EJ新書『元劣等生が褒められ好きの通訳・翻訳家になって考えたこと』刊行を記念して、著者の平野暁人さんのインタビューをお届けします。本の基となったENGLISH JOURNAL ONLINE連載記事へ寄せられた読者のご感想も紹介!
- 作者: 平野 暁人
- 発売日: 2020/12/08
- メディア: Kindle版
通訳中に「訳しているんだから静かにして!」
――翻訳家、通訳者としてフリーランスで働き続けるために心掛けていることはなんですか?
うーん・・・特にないんですよねえ。学生時代のバイトの延長で、すべてが成り行き。特に通訳なんか、初めての現場の初日で後悔して、(二度とやらねー!)と思ったのに、その現場の途中でもう次の依頼が来ちゃって。
どうせ次はないから、と思って好き勝手に振る舞ったのが逆によかったのかなあ。演出家の私語にムカついて叱ったりしましたからね。「うるさい!いまあなたの言ってることを訳してるんだから静かにしてるべきだよね?」って(笑)。
ただ、いったん引き受けたら誠心誠意 取り組み ます。当たり前ですけど、企画やギャラの大小も関係ない。それは自分との約束っていうか、とにかく自分に恥じない働きをすること。
あと、通訳は舐(な)められちゃダメ。言うべきことは恐れず言う。通すべき筋はきっちり通す。フリーだからこそナメられるくらいなら怖がられた方がいい。 ただし 、嫌われちゃったら終わり。そのあたりのさじ加減には気をつけてるかな。
翻訳書は持ち込み企画がほとんど
――手掛けた翻訳書の中で、印象深かった作品と、その理由を教えてください。
僕の訳書はほとんど自分で持ち込んだ企画なんで、それぞれに思い入れはあるんですけど・・・強いて1冊挙げるなら『「ひとりではいられない」症候群』かな。
たまたまネットで見つけて、あっこれ訳したい!と思って、フランスの版元に直接メールしたんですよ。「日本の翻訳家ですが、ぜひこの本を訳したいので絶対ほかの人に版権を売らないでください。その代わり、必ず日本でいちばん有名な出版社から出してみせます」って、ダメ元で。当時まだ大学院生だったし、なんの 保証 もなかったんですけどね(笑)。そしたら「ありがとう!期待してます!」って返信が来て。最終的に講談社さんに決まった時は約束を果たせたことにまずほっとしました。
あとは、『賢者の惑星』という本は何社か持ち込んでダメで、諦めかけてたら明石書店さんから「こんな本どうですか?」と依頼が来てびっくりした、なんてこともありましたね。
初の通訳仕事で平田オリザさんから言われたこと
――手掛けた通訳案件の中で、印象深かったものと、その理由を教えてください。
これも全部だなあ。とにかく演劇の仕事ってひとつひとつが濃いんですよね(笑)。
でもやっぱり最初の、青年団 *1 の現場は特別かな。生まれて初めて演劇を内側から経験したので。2週間のワークショップで、演劇人を間近で観察しながら「演出家とは?」「俳優とは?」「両者の関係性とは?」といったことを考え続けて。
最後の成果発表会を観に来たオリザさんが関係者に僕のことを「我々は新たな才能を発見したよ!」と紹介してくださったんです。それに感激して、というか騙(だま)されて(笑)、今に至ったのかも。ま、オリザさんに聞いたら「そんなこと言ったかなあ?平野くんの捏造(ねつぞう)じゃないの?」って言うと思うけど(笑)。
言語を学ぶ楽しみとは
――韓国語とアラビア語も学習なさっていますが、なぜ多言語を学ぶのですか?
え、得意だから(笑) 。僕、言語のほかにできることないんで。
それに韓国語は昔からやらなきゃいけないと思ってました。仲悪いから(笑)。世界中どこの地域でも、隣の国とは仲が悪いんですよ。絶対戦争してるし、遺恨が積み重なって根腐れを起こしていることも多いしね。でもだからこそ言語を学んで、お互いのメンタリティを理解しようと努めた方がいい。市民レベルの相互理解っていうのは必ず未来の国際関係を左右すると思うので。
アラビア語は、大学院で北アフリカの植民地史を専攻したのが きっかけ で。旧植民地の歴史を旧宗主国の言語で研究するのは支配者の発想そのものだから、ちゃんとアラビア語でやろうと。結局研究自体やめちゃったんでアラビア語もぜんぶ忘れたんですけど、最近また始めました。
まったく体系の違う言語を学ぶのって楽しいんですよね。あ、この言語にはこういう音があるんだ!え、喉のこんなところ使うの?おっ!ここからこうやって息を通すと近い音が出るぞ!みたいな。僕には音声学の知識はないので、野生の思考というか、まあ要するに勘で再現するんですけど、それがたまらなく楽しい。
それにふつう、字が読めるようになった時の記憶ってないでしょ?それまで模様だったものが意味を伴って立ち上がってくるんですよ!こんなに興奮することってなかなかないと思います。
舞台空間の魅惑
――好きな公演やパフォーマンスを教えてください。また、舞台芸術の魅力はなんですか?
