翻訳家の柴田元幸さんが、英米現代・古典に登場する印象的な「一句」をピックアップ。今回取り上げるのは、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』です。過酷な運命を呪う人間すべての嘆きとは?
Cursed, cursed creator! Why did I live?
「フランケンシュタイン」と聞いてほとんどの人が思い浮かべるのは、ボリス・カーロフの名演によって、われわれの集合無意識に永遠に埋め込まれた、あの怪物の姿だろう。怪物を造った博士の顔を思い浮かべる人はそう多くないにちがいない。
だが厳密には、Frankensteinとはヴィクター・フランケンシュタイン博士を指すのであって、怪物はFrankenstein’s monster(またはthe Frankenstein monster)である。小説のサブタイトル“the Modern Prometheus”(現代のプロメテウス)も、ギリシャ神話で人間を創造したとされるプロメテウスと、新たに人間を創造した博士とを重ね合わせている。
だがそういう混乱が生じるのも、納得できる話である。よく言われるように、博士と怪物は人間の二つの側面を体現しているが(世界を能動的に作っていく存在としての人間を博士は体現し、あらかじめ固有の肉体と精神を与えられた限界ある存在としての人間を怪物は体現する)、読者や観客の共感がどちらに向かうかといえば、これはもう、圧倒的に怪物にだからである。
フランケンシュタイン博士は、怪物を創造したまではいいが、出来上がった途端その醜さを憎み、怪物の気持ちなど少しも思いやらないし、ほかの人間に共感する力もさして見てとれない。一方、怪物は、自らは孤独に苛さいなまれながらも、他人が苦しんでいれば常に助けようとする。彼が復讐の鬼と化すのはあくまで、伴侶を作ってほしいという要請をフランケンシュタイン博士が冷たく拒み、彼に対し憎しみと嫌悪しか示さないからである。
映画でもモンスターはバイオリンの音色に深く感動する感受性の持ち主だが、加えて原作では、努力して読み書きを学んで、『若きヴェルターの悩み』に感動し、『失楽園』を読んでアダムやサタンの運命と自らのそれを重ね合わせる(アダムに伴侶イヴがいることをうらやみ、サタンの崇高な孤独に共感する)。要するに、フランケンシュタイン・モンスターの方がドクター・フランケンシュタインよりはるかに人間的なのである。
今回引用した「呪わしい、呪わしい創造主よ!なぜ私は生きたのか?」という怪物の嘆きは、怪物と博士の関係を人間と神の関係になぞらえていて、過酷な運命を呪う人間すべての嘆きに通じる。
ちなみに怪物はベジタリアンでもある。
I do not destroy the lamb and the kid, to glut my appetite; acorns and berries afford me sufficient nourishment.
私は己の食欲を満たすために仔羊や仔山羊を殺したりはしない。ドングリやベリーから十分栄養を得られる
と、怪物は博士に訴える。博士はまったく気付いていないが、彼が創造した生物は、おぞましい破壊的な怪物などではなく、生き物にも優しい善良な存在だったのだ。
※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2020年11号に掲載した記事を再編集したものです。
【トーキングマラソン】話したいなら、話すトレーニング。
語学一筋55年 アルクのキクタン英会話をベースに開発
- スマホ相手に恥ずかしさゼロの英会話
- 制限時間は6秒!瞬間発話力が鍛えられる!
- 英会話教室の【20倍】の発話量で学べる!
SERIES連載
思わず笑っちゃうような英会話フレーズを、気取らず、ぬるく楽しくお届けする連載。講師は藤代あゆみさん。国際唎酒師として日本酒の魅力を広めたり、日本の漫画の海外への翻訳出版に携わったり。シンガポールでの勤務経験もある国際派の藤代さんと学びましょう!
現役の高校英語教師で、書籍『子どもに聞かれて困らない 英文法のキソ』の著者、大竹保幹さんが、「英文法が苦手!」という方を、英語が楽しくてしょうがなくなるパラダイスに案内します。
英語学習を1000時間も続けるのは大変!でも工夫をすれば無理だと思っていたことも楽しみに変わります。そのための秘訣を、「1000時間ヒアリングマラソン」の主任コーチ、松岡昇さんに教えていただきます。