その名を知らない人はいない映画界の巨匠スティーヴン・スピルバーグ。彼の少年~青年時代の記憶から生まれた自伝的映画『フェイブルマンズ』が3月3日(金)に公開されます。本作は記憶に残る会話の宝庫。そんな中から、編集部が気になった表現を紹介します。
スピルバーグはどのようにして映画監督になったのか?
日本で1973年に公開されたテレビ映画『激突!』(原題:Duel)を見たことがある方はいるでしょうか。今の日本で言うなら「あおり運転」の恐怖を描いた、登場人物がほとんどいないこの映画で、スティーヴン・スピルバーグは世界から注目を集めました。
その後、『ジョーズ』(1975)、『未知との遭遇』(1977)、『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(1981)、『E.T.』(1982)と大ヒットを立て続けに出し、映画界でのスピルバーグの地位は揺るぎないものとなっています。
そんな彼が、いかにして映画監督になる夢をかなえたか、という自身の原体験から生まれたフィクション作品が『フェイブルマンズ』です。脚本家のトニー・クシュナーとの16年以上にわたる断続的なインタビュー、スピルバーグが冗談半分でセラピーに例えたという執筆セッションを経て、本作は完成しました。
映画の舞台は1950~60年代のアメリカ。ストーリー自体はフェイブルマンズ一家の心の葛藤を描く、実にパーソナルな内容です。しかし、それだけではなく、当時のユダヤ系アメリカ人の日常が詳細に描かれ、さらには当時の映画が人をいかに楽しませるものであったか、そしてその一方で映画が人の心をいかに操り、うち砕くことがあるのかという、今のSNS文化への警鐘にも見えてくる非常に興味深い内容です。
スピルバーグ自身、本作について次のように語っています。
物語に自分の家族を見いだすことができる、共同体の鏡のような物語にしたかった。なぜならこれは、成長する過程で家族の中で起こる良いことと悪いことについて、そして許すという行為がいかに重要かについての物語だからね。(プロダクション・ノートより)
この物語を語らずにキャリアを追えるなんて、想像すらできない。私にとってこの映画は、タイムマシーンのようなものだ。それが突然停止したら、全ての記憶が所定の位置に固定され、順番が決められ、編集され、終わりになる。トマス・ウルフが言った。「なんじ再び故郷に帰れず(You can’t go home again.)」とね。彼は正しいよ。『フェイブルマンズ』を撮り終えたとき、私はもう二度と故郷には帰れないと悟った。だが少なくとも、この作品は共有することができたんだ。(プロダクション・ノートより)
若い頃のスピルバーグと彼の家族の成長を通して、観客自らの人生も振り返ることができる内省の物語を、皆さんもぜひ味わってみませんか。
気になる英語表現
映画の中から気になった会話をピックアップして紹介します。
moonlighting
ハヌカー(ユダヤ教の12月の行事)で主人公のサミーは、父バートから鉄道模型をプレゼントされます。その際の祖母ハダサー、母ミッツィと2人の会話です。
Hadassah: So nu, Mr. Engineer, RCA gave you a raise? That is one expensive trolley car.
Sammy: It’s not a trolley car it’s a Lionel train!
Burt: No raises for the computer guys this year. Next year maybe.
Mitzi: Your moonlighting son is paying for it by filling up my house with broken TVs. Repair work. That’s how.
ハダサー:それでまあ、エンジニアさん、RCAが給料を上げてくれたの?高そうな路面電車よね。
サミー:路面電車じゃない、ライオネルの列車だよ!