その質問は・・・パス!理由は好き嫌いを言うといろいろ角が立つから(笑)。
というのは冗談ですが、実は僕、いまだに舞台芸術が好きなのかよくわかんないんですよ。だけど劇場という場所が好きだし、そこで自分にはできないようなことをやっている人たちを眺めるのが好き。眺めながら絶えずあれこれ考えて。生だから動画みたいにこっちの都合で止めたり戻したりできない。時空を共有する芸術にしか生み出せない圧があります。
あと、舞台と客席って文字どおり地続きじゃないですか。小劇場なんかだともう目の前が舞台。むき出しで無防備。でも誰も舞台へ上がって行ったりしない。みんな客席にじっとしている。あそこから向こうは別の空間、という約束事をその場にいる他人同士全員が共有している。信頼関係のみで守られた境界線。これってものすごいことだよなぁって。いまだに毎回思ってます。観る側の時も、やる側の時も。
初のご著書である新刊の読みどころ
――EJ新書『 元劣等生が褒められ好きの通訳・翻訳家になって考えたこと 』のアピールをお願いします!
買ってください!理由はおもしろいから!(笑)
舞台は生もので毎日がアクシデントの連続ですから、劇場で働いている人はみんなおもしろエピソードをたくさん持ってるんですよ。ただ僕は通訳という立場上、見聞きする範囲がとても広いし、他人よりおもしろく言語化できると自負してます。
あと、通訳も翻訳も説明能力が高くないとできないので、誰にでもわかりやすく書くのも得意なつもり。「舞台芸術」というジャンルにピンとこなくても言語に興味さえあれば楽しく読んでもらえるはずです。実際、「舞台?ナニソレ食べられるの?」みたいな方でも「笑った!」「勉強になる!」みたいに言ってくださるので。
それにね、万が一失敗してもぜんぜん痛くない値段ですから!!
自分で話すのは楽 ?
―― 今後の 夢はなんですか?
やっぱり結婚ですかね!来年こそは相手を見つけて・・・え?そういうことじゃなくて(笑)?いや、これもけっこう切実な・・・まあいいです、はい。
えーと、そしたらやっぱりラジオですね。
僕、ラジオのパーソナリティになるのが子どものころからの夢なんですよ。なんせ小学生でオールナイトニッポンを聴いてましたからね(笑)。
文章を書くのも得意なんですけど、本当はしゃべる方がもっと得意っていうか、好きなんです!好きが高じて舞台の前説とかもしたことがあるくらい。演出家に「客入れのあいだトークしたいんだけどいい?」って自分から持ちかけて、開演前に通訳がひとりで30分くらい延々しゃべるという(笑)。もうね、「通訳」の概念が崩壊してますよね。だってフランス人どこにもいないんだもん(笑)。
通訳は他人の話を伝えないといけないから緊張するし難しいけど、自分で話すのは楽!オレが正解なんだもん(笑)。だから今年の日本通訳翻訳フォーラムの講演がご好評いただけたのはすごくうれしかったですね。
ただ、顔を出すのは嫌いなので、やっぱりラジオは理想です。昨今はコミュニティFMなんかも増えましたし、しゃべれる人材をお探しの方!ぜひお声がけください!EJ新書を読んでいただければ僕のおもしろさが伝わるはずです!あ、結局本を買えって話に戻ってきちゃった(笑)。
平野さんの連載「舞台芸術翻訳・通訳の世界」へのご感想
『 元劣等生が褒められ好きの通訳・翻訳家になって考えたこと 』の基になった「 舞台芸術翻訳・通訳の世界 」の連載中に読者の方々がTwitterでつぶやいてくださったご感想を紹介します。
平野暁人さんの舞台翻訳の記事がとても面白くて何度も読み返してしまいました。確かに生字幕って舞台の不思議な場所に映されるなあ、と思っていたのですが・・・。今度からは見づらいと文句を言わず拝見しようと思います。(奥村千里さん)
平野暁人さんのEJO連載記事もおすすめです!毎回一気に読ませるおもしろさですが、私は第5回が特に好きです。
数日前、平野暁人さんのEJO連載記事(第8回)を読んだ。それまで平野さんのことを存じ上げず、TLに流れてきたのを何となく読み始めたのだが、もうそのテンポのよいぐいぐい読ませる文章にすっかりハマってしまった。(L’avenirさん)
