「次は何と言おう」「覚えた表現は何だったっけ」――英語で話しているとき、自分の頭の中ばかり見つめていることはないでしょうか?英語を実践的に使うために大切なことを、俳優・英語コーチのヒロウエノさんと一緒に考える連載第5回。今回は、【「集中」より「夢中」】がキーワードです。緊張との付き合い方や、目の前の相手との会話を楽しむヒントをお届けします。
目次
「震えないように」より「伝えたい」に意識を向けて
前回は、会話を自分一人で背負わず、相手と一緒に作っていくことについてお話ししました。今回は、そのやりとりの最中に、「自分の意識をどこへ向けるか」を考えてみたいと思います。
僕は、どちらかといえば緊張やプレッシャーには強い方です。小さい頃から人前でものまねをしたり、歌を歌ったりするような子どもだったので、慣れている部分もあるでしょう。でも、それだけではなく、「集中ではなく夢中」という考え方を自分の中に持っていることも大きいと思います。
例えば、僕は『Japan Railway Journal』(NHK WORLD JAPAN)という鉄道情報番組でプレゼンターを務めているのですが、撮影で切符などの小さな物を手に持って見せることがあります。そんなとき、「手が震えないようにしなきゃ」と思って集中しようとすると、かえって震えが気になってしまうものなんです。それよりも、「これの魅力を届けたい!」と伝える内容に気持ちを向ける。すると、自分の手がどうなっているかは、だんだん気にならなくなります。これは、一般的に人間の脳は「同時に2つ以上の作業に意識を向けられない」という特性があると言われていて、それをうまく利用した方法でもあります。
英語でも、「ちゃんと話さなきゃ」「間違えないようにしなきゃ」と自分で自分を見張るような気持ちだと、目の前の相手への意識が薄れてしまいますよね。僕の言う「夢中」は、自分の出来を点検することより、伝えたいことや思い、相手とのやりとりに気持ちが向いている状態です。
緊張を無理に消そうとしなくてもいい。緊張している自分を受け入れた上で、何を伝えたいのかに目を向けてみよう。僕は、いつもそんなふうに考えています。
覚えたフレーズを探すことで見失ってしまうもの
英会話では、英語が聞き取れなかったり、会話に詰まったりして困った際に使える「リカバリーフレーズ」というものがあります。「Could you put that another way?(別の言い方で説明してもらえますか?)」「Sorry, I meant ...(すみません、~と言いたかったんです)」などのように、聞き返したり、言い直したりするための表現です。
もちろん、そうした表現を勉強することには意味があります。知識がなければ、その言葉は出てこない。覚えていないより、覚えている方がいいでしょう。ただ、「この場面ではこのフレーズ」と覚えておけば、それだけで実際の会話がうまくいくかというと、そうとは限りません。
聞き取れなかった瞬間に、「こういうときはどう言えばいいんだっけ?」「最初はどんな単語だった?」と、頭の中を探し始める。その間は、相手ではなく自分の内側を見てしまっていますよね。
理想は「聞き取れなかったら、聞き返す言葉が感覚的にパッと出てくる状態」ですが、そこまでいくには時間がかかるものです。だからこそ、覚えた通りの一文が出てこなくても、まず目の前の相手に、分からなかったことを伝えようとしてみる。
前回お話しした「聞き返すこと」ともつながりますが、大切なのは、用意した表現を再現することだけに、意識を奪われすぎないことです。フレーズを覚える勉強と、人と実際にやりとりする経験。その両方があって少しずつ自分の言葉になっていくのではないでしょうか。
準備した自分を信じて「ちゃんと」を手放す
演技の世界では、よく「let go」、手放すことが大切だと言われます。
役の背景を調べ、脚本を読み、監督や共演者とリハーサルをする。準備の段階では、いろいろなことを考えます。でも、本番に入ってからもそれらを頭で確認し続けると、目の前の相手とやりとりしにくくなってしまう。第3回でも、本番では相手の言葉を聞くことが大切だとお話ししました。そのためには、準備してきたことは自分の中に残っていると信じて、いったん手放す感覚が必要なんです。
この「手放す」という感覚については、俳優の養成所にいた頃、講師の先生から学んだことも心に残っています。
