世界で話される言語の半数は、消滅危機にひんしているといわれています。実は日本で話される言語も例外ではなく、人気漫画・アニメ『ゴールデンカムイ』で注目されたあの言語も極めて深刻な状況にあるんだとか。本記事では、消滅危機にひんしている言語10個をピックアップして紹介します。
目次
Atlas of the World’s Languages in Dangerとは?
世界には、消滅の危機にひんしている言語が数多く存在することをご存じですか?
UNESCO(ユネスコ/国際連合教育科学文化機関)が調査結果をまとめた「Atlas of the World’s Languages in Danger(消滅危機にひんする言語リスト)」によると、現在世界で話される約6000の言語のうち、その半数が消滅の危機にひんしているそうです。
Atlas of the World’s Languages in Dangerでは、消滅危機のレベルを次の6段階に分けています。
Safe(安全) 世界の言語全体の57%
Language is spoken by all generations; intergenerational transmission is uninterrupted.
(全ての世代で話され、世代間での伝達は絶えない)Vulnerable(脆弱[ぜいじゃく]) 10%
Most children speak the language, but it may be restricted to certain domains (e.g., home).
(ほとんどの子供が話せるが、家庭など特定の領域に限られる場合もある)Definitely endangered(危機) 11%
Children no longer learn the language as mother tongue in the home.
(子供が家庭で母語として習わない)Severely endangered(重大な危機) 9%
Language is spoken by grandparents and older generations; while the parent generation may understand it, they do not speak it to children or among themselves.
(祖父母世代かそれより上の世代が話し、親世代は理解できることがあっても、自分たちの間や子供には話さない)Critically endangered(極めて深刻) 10%
The youngest speakers are grandparents and older, and they speak the language partially and infrequently.
(最年少話者が祖父母世代かそれより上の世代で、部分的、またはたまにしか話さない)Extinct(絶滅) 4%
There are no speakers left; included in the Atlas if presumably extinct since the 1950s.
(言語話者は残っていない。1950年代以降に絶滅したと推定される場合にリストに含まれる)
日本では下の8言語(UNESCOでは「言語」と「方言」を区別していません)がリストに掲載されています。
【危険】八丈(はちじょう)方言、奄美(あまみ)方言、国頭(くにがみ)方言、沖縄方言、宮古(みやこ)方言
【重大な危機】八重山(やえやま)方言、与那国(よなぐに)方言
【極めて深刻】アイヌ語
消滅の危機にひんする言語10
ここからは、現在消滅の危機にひんしている言語を10個ピックアップして紹介します。各言語が分かるYouTube動画も併せて紹介するので、気になった言語があったら是非動画で確認してみてください。
Gagauz(ガガウズ語)
危機レベル Vulnerable(脆弱)
話される主な地域 モルドバ、ウクライナ、ブルガリアなど
ガガウズ語はトルコ系少数民族のガガウズ人によって話される言語で、東ヨーロッパのモルドバ共和国を中心に、ウクライナやブルガリアで話されています。述語が文頭に来たり文中に来たりするなど、語順が自由なことが特徴の一つです。
モルドバでガガウズ語を話すのはガガウズ人に限られています。モルドバの公用語はモルドバ語ですが、ガガウズ人の間では従来の学校教育で用いられてきたロシア語が第1言語として受け入れられており、子供たちにガガウズ語を教えることはなくなったといいます。現在、ガガウズ語話者はモルドバ人口の約3%、12万人程度と推測されています。
Welsh(ウェールズ語)
危機レベル Vulnerable(脆弱)
話される主な地域 イギリス、ウェールズ
ウェールズ語はイギリス、ウェールズの公用語とされる言語で、ヨーロッパ最古の言語の一つといわれています。
1536年にイングランド王が併合令を発布し、ウェールズはイングランドの支配下に置かれました。この法令によってウェールズの公用語は英語となり、ウェールズ語の使用が禁止されたのです。その後、産業革命時代には教育現場でのウェールズ語撲滅運動が加速するなどして、英語しか話せない子供が増えていきました。
1800年代後半には国民復興運動が活発になり、1993年にウェールズ語は英語と同等な公用語として、イギリス政府に認められました。2020年の国勢調査によると、3歳以上の人口の約30%がウェールズ語を話すことができるそうです。
Irish(アイルランド語)
危機レベル Definitely Endangered(危機)
話される主な地域 アイルランド
現在のアイルランドでは多くの人が英語を母語としていますが、実は憲法上においては英語は第2公用語で、第1公用語はアイルランド語(アイルランドで話されるゲール語)とされています。しかし実際には、アイルランド語を日常的に使用する国民は人口のわずか1%にも満たないといわれています。