平野暁人さん、日本通訳翻訳フォーラムでのお話もすごくおもしろかったけど、エッセイもおもしろい。「他者の言葉は自己の解釈をどこまでも逃れ去ってゆくと知っていながら、(中略)その真意に限界まで迫らんとして、訳者は狂ったようにぐるぐると近傍を回り続けるのです。」(岡本麻左子さん)
この【逃げる勉強法】はホントに使える!フラ語初心者の頃、“Vous”の活用を覚えず誰彼構わず“Tu”で語りかけ、“Nous”の代わりに“ On ”で話してました・・・活用多すぎるからね・・・(ニコルまさみさん)
さすが舞台芸術をご専門にされていらっしゃる平野さん、本当にユーモアに溢(あふ)れていてお話が面白かったので連載記事や note もドンドン読みたくなって今読みまくっております。第7回の“褒め論”も最高でした。(イイジマハヅキさん)
先月のフォーラム講演で平野さんのことを初めて知ったが、エッセイ、面白いね。なんとなくだが平野さんの文章からは「80年代サブカル」とか「昭和軽薄体」の匂いがするなあ。それよりはずっとお若い方のはずだが。(ポーカー翻訳家・松山宗彦さん)
第8回、共感する部分が多かった。日本語学校では多くの場合、学習者の方が教師より若いことが多く、特に初級~中級では、ともすると子供や園児相手のような話し方になりがち。理解できるように話すよう心がけるのはもちろん必要なこと、でもそれと子供扱いするのとは違いますね。( HAIBARA日本語教師 さん)
これ(第11回)は読み応えがありました。通訳という仕事の凄さに感動!(片山幹生さん)
海外から演出家を日本に呼べない現在――「リモート稽古」。フランス人演出家が舞台初日におっしゃった言葉がわたしの心を刺激する。やはり舞台は人同士が同じ時間と空間を共有してできるものだと痛感する記事。(こよみさん)掲載を快諾してくださった読者の皆さま、ありがとうございました!(編集部)
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- 作者: 平野 暁人
- 発売日: 2020/12/08
- メディア: Kindle版
平野暁人(ひらの あきひと) 翻訳家(日仏伊)。戯曲から精神分析、ノンフィクションまで幅広く手掛けるほか、舞台芸術専門の通訳者としても国内外の劇場に拠点を持ち活躍。主な訳書に『 隣人ヒトラー 』(岩波書店)、『 「ひとりではいられない」症候群 』(講談社)など。
Twitter: @aki_traducteur
『ENGLISH JOURNAL BOOK 2』発売。テーマは「テクノロジー」
現在、ChatGPTをはじめとする生成AIが驚異的な成長を見せていますが、EJは、PCの黎明期からITの隆盛期まで、その進化を伝えてきました。EJに掲載されたパイオニアたちの言葉を通して、テクノロジーの歴史と現在、そして、未来に目を向けましょう。
日本人インタビューにはメディアアーティストの落合陽一さんが登場し、デジタルの時代に生きる英語学習者にメッセージを届けます。伝説の作家カート・ヴォネガットのスピーチ(柴田元幸訳)、ノーベル生理学・医学賞受賞のカタリン・カリコ、そして、『GRIT グリット やり抜く力』のアンジェラ・ダックワースとインタビューも充実。どうぞお聴き逃しなく!
【特集】PC、IT、そして、ChatGPT・・・パイオニアたちの英語で見聞する、テクノロジーの現在・過去・未来
【国境なきニッポン人】落合陽一(メディアアーティスト)
【スピーチ&インタビュー】カート・ヴォネガット(作家/柴田元幸訳)、ケヴィン・ケリー(『WIRED』創刊編集長、未来学者)、レイ・カーツワイル(発明家、思想家、未来学者)、ジミー・ウェールズ(ウィキペディア創設者)、アンジェラ・ダックワース(心理学者、大学教授)、【エッセイ】佐藤良明
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