アメリカのジョー・バイデン大統領は1月28日、トランプ前政権の措置を撤回し、中絶を支援する団体への援助を可能にするよう文書に署名しました。アメリカ世論を二分する問題であるため、政治的な反発が広がる恐れもあるとされています。今回はこの話題に関連する、中絶( abortion )とリプロダクティブ・ライツ(reproductive rights)について取り上げます。
今回のニュースな英語
abortion人工妊娠中絶 に関して 、1月最後の週に世界で大きな動きが二つありました。一つは、就任したばかりのアメリカのジョー・バイデン新大統領が、女性が中絶する権利に関連した政策の大統領覚書に署名したこと。そしてもう一つは、ポーランドが中絶をほぼ全面的に禁止とする法律を施行させたことです。
中絶をめぐって世界では、reproductive rights(リプロダクティブ・ライツ、性と生殖に関する権利)という観点から、さまざまな議論が行われています。アメリカでは、政権が変わると中絶に関する政策も180度変わることも珍しくありません。
ということで、今回のニュースな英語では、中絶( abortion )とリプロダクティブ・ライツ(reproductive rights)について取り上げます。
背景
欧米諸国において、中絶は倫理的問題であると 同時に 、宗教的、政治的な問題でもあります。
バイデン大統領は、「中絶を違法とする州法は違憲である」とする、1973年に下されたロー対ウェイド(Roe v. Wade)判決の支持を選挙公約としていました。つまり、中絶反対を掲げていたトランプ前大統領とは明確に反対の立場ということです。
1月20日、バイデン大統領は就任から数時間のうちに、トランプ政権下で作られた政策を無効にするべく、移民規制の撤廃やパリ協定への再加入など、17件の大統領令、覚書、布告などに次々と署名していきました。
さらには28日、いわゆる「メキシコシティ政策」(Mexico City Policy )と呼ばれる、中絶を行う、もしくは促進する国際組織にアメリカ政府は資金援助をしないという政策を撤廃する覚書に署名しました。
どんなふうに使われている?
ローマ・カトリック教会は、いかなる人工妊娠中絶も禁止しています。そのため、中絶に否定的な考えというとカトリックを連想してしまいますが、そんな単純な話でもないようです。
例えば、カトリック教徒が多いアルゼンチン(現ローマ教皇の出身国でもあります)では昨年末、中絶が合法化されました。2020年12月30日付の米紙ニューヨーク・タイムズは こう報じています。
Argentina on Wednesday became the largest nation in Latin America to legalize abortion , a landmark vote in a conservative region and a victory for a grass-roots movement that turned years of rallies into political power.アルゼンチンは30日、中絶を合法とするラテンアメリカ最大の国となった。これは保守的な地域での歴史的な採決結果であり、長年にわたる抗議活動を政治の力に変えた草の根運動の勝利でもある。ここのvoteは、中絶を合法化させる法案を上院で可決したことを指しています。
一方でカトリック教国のポーランドでは、中絶をほぼ全面的に禁止とする法律が1月27日に施行されました。これを受けて、首都ワルシャワなどポーランド複数の都市で抗議活動が行われました。
ロイター通信 はこう報じています。
Under the new rules, abortion can be performed legally only in the case of rape or incest and when the mother’s health or life are at risk, putting Poland outside the European mainstream .今回施行された法律では、中絶はレイプまたは近親相姦の場合か、母体の健康または生命が危険にさらされている場合にのみ合法的に可能となり、ポーランドはヨーロッパの主流から外れることになる。www.reuters.com
さてアメリカの話に戻りますが、バイデン大統領はカトリック教徒として有名です。過去には中絶について否定的な見解を示していた時期もあるようですが、米紙 ワシントン・ポスト は2019年10月、当時の大統領選討論会で、バイデン氏が次のように発言したと報じていました。
“Reproductive rights are a constitutional right . And, in fact , every woman should have that right .”「リプロダクティブ・ライツは、憲法で認められた権利だ。実のところ、すべての女性がこの権利を持つはずだ」メキシコシティ政策を撤廃する大統領覚書への署名は、こうした公約の実現に一歩進むものですが、米紙 USAトゥデイ は 今後 について、 厳しい 見通しを述べています。
Passing legislation to codify the right to an abortion and allowing low-income women to get government-funded abortions ? which Biden backed during his presidential campaign ? face roadblocks in a closely divided Congress.中絶する権利を成文化するべく法案を可決させ、低所得の女性に政府資金で中絶を受けさせることーー大統領選挙活動中にバイデン氏が支持を表明したことーーは、真っ二つに分かれている連邦議会において、複数の障害に直面することになる。www.usatoday.com
アメリカでは現在、中絶に連邦政府の資金を使うことは、「ハイド 修正 条項」(Hyde Amendment )という法律によって、一定の条件を除き禁止されています。貧困女性の中絶を支援するためには、この法を撤廃しなければならないのですが、議会を通すには困難が伴うだろう、という意味です。
まとめ
こうした議論でよく使われる表現に、pro-choiceとpro-lifeがあります。pro-は「賛成」や「支持」という意味で、ここでいうchoiceは、「中絶を選択する」という意味。つまりpro-choiceは、「女性が中絶という選択をする権利を支持する」ということです。一方でpro-lifeは、「生命を支持する」、つまり「中絶反対」ということです。
ローマ・カトリック教会は中絶を禁止していると先ほど書きましたが、調査会社ピュー研究所が 2019年にアメリカで行った調査 では、回答者のうちカトリック教徒の過半数(56%)が、中絶は合法であるべきだと答えました(全体としては、61%が合法であるべきと回答)。
一方で、調査会社ギャラップが 2020年に行った調査 では、支持政党によって中絶に対する考えが大きく異なることが示されました。共和党支持者にはpro-lifeが、民主党支持者にはpro-choiceが多く、無党派の場合はほぼ同数という結果でした。
皆さんはどう考えますか?決して気軽に議論はできない話題ですが、自分はどう思うのか、そして自分とは異なる意見の人たちはなぜそう思うのか、ニュース記事を読んで考えてみたり、信頼できる人たちと議論してみたりするといいかもしれません。
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松丸さとみ フリーランス翻訳者・ライター。学生や日系企業駐在員としてイギリスで計6年強を過ごす。現在は、フリーランスにて時事ネタを中心に翻訳・ライティング(・ときどき通訳)を行っている。訳書に 『LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる』 (日経BP)、 『限界を乗り超える最強の心身』 (CCCメディアハウス)、 『FULL POWER 科学が証明した自分を変える最強戦略』 (サンマーク出版)などがある。
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