アイルランド語話者が急速に減った理由は、イギリスの植民地化です。1801年に正式にイギリスの一部となり、17世紀以降は公的な場でのアイルランド語の使用が禁止されました。しかし、1949年にイギリスから離脱してからは、アイルランド語は小学校の必須科目として教えらえているので、話すことはできずとも多少は理解できる人が相当数いるようです。
Dogrib(ドグリブ語)
危機レベル Definitely endangered(危機)
話される主な地域 カナダ、ノースウエスト準州
カナダのノースウエスト準州には11の公用語があり、そのうちの一つがトリチョ族(ドグリブ族とも)によって話されるドグリブ語です。1876年のインディアン法で先住民同化政策が進み、ドグリブ語を含む数々の先住民言語の話者数が、減少の一途をたどりました。
2005年に採択されたトリチョ協定により、トリチョ族は代々住んでいたノースウエスト準州の土地、約4万平方キロメートルの支配権を獲得したそうです。2016年のカナダ統計局の国勢調査では、約1500人がこの言語をある程度知っていることが分かっています。
Hawaian(ハワイ語)
危機レベル Severely endangered(重大な危機)
話される主な地域 アメリカ、ハワイ州
日本でもaloha(こんにちは)やohana(家族)などがよく知らるハワイ語。
ハワイ王国時代(1795~1893年)には、ハワイ語の識字率は90%以上といわれていました。しかし、ハワイ王国が滅亡してアメリカがハワイを主権下に置くことが決まり、1896年には教育現場でのハワイ語の使用が禁止されました。1986年にハワイ州議会が学校でのハワイ語教育の禁止を撤廃する法案を可決するまで、ハワイ語を話す人の数は急速に減りました。
現在、ハワイ語の復活・保存を提唱する組織が幾つかありますが、ネイティブスピーカーは300人程度まで減っているといわれています。
Mudburra(ムドゥバラ語)
危機レベル Critically endangered(極めて深刻)
話される主な地域 オーストラリア、ノーザンテリトリー
ムドゥバラ語は、オーストラリア北部の準州、ノーザンテリトリーに住む先住民のムドゥバラ族によって話される言語です。2016年のオーストラリア国勢調査によると、92人のムドゥバラ語話者が残っているそうですが、他の調査によると流暢に話せるのは10人以下ともいわれています。
ムドゥバラ族にはMarnamarndaというハンドサインもあり、狩りの際や遠くに住んでいる人とのコミュニケーションに使われているそうです。
Hokkaido Ainu(アイヌ語)
危機レベル Critically endangered(極めて深刻)
話される主な地域 日本、北海道
大人気漫画・アニメの『ゴールデンカムイ』で興味を持った人もいるのではないでしょうか。アイヌ語は、日本列島北部周辺、とりわけ北海道の先住民族であるアイヌ民族が使う言語です。語順は日本語と同じですが、文法的に異なる部分が多くあります。
かつては口頭でのみ使われてきましたが、現在はカタカナにはない文字も使いながら工夫して表記されています。アイヌ語話者は明治以降の同化政策や近代化によって失われていき、現在では母語話者は10人ほどしかいないといわれています。
アイヌは「人間」、カムイは「自然や生き物、神」を意味します。
Potawatomi(ポタワトミ語)
危機レベル Critically endangered(極めて深刻)
話される主な地域 北アメリカ、五大湖周辺
ポタワトミ語は、カナダのオンタリオ州やアメリカ中北部に住むポタワトミ族によって話される言語です。この言語は動詞を基本とし、長い単語と多くの音を特徴とするため、学習が非常に困難であるとされています。
ポタワトミ(Potawatomi)という名前はオジブウェー語(アメリカ先住民の言葉の一つ)のBoodewaadamiiに由来し、「火を守る者」を意味します。
現在ではポタワトミ語のネイティブスピーカーは10人に満たず、そのほとんどが70歳を超える高齢者です。この言語を保存するため、語学授業やプログラムを幅広い人に向けて開催しているそうです。
Ume Saami(ウメ・サーミ語)
危機レベル Critically endangered(極めて深刻)
話される主な地域 スウェーデン、ノルウェー
サーミ語は北欧で話される絶滅寸前の言語群で、そのうちの一つがウメ・サーミ語です。現在では、スウェーデンとノルウェーのウメ川流域に住むわずか10人ほどしか使っていません。
スウェーデンで初めて文字化されたサーミ語は、ウメ・サーミの文法や語彙の影響を大きく受けているといいます。ウメ・サーミ語は、20世紀には社会の主流から取り残された言語となっていましたが、スウェーデン北部の植民地化を進める上では欠かせない言語でした。
Yagan(ヤーガン語)
危機レベル ほぼ絶滅 ※UNESCOではnot in use、ELPではDormant(休止状態)表記
話される主な地域 チリ、パタゴニア地区
ヤーガン語は、南米に住む先住民のヤーガン族によって話されていた言語です。残念なことに2022年2月、国が認める最後の純血のヤーガン族であり、最後のヤーガン語ネイティブのクリスティーナさんが亡くなったことによって、母語話者は0人となりました。ヤーガン語を話せる人は他にもいるようですが、流暢ではないとのことです。
約150年前には3000人ほどいたヤーガン族でしたが、西洋人が移住してきたことにより徐々にその数を減らし、数少ないヤーガン族の中でもスペイン語が主流になっていったといいます。
参考にしたサイト
今回参考にしたサイトは下の3つです。UNESCOとEJP(Endangered Languages Project)のサイトでは、各言語の消滅危機レベルを紹介しています。気になる言語がある方はぜひ検索してみてください。