バート:コンピューターおたくは今年、昇給なしさ。来年はどうかな。
ミッツィ:副業をしているあなたの息子は、壊れたテレビを家でいっぱいにして稼いでいるんですよ。
※ 英文は映画のセリフを一部省略しています。翻訳は編集部が行っています。
そして、母ミッツィのセリフにあるmoonlightingは、主となる仕事とは別に、副業をやるという意味で使う言葉。moonlightで「(夜に/裏で)副業を持つ」という動詞です。昼間は本業に時間を取られるため副業は夜に行う、ということから生まれた言葉の意味のようです。
副業を表す英語には他に次のようなものがあります。
side business
secondary job
sideline など
ちなみにmoonlightの反対語にdaylightという言葉もあるようで、これは昼間に行っているアルバイトのことを指すアメリカのスラングだそうです。
会話に出てくるその他の表現も確認しておきましょう。最初の祖母のセリフにあるnuというのは、驚きを表す間投詞。ユダヤ系の人たちが使うようです。ここには「そんなお金あったの?」という気持ちが込められています。また、Lionelというのはアメリカの鉄道模型メーカーの名前です。
two kids ago
就寝前、サミーの父バートと母ミッツィの会話。ミッツィは昔、ピアニストとして活躍するという夢を持っていましたが、家庭のために諦めました。
Burt: You should play it on the radio. On that arts program, they keep asking you to come back.
Mitzi: I don’t have the time for that.
Burt: We can hire a sitter.
Mitzi: Who can afford that? Forget it. That was another life, that was two kids ago.
バート:ラジオでピアノを弾くべきだよ。あの芸術講座の番組の連中が、いつも君に戻って来てほしいと言っているじゃないか。
ミッツィ:そんな時間ないわ。
バート:シッターを雇えばいい。
ミッツィ:そんな余裕ないでしょ?いいの。あれは別の人生、子供が2人少なかったらの話。
「大昔(a long time ago)」とか「3年前(three years ago)」のように過去をさかのぼる表現はよく聞きますが、two kids agoのような言い方もあるのですね。フェイブルマンズ家には、子供が4人います。4人もいなかったらピアノを続けていた、という意味で言っています。
It’s on the rise!
それまでの仕事が評価され、大企業ゼネラル・エレクトリック社に雇われたバート。ミッツィに勤め先となるアリゾナ州フェニックスへの引っ越しの話をしますが、とある理由で難色を示されます。それに対して、なんとか納得してもらおうとしたバートのセリフです。
Burt: But Phoenix is a real neat city. It’s on the rise!
バート:でもフェニックスはほんとにいい街なんだ。栄えてきてるし!
on the riseは「上昇中の」や「増加傾向にある」という意味で使います。街に対して使うのであれば「発展中の」とか「栄えてきている」のようなニュアンス。バートは「フェニックス(エジプト神話の不死鳥)」という地名にも引っ掛けて使っているようです。
on the riseは、流行に関してであれば次のように使うこともできます。
That singer is on the rise!
あの歌手、キテるよね!
Everything happens for a reason!
先の転居話の続きです。家族のために自分を犠牲にし続けることに我慢ができなくなったのか、ミッツィは子供たちを車に乗せ、近くに出現した竜巻を追いかけます。その後、間一髪で竜巻に巻き込まれずに済んだ彼女が一人つぶやき、続けて子供たちにもその言葉を復唱させます。
Mitzi: Say it with me! Everything happens for a reason!
復唱して!何事にも理由がある!
難しいセリフではありませんが、映画全編に通じる言葉のようにも感じ、ずっと心に残っているので取り上げました。
That is art!
サミーの祖母が亡くなった後、祖母の兄ボリスがフェイブルマンズ家を訪れます。映画の仕事をしていたというボリスは、それ以前にライオンの調教師もしていたとのこと。そんな彼がサミーに「お前は母親に似てアートの心がある」と言います。自分にもそれがあったと主張するボリスに対して、サミーは次のように言います。
Sammy: Putting your head in a lion’s mouth is art?
Boris: No! Sticking your head in the mouth of lions was balls! Making sure that lion don’t eat my head. That is art!
サミー:ライオンの口に頭を入れるのはアートなの?
ボリス:いいや!ライオンの口に頭を突っ込むのは勇気だ!ライオンに頭を食われないようにする。それがアートだ!
