぽつと話してくれるようになりました。どんなときも穏やかなその様子に、あるとき、「あなたはいつも落ち着いた表情をしていますね」と言ったことがあります。すると彼は、「待つことには慣れているからね」と答えました。
「それに、I’m ready to go home. もう帰る準備もできているよ」
かつてヨーロッパの戦線で、任務に励みながら、わが家に戻る日を待ちわびていたウォルター。 home には家という意味以外にも、天国という意味を含む 場合があります。今はホスピスで、天国のわが家へ帰る日を思いながら、残された時間を穏やかに過ごしているのでした。
一日、一日、ゆっくりと前に進もう
同じ戦争の傷跡が、自分ではなく、自分が愛する人を苛(さいな)むこともあります。85歳のキャサリンは元女医です。夫は先立ち、2人の子どももとうに独立していました。私が出会ったときは乳がんの末期で、老人ホームで療養していましたが、昔のことは語りたがりませんでした。
親しくなってから、少しずつ話してくれたことをつなぎ合わせると、彼女は早くに両親を亡くし、叔母夫婦の元で育ちました。やがて優しい男性と出会って婚約したのですが、そのボビーは第二次世界大戦で捕虜となり、帰還したときには別人のようになっていました。PTSD ( Post Traumatic Stress Disorder =心的外傷後ストレス障害)に悩まされていたのです。
結婚はしたものの、ボビーはアルコールに救いを求め、仕事も続かず、生計はキャサリンが医師として働いて支えていました。愛する人は生きて帰って来てくれたけれど、もう昔の彼ではない――。「死」とは異なる、そんな「喪失」も人生にはあるのです。
「喪失やグリーフ(悲嘆)は、経験するまでわからないことだと思うの」と、キャサリンは言いました。そんな状況とどう向き合ってきたのか、私がたずねたのに対して、彼女が答えた言葉はさらに印象的でした。 “Taking it day by day”「一日一日を乗り越えていくの」 と彼女は言うのです。これは人生の困難に直面したとき、とても役立つ考え方だと思います。
私はその後、兄の死という大きな悲しみに見舞われたときに、この言葉が頭に浮かびました。今も折に触れて思い出します。キャサリンを訪問するようになって半年以上が経ったある日、彼女は突然出血し、重篤な状態に陥りました。
翌日訪ねてみると、青ざめた顔でベッドに横たわっていましたが、私を見て言いました。「 私はtough old bird(タフな婆さん)ね 。まだ生きてるわよ 」そして、夫のボビーが大好きだったカントリーシンガー、ジョニー・キャッシュの“Man in Black”をリクエストしました。
貧しい人や 希望 を失った人を思い、いつも黒い服を着ている男、キャッシュ自身を描いたようなこの曲のなかで、「僕は黒を着る。時代の犠牲になった彼らのために 」と彼は歌うのです。それから1週間後、再びキャサリンを訪ねると、彼女のベッドは空でした。
亡くなったのではと 心配 しましたが、なんと彼女は老人ホームのみんなとバンに乗り込み、紅葉を見に出かけたのでした。1週間前には生死の境をさまよったはずなのに、tough old birdは健在でした。戦場で幾多の友を失ったウォルターの喪失。生還した夫が変わってしまった、キャサリンの喪失。
平和な時代でも、人生には喪失やグリーフがつきものです、私たちもキャサリンのように、進んでいけばいいのです。そう、Taking it day by day.で、その日、その日を乗り越えながら。
そのことを、クライアントとご家族が身を持って教えてくれました。
恐れや苦手に挑戦し、いつも成長していたい
この2年間、私は主に本の執筆をしていました。昨年の暮、ニューメキシコ州に引っ越し、ようやく落ち着いた頃にコロナの感染が 拡大 したので、ステイホームの生活が続きました。実際、今ニューメキシコ州でもコロナ感染者が増えてきており、この冬はかなり大変になると 予想 されています
そんななかでも、何か新しいことに挑戦したいという気持ちはあります。“ to reach my full potential” を人生の目標として、自分の 可能性 を最大限に発揮し、常に成長していたいと思うのです。
アメリカ留学、音楽療法士の仕事、本の執筆と、これまで挑戦してきたことは、どれも簡単なことではありませんでした。でも振り返れば、どれもが、かけがえのない経験でした。
自分の長所や得意分野を知ることも大切ですが、むしろ、怖いと思うことや苦手と感じることに挑戦するほうが、人は大きく成長します。そう考えると、この先どんなチャレンジが待っているのか、とても楽しみです。
▼ 緩和ケアの様子:「テレメンタリー」2016年
佐藤由美子さんの本
▼音楽療法士の佐藤さんが語る、感動のノンフィクション『ラスト・ソング』(ポプラ社)
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取材・文:田中洋子
佐藤由美子さん ホスピス緩和ケアの音楽療法を専門とする、米国認定音楽療法士。バージニア州立ラッドフォード大学大学院音楽科を卒業後、オハイオ州のホスピスで10年間、音楽療法を実践。キャンサーサバイバー(がんと共に生きる人)や障がい児との音楽療法、遺族を対象としたグリーフワークも行ってきた。2013年に帰国し、国内の緩和ケア病棟や在宅医療の現場で音楽療法を実践し、テレビ朝日「テレメンタリー」や、朝日新聞「ひと」欄でも紹介される。2017年に再渡米。著書に『ラスト・ソング~人生の最期に聴く音楽』『死に逝く人は何を想うのか~遺される家族にできること』(ともにポプラ社)、最新刊として『戦争の歌がきこえる』(柏書房)。
ブログ: 佐藤由美子の音楽療法日記 | 人生の最期に聴く音楽
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