俳優は、さまざまな人と共にあらゆる役を演じる仕事です。相手と初対面でも、“長年連れ添った夫婦”を演じることだってあります。そこで「この人は自分の20年来の妻だ」「長く一緒にいる夫婦らしくしなきゃ」と、必死に自分に言い聞かせる。でも、言い聞かせようとすればするほど、心のどこかで「本当はそうではないのに」と考えているとも言える――。
そのとき先生が教えてくれたのは、そういう関係なのだと受け止めたら、あとは手放していい、ということでした。現実においては、長い付き合いの相手と接するとき、「この人は10年来の親友だ」「昔からの家族だ」と毎回確認して話すなんてことはしませんよね。一緒に過ごすことで築かれた関係があり、その中で自然に話しているはずです。
演技において設定を理解して練習したら、本番ではもう「夫婦らしさを出そう」と頑張りすぎない。その関係でいられる自分を信じてみる。僕は、その感覚がしっくり来たんです。
英語のコミュニケーションでも、「この人となら、なんとか伝え合える」と考えてみる。「うまく話せるかどうか」「文法を間違えたらどうしよう」と心配し続けるのではなく、今までやってきたことを信じて、相手に向き合ってみる。準備したことを忘れるというより、本番で全部を管理しようとする気持ちを手放す、という感じでしょうか。
完璧でなくても思いや魅力は伝わる
以前、ある映画監督から、オーディションで印象に残った俳優さんの話を伺いました。複数の俳優にいろいろなセリフを割り当てて読んでもらう中で、ある俳優さんにセリフを振ったところ、自分に回ってくるとは思っていなかったようで、素直に驚いた反応をしたそうです。その何気ない反応が、作品に登場する役のイメージにぴったりで、監督の印象に残ったと聞きました。そして結果として、その役をつかみ取ったのも彼でした。現在も大活躍されている、今ではとても有名な俳優さんです。さて……いったい誰でしょうね(笑)。
このエピソードから言えるのは、用意してきたセリフを言っているときだけがその人の魅力を伝える時間ではない、ということ。
僕自身、英語指導の仕事を通して、オーディションを見る側に回ることがあります。そこで感じたのは、セリフの出来だけでなく、その人の人柄や、ふとしたときの反応も重要な判断材料であるということです。オーディションでは監督が世間話をすることもあるのですが、それも、その人がどんな人物なのかを知る時間なんですよね。
そう考えるようになってから、僕自身もオーディションで必要以上に緊張しなくなりました。「こういう自分を見せなきゃ」と大きく見せようとするより、ありのままの自分で行けばいい。むしろ、どうやっても「ありのままの自分」だけが必ず伝わります。自分では「今日は7割の力しか見せられなかった」と思っても、その場の受け答えや振る舞いから、相手には「自分の10割」が伝わっているはずです。一つのセリフにつまずいたことだけで、合否が決まるわけではないのです。
「もう大丈夫」を待たずに、今の自分で「夢中」になって話そう
ここまで、「準備してきた自分を信じる」とお話ししてきましたが、「十分に準備できてから話そう」と、“待ち”の姿勢でいてほしいわけではありません。
僕は基本的に、「もう絶対に大丈夫」と思えるほど準備が整う日は来ない、と考えています。役作りでもオーディションでも、「十分な準備をしてこれただろうか」と思うことがあっても、最後は腹を決めて飛び込んでいくことが大切です。
もっと練習しておけばよかった。あの勉強もしておけばよかった。そう思っても、本番の日はやってくる。その日にできるのは、今日までやってきた自分で臨むことです。だから、できる準備は最大限する。その上で、「今の自分でやってみよう」と決める。「もう少しうまくなってから」と考えるばかりでは、実際に人と話す経験を積めません。
うまくいかないところがあっても、そこからまた取り組めばいい。準備と実践は、一度で終わるものではありませんから。
英語を話すときも、自分がどれだけできるかを測ることばかりに気を取られず、相手は何を伝えたいのか、自分は何を話したいのかに気持ちを向ける。「ちゃんと話さなきゃ」と力を入れるより、目の前の人との会話に夢中になる。この「夢中」の感覚を味わえば、きっと英語を話すことがさらに「楽しい」に変わると思いますよ!
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