ボリスおじさんのセリフに限ったことではないのですが、『フェイブルマンズ』には印象的な会話が多く、英語が好きな人は特に楽しめるのではないでしょうか。
It’ll tear your heart out.
これもサミーとボリスの会話の続きに登場するセリフです。
Boris: You will make your movies, and you will do your art, and you remember how it hurt so you know what I’m saying: Art will give you crowns in heaven and laurels on earth. BUT! It’ll tear your heart out and leave you lonely.
ボリス:自分の映画を撮る、アートを作る、そして、それがいかにつらいものかを知るんだ。分かるか。アートは天国で王冠を与え、地上で栄誉を与えてくれる。でもな!アートは心をずたずたにして、寂しさだけが残るんだ。
映画製作を通じてボリスと同じように感じていたスピルバーグが、この映画を作ることで最も伝えたかったことのように思えてなりません。
faster than you can say Jack Robinson
実はこの作品で最も気になったセリフがこれでした。父バートの転職で2度目の引っ越しをした一家のやりとりです。セリフに登場する人名が気になって仕方ありませんでした。会話の2人目に登場するレジーはサミーの妹です。
Burt: It’s only a rental. The new house’ll be ready faster than you can say Jack Robinson.
Reggie: Jack Robinson.
Mitzi: And ... We’re still here.
バート:ちょっとの間の借家だから。新しい家は「ジャック・ロビンソン」と言う間もなく準備が整うさ。
レジー:ジャック・ロビンソン。
ミッツィ:で・・・何も変わらないわね。
確か「あっという間」とか「あっ」という字幕が付いていたと思います。なぜでしょう?
調べてみたところ、その昔、気の変わりやすいジャック・ロビンソンという人がいたことから生まれた決まり文句であるとか、その他いろいろな説が見つかりました。初めて聞いたフレーズで、これからの人生で使う機会も多くないとは思いますが、きっと一生忘れないフレーズの気がします。
ちなみに本編の字幕翻訳は戸田奈津子さん。英語を聞きながら字幕を読んで、その技を楽しむ――そんな鑑賞方法もおすすめです。
さて、こんな興味深い、人生の示唆に富んだ会話がたくさん楽しめる映画『フェイブルマンズ』は、3月3日(金)より全国ロードショーです。
映画のあらすじ
初めて映画館を訪れて以来、映画に夢中になったサミー・フェイブルマンズ少年は、8ミリカメラを手に家族の休暇や旅行の記録係となり、妹や友人たちが出演する作品を制作する。そんなサミーを芸術家の母は応援するが、科学者の父は不真面目な趣味だと考えていた。そんな中、一家は西部へと引っ越し、そこでのさまざまな出来事がサミーの未来を変えていく。
予告編
出演&スタッフ
監督:スティーヴン・スピルバーグ/脚本:スティーヴン・スピルバーグ、トニー・クシュナー/音楽:ジョン・ウィリアムズ/出演:ガブリエル・ラベル、ミシェル・ウィリアムズ、ポール・ダノ、セス・ローゲン、ジャド・ハーシュ他/3月3日(金)より全国公開/配給:東宝東和
公式ウェブサイト:https://fabelmans-film.jp/
公式Twitter:https://twitter.com/fabelmans_jp #映画フェイブルマンズ
SERIES連載
思わず笑っちゃうような英会話フレーズを、気取らず、ぬるく楽しくお届けする連載。講師は藤代あゆみさん。国際唎酒師として日本酒の魅力を広めたり、日本の漫画の海外への翻訳出版に携わったり。シンガポールでの勤務経験もある国際派の藤代さんと学びましょう!
現役の高校英語教師で、書籍『子どもに聞かれて困らない 英文法のキソ』の著者、大竹保幹さんが、「英文法が苦手!」という方を、英語が楽しくてしょうがなくなるパラダイスに案内します。
英語学習を1000時間も続けるのは大変!でも工夫をすれば無理だと思っていたことも楽しみに変わります。そのための秘訣を、「1000時間ヒアリングマラソン」の主任コーチ、松岡昇さんに教えていただきます。