新しい英語教材を買うと、それだけで少し英語ができるようになった気がする――。そんな経験はないでしょうか。英語学習者が陥りがちな思い込みを「七つの大罪」になぞらえて考える本連載。第1回は、必要以上に教材や勉強法を求めてしまう「強欲の罪」です。実は濵﨑さんご自身も、かつてはランキング上位の教材を次々と買っていたそうです。ベストセラーを選ぶことは悪いのか、教材を「使い切る」とはどういうことか、今の教材を続けるか替えるかをどう判断すればよいのか。濵﨑さんに教えていただきます。
目次
僕自身も「強欲」の側だった

「強欲」とは、必要以上に欲しがり、持つこと自体に執着することです。英語学習に置き換えるなら、話題の教材や新しい勉強法を追い求め、手に入れること自体が目的になってしまう状態と言えるでしょう。
ただ、最初に断っておきたいのは、教材を複数持つことや、ベストセラーを選ぶこと自体が悪いわけではないということです。
もともと僕自身、完全に「強欲」の側でした。英語学習を始めた頃は、Amazonのランキングで上にあるものがいいに決まっていると思い、単語帳などを上位から順番に買っていました。当時、TOEIC関連書籍で勢いのあった出版社の本を、次々と買っていた時期もあります。
それ自体は別に悪いことではありません。ベストセラーには売れている理由がありますし、良い教材を買ってきちんと勉強すれば、成果は出ます。教材を集めることが好きな人に、他人がとやかく言う必要もないと思います。僕自身、収集マニア的なところがあります。
問題は、教材を買ったことによって、状況まで変わったような気になってしまうことです。
新しい本を買うと気分が上がりますよね。買った瞬間に、その内容まで覚えたような錯覚を持つことがあります。参考書が自分の中にインストールされたような感覚です。
でも、もちろん実際には何も身に付いていません。教材を買っただけなのに、「これで自分もできるようになる」と思い込み、肝心の勉強をしていない。教材を買うことが目的になってしまっている人は、決して少なくありません。
教材を買い続ける人には二つのタイプがいる
以前、僕が大学で教えていた受講生の中に、新しい教材を次々と購入する方がいました。
授業で「こういう本もいいですよ」と少し紹介すると、次の授業にはもう買って持ってくるんです。「まずは1冊をやり切ってから、次を買いましょう」と伝えても、それまでの教材を終えないまま、また新しい本を買ってくる。
出版社や著者にとってはありがたい話ですが、本人のスコアはなかなか伸びません。ただ、本人はすごく楽しそうなんです。
ここは、二つのタイプに分けて考えた方がいいと思います。
1.短期間で結果を出したい人
「来月までにあと200点上げなければならない」といった、短期間で明確な結果を出す必要がある人です。
このタイプの人は、教材を買い続けない方がいい。まず1冊をきちんとやるべきです。教材を探したり、比較したり、注文したりしている時間があるなら、目の前の教材を開いた方が結果につながります。
2.英語学習そのものを楽しみたい人
もう一つは、英語を勉強している世界に浸ること自体が楽しい人です。
英語学習が趣味やライフワークになっている人もいます。英語の本を集め、読んで、勉強している時間そのものが楽しいのであれば、永遠に勉強してもいいじゃないですか。好きで集めているのなら、どんどん買ってもいいと思います。
教材を増やすことが問題になるかどうかは、何のために英語を学んでいるのかによって変わります。
期限のある目標を達成したいのか。それとも、学ぶこと自体を長く楽しみたいのか。そこを分けずに、全員に「教材は1冊だけにしなさい」と言っても、一つの答えにはなりません。
新しい教材を買うと気分が上がる
なぜ、人は新しい教材や話題の勉強法に惹かれるのでしょうか。
これは、服やスニーカー、かばんなどと同じだと思います。新しいものを買うと、単純に気分が上がりますよね。
新しい教材を手に入れ、最新の勉強法に触れると、「自分はきちんと英語学習の世界に参加している」という満足感も得られます。SNSに「この教材がいい」と流れてくると、「これも買わなければ」と感じる。話題の勉強法や本は、読んでいて楽しいものも多いので、惹かれること自体は自然です。
買った教材が届き、最初のページを開く。その瞬間は、新しい自分になれそうな気がします。
ところが、しばらくすると、その教材にも難しいところや退屈なところが出てきます。思うように進まず、成果もすぐには見えない。すると、「もっと自分に合う教材があるのではないか」と考え始めます。
そこでまた新しい本を探すわけです。
教材を探している間は、学習について真剣に考えているような感覚を得られます。しかし、その時間に実際の学習は進んでいません。 新しい情報に触れるたびに、それまで続けていた学習を中断していたら、どの教材も効果が表れるところまで使えないまま終わります。
本当のことは、地味でつまらない
SNSやYouTubeも、新しい教材や勉強法に飛びつきやすくなる理由の一つです。
SNSやYouTubeでは、当たり前のことを言っていても、なかなか見てもらえません。そのため、発信する側も、意外性のある主張や逆張りのような内容を出したくなります。
英語学習で本当のことを話すと、多分つまらないんです。
- 毎日音読しましょう
- 毎日問題を30問解きましょう
- 同じ教材を繰り返しましょう
本当は、そういう話で終わってしまいます。
でも、「これを聞けば一撃で伸びる」「この方法なら短期間で結果が出る」と言われたら、見たくなりますよね。当然、それだけで急にできるようにはなりません。それでも、短期間で効果が出そうなキャッチーな話題には飛びつきたくなる。
英語学習で本当に必要なことは、地味で、時間がかかり、大変です。 再生されやすい情報と、実際の学習成果につながる情報は、必ずしも同じではありません。
僕は筋トレも続けていますが、筋トレの動画を見ても同じことを感じます。「これをやれば体が大きくなる」「これをやれば体重が落ちる」といった動画は、どれも魅力的に見えます。
ところが、その世界で本当に結果を出している人ほど、地味な基本の話をしていることが多いんです。派手さはなくても、長い経験の中で積み重ねてきたものがある。英語学習も同じです。
だから僕は、教材や勉強法を選ぶときには、発信者が何者なのかを確認した方がいいと思っています。
どんな学習をしてきたのか。どんな結果を出してきたのか。どのような指導経験があるのか。顔も名前も分からず、経験や実績も確認できない人の言うことを、そのまま信じられるでしょうか。
新しい情報を全て疑う必要はありません。ただし、情報の目新しさだけではなく、その人が積み重ねてきた経験を見ることが必要です。
ベストセラーを買うことが問題なのではない
ベストセラーを買うこと自体は、悪くありません。
売れるべくして売れている本もあります。著者に実績があり、研究もしっかりしているのであれば、それは良い教材です。多くの学習者に使われるだけの理由があります。
また、ベストセラーが登場した後には、その教材を研究し、現在の傾向に合わせ、もっと良いものを作ろうと努力した著者たちが新しい本を出します。それも、本人の経験だけでなく、既存の教材を分析し、改善しようとした成果です。
ですから、売れている本だけが良くて、それ以外は駄目というわけでもありません。反対に、ベストセラーだから悪いというわけでもない。
本当の問題は、思考停止したまま、誰かの情報を鵜呑みにして買うことです。
- みんなが使っているから
- 有名な人が勧めていたから
- ランキングで1位だから
それだけを理由に選び、買った時点で学習上の問題まで解決したように感じてしまう。そこが問題です。
買うのであれば、きちんと使えばいいんです。
市販教材には、それほど大きな差はない
僕は、一般の書店に並んでいる商業出版の教材には、そこまで大きな品質差はないと思っています。
出版社は、本を1冊作るために多くのお金と時間をかけています。誰にでも本を書かせるわけではありません。著者、編集者、校正者など、さまざまな人が関わって内容を作り、確認しています。
もちろん、教材ごとに特徴はあります。対象レベルも違えば、解説の詳しさや紙面の作りも違います。しかし、書店で普通に売られている本であれば、学習が成立しないほどひどいものはほとんどありません。
最低限、自分の目的とレベルに合っていることは必要です。その条件を満たしているのであれば、教材選びのわずかな差よりも、選んだ教材をどう使うかの方が、英語力には大きく影響します。
どの本を選ぶかばかり考えている人は、「もっと良い本があるかもしれない」と探し続けます。
しかし、良い本を探しているだけでは英語力は伸びません。 どの本を選んだとしても、最終的には自分で開き、問題を解き、覚え、繰り返さなければなりません。
「1周した」と「使い切った」は違う
教材を「使い切る」とは、最後のページまで一度進むことではありません。
例えば、1000語が載っている単語帳なら、最低限、全ての単語を見た瞬間に意味が分かる状態がゴールではないでしょうか。
もっとレベルの高い人なら、同義語まで言える状態を目指してもいいと思います。少なくとも、何の迷いもなく、脊髄反射で意味が出るくらいにはしたいところです。
よく「1周して飽きました」と言う人がいます。
飽きる気持ちは分かります。僕だって、同じものを何度もやれば飽きます。でも、「飽きた」と「身に付いた」は別です。
- 1周したから、内容を知っている
- 一度問題を解いたから、もう分かっている
- 最後のページまで進んだから、この本は終わった
そう思っていても、もう一度やったら解けない、単語を見ても意味が出てこないのであれば、まだ身に付いたとは言えません。
「本当に身に付いたという自覚がありますか」と、自分に問うた方がいいと思います。
実際に伸びる人は、周りから「もうそんなにやらなくてもいいのでは」と思われるほど、同じ教材に取り組んでいます。本がぼろぼろになっていたり、「この人はいつまでこの本をやっているんだろう」と思われるほど繰り返していたりする。
時にはやり過ぎの場合もありますが、それくらい一つの教材を使っている人は強いです。
教材を一度終えたという事実ではなく、その教材を使って、以前できなかった何ができるようになったのかを見る必要があります。
教材は、できれば書店で選ぶ

では、教材はどのように選べばいいのでしょうか。
可能であれば、書店で現物を見て選ぶことをおすすめします。近くに大きな書店がない方には難しいかもしれませんが、実物を見ることで分かることは多いです。
服や靴も、ネットで見たときは「これがいい」と思ったのに、実際に店で見たら「何か違う」と感じることがありますよね。本にも同じことがあります。
実際に手に取り、ぱらぱらとめくってみて、「なんとなく惹かれるな」と思ったものを選ぶ。 最後は、そういう直感も大切だと思います。
僕は個人的に、「はじめに」を読みます。「おわりに」があれば、そこも読みます。
著者がこの本にどれくらい力を入れているのか、この本を通して学習者に何を伝えたいのかは、そういうところに表れやすいからです。
もちろん、中身の本当の良し悪しは、実際に問題を解いたり、しばらく使ったりしなければ分からない部分もあります。それでも、解説の書き方、紙面の見やすさ、音声の使いやすさなどを確認し、「これなら手元に置いて続けられそうだ」と感じるものを選ぶのがよいでしょう。
期間か周回数を先に決める
教材を選んだ後、いつまで続け、いつ次の教材へ移ればよいのか。判断の仕方は、大きく分けて二つあります。
1.期間で決める
例えば、「この本は3カ月やる」と最初に決めます。3カ月の間にできるだけ取り組み、期間が終わったら次の本へ移る。3カ月後にやりたい教材があるなら、「これが終わったら、次はあれをやる」と決めておいても構いません。
次の教材を楽しみにすることが、今の教材を終える力になることもあります。
2.周回数で決める
例えば400問の問題集なら、まず1周解く。解説を確認し、分からなかった問題をもう一度解いて2周目、さらに3周目まで終えたら次へ進む。このように、最初から終了条件を決めておきます。
1冊だけを永遠に続ける必要はありません。重要なのは、気分によって次々に教材を替えるのではなく、どこまでやったら終わりにするのかを自分で決めることです。
合わない教材はやめてもいい
一方で、選んだ教材がどうしても自分に合わない場合は、無理に続ける必要はありません。
僕は、合わないと思ったらやめてしまうタイプです。
ドラマを見始めても、全8話、9話のうち2話くらいまで見て、「あれ?」と思ったらやめます。面白くないと感じながら頑張って見続けても、時間がもったいないからです。
教材も同じです。「これは続けられないな」と思ったら、やめてもいいと思います。嫌な気持ちを抱えながら勉強しても、身に付きません。
ただし、どの教材を使っても続かないのであれば、話は別です。
どの本を開いてもつまらない。どの方法を試しても続かない。その場合、新しい教材を探す前に、「自分は何のために英語を勉強しているのか」に戻る必要があります。
目標があるなら、そこから必要な学習を細かく分けていかなければなりません。
- なぜ英語を勉強しているのか
- どのスコアを目指しているのか
- いつまでに必要なのか
- 英語を使って何をしたいのか
そこが明確でなければ、目の前の教材を続ける理由も弱くなります。
目標がないのに、無理に勉強する必要はありません。英語よりも気持ちが向くことがあるなら、そちらに時間を使うという選択もあります。
ただ、「英語で達成したい目標がある」のであれば、その目標から逆算し、必要な学習に向き合うしかありません。
今日から教材を3冊に絞る
教材を増やし過ぎている人に、今日から一つだけ行動を変えてもらうとしたら、僕は手持ちの教材を3冊に絞ることを勧めます。
新しい本を買うのは、少し待ってください。
教材のコレクションがたくさんあるなら、その中からお気に入りを三つ選びます。
- 単語から1冊
- リスニングから1冊
- リーディングから1冊
各分野から1冊ずつ、合計3冊です。
人によって勉強に使える時間は違うので、全員が同じ分量をこなす必要はありません。ただし、まずはその3冊で3カ月、または3周取り組んでみてください。
3カ月でも3周でも、どちらでも構いません。自分なりに「この教材から得られるものは得た」「極めた」と思えるところまでやる。
そこまでできれば、次の教材にも自信を持って進めるようになるはずです。
教材を3冊に絞る目的は、教材を減らすことそのものではありません。「今日は何をやろう」と迷う時間を減らし、実際に手を動かす時間を増やすことです。
新しい教材を探す代わりに、今持っている1冊を開いてください。
買った教材ではなく、使った教材が英語力を伸ばす
ベストセラーを買えば、英語力が伸びるわけではありません。
ただし、ベストセラーを選ぶことが間違いなのでもありません。どの教材を買ったとしても、最後に必要になることは同じです。
- 問題を解く
- 解説を読む
- 単語を覚える
- 音声を聞く
- 何度も繰り返す
どの本でもいいので、1冊をしっかりやり切る。 やり切れば、英語力やスコアは伸びます。
英語力を伸ばすのは、買った教材ではありません。
実際に使った教材が、英語力を伸ばすんです。
取材・構成:山本高裕(ENGLISH JOURNAL編集部)
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