彼の手が彼女の手をとらえ/スティーヴ・エリクソン【英米小説翻訳講座】

英米小説翻訳講座

翻訳家の柴田元幸さんが、毎回一人、英米現代・古典の重要作家を選び、その小説の翻訳術を紹介します。まずは作家の特徴がよくわかる文章と、柴田翻訳の妙技をご堪能ください。

紹介する作家:スティーヴ・エリクソン

Steve Erickson

1950 年アメリカ、カリフォルニア州生まれ。1985 年『彷徨う日々』でデビュー。非現実的な物語設定や歴史を再構築する作風で「幻視の作家」とも呼ばれ、熱狂的なファンを持つ。近著に『ゼロヴィル』『きみを夢みて』など。

『Shadowbahn』

Drawing closer to view, the constructions of steel and tubing rise from the ground against the azurescape of the sky not as if placed there but rather as the Badlands’ two most enormous buttes, shadow stalagmites of the most possessed geography of a possessed country: skywardly launched tombstones of a lakota mass grave. What once surrounded the Towers is gone. The customs office that stood at Vesey and West, the small bank once at Liberty and Church, the Marriott, and the underground mall where, on that doomsday twenty years ago, a funnel of fire flashed down ninety floors of elevator chutes before exploding into the concourse and sending thousands of morning pedestrians fleeing in panic past the boutiques and eyeglass vendors, newsstands and ATMs, the bookstore at one corner and the music shop with the flower stall behind it at the other corner across from the South Tower, past the entrances to the uptown Manhattan subway and trains to the river’s Jersey side. When the sprinkler system burst, a small tidal wave swept everyone along. On that day, the people at the Towers’ bottom had a more immediate sense of what was happening than those at the top where it happened. But on this day here in the Badlands, all that’s left is the Towers themselves and the wind that has gusted through, and the granite and dirt at their massive forty-thousand-square-foot bases now piled in some places as high as the structures’ third level, like hardened black wax holding two candles erect.

(Shadowbahn, Chapter 1, “Shenandoah”)

近寄ってみると、紺碧(こんぺき)の青空を背景に地面から立ち上がった鋼とパイプの建造物は、そこに置かれたというより、ここサウスダコタのバッドランズ最大の孤ビュート立丘二つという風に見える。取り憑かれた国の中でも最高に取り憑かれた地形に広がる影の石せき筍じゅん。ラコタ族の共同墓所に並ぶ、空に突き上げられた墓石二つ。かつてタワーを囲んでいたものたちはなくなっている。ヴィージーとウェストの角に建っていた税関、リバティとチャーチの角にかつてあった小さな銀行、マリオット、地下モール、何もない。20 年前の滅亡の日、炎が漏斗(じょうご)のように90 階分のエレベータ・シュートを一瞬にして落ち、爆発してコンコースに入り、パニックに陥った朝の通勤客数千人が、ブティック、眼鏡店、新聞スタンド、ATM、一方の角にあった書店、南タワーに通じる反対の角にあったCDショップとそのうしろの花屋等々の前を走り、アップタウン行きの地下鉄と川向こうのジャージーに行く列車への入口の前を走っていった。スプリンクラー機構が破裂すると、小型の大津波に全員が流された。あの日には、いま何が起きているのか、タワーの下にいた人たちの方が、まさにそれが起きた上にいた人たちよりもじかに摑(つか)めていた。だが今日このバッドランズでは、残っているのはツインタワー自体と、そこを吹き抜けていった風と、御影石と土から成る山だけだ。4000 平米近い土台に、いまその山は高く積もり、場所によっては建物の3 階の高さに達していて、あたかも黒く固まった蠟が2 本の蠟燭をまっすぐ支えているように見える。

(『シャドウバーン』第1 章「シェナンドー」)

悪夢的大統領の政権下、社会の分断が進むなか、大きなひとつの「アメリカ」を捉えようとする営みはますますの時代錯誤に思えるかもしれない。スティーヴ・エリクソンは1985 年にデビューして以来まさにその時代錯誤を一貫して続けてきた。といってもエリクソンは、国民が一体となってひとつの大いなる共同体を作っている、ありもしない擬似現実を描くのではない。ウィリアム・フォークナーばりの烈しい情念と、フィリップ・K・ディックにも通じる現実と虚構が自在に行き来するSF 的着想とが合体した想像力を駆使して、アメリカ全体に通底している精神の闇に降り立ち、光ではなく影、昼ではなく夜を成している「もうひとつのアメリカ」をエリクソンは幻視する。2001 年にニューヨークで崩壊したはずのツインタワーが20 年後に突如サウスダコタのバッドランズに出現した風景から始まる最新作Shadowbahn(2017)でも、その途方もない想像力は健在である。

壮大なスケールで描かれた作品世界にあって、個人などは取るに足らないちっぽけな存在でしかないだろうか。これが、そうではないのがエリクソンの素敵なところである。個人同士のきわめて個人的な行為(たとえばセックス)が、エリクソンにあっては世界全体を反転させるほどの意味と力をしばしば持つ。だからたとえば、次のような一節を訳すときも、我々は翻訳の定石を無視せざるをえない―

Saw first her face as though it was just floating down there under the water; but it wasn’t floating, he could see her coming toward him. And just as she came up to him from out of the river, he leaned over and reached his arms to her; from out of the water she shot up. His hands caught hers and pulled her the rest of the way. He almost stumbled as he pulled her into his arms.

(Tours of the Black Clock, 87)

まず見えたのは顔だった。それはただ水中をぼんやり漂っているように見えた。だが漂っているのではなかった。彼女が自分の方に進んできていることがじきにわかった。そして、まさに彼女が彼に向かって水上に浮上した瞬間、彼は身をかがめ、両腕をさしのべた。水の中から、彼女がさっと飛び上がった。彼の手が彼女の手をとらえ、そのままその体を引き上げた。両腕に彼女を引き寄せながら、彼はあやうく転んでしまうところだった。
(『黒い時計の旅』87)

翻訳の教師ならみな、こんなふうに「彼」「彼女」を連発するのはやめましょう、と真っ先に教えるだろう。日本語では名前を使う方が自然です、とか、「男/女」「少年/少女」などの言い換えを活用しましょう、云々。だがエリクソンの場合、一組の男女の行為が、少なくとも潜在的には、世界の様相を一変させてしまう可能性を秘めている。だから一人の男と一人の女の話では済まない。固有名を使うと、それが二人の話に限定されてしまうから避けたい。「男/女」という言い方は、なんだか大人のお洒落な恋愛小説みたいで、エリクソンの小説からこれほど遠いものはない。……というわけで、ここは「彼/彼女」で行くしかないと僕は思うのですが、皆さんはどうでしょうか。

柴田元幸さんの本

ぼくは翻訳についてこう考えています -柴田元幸の意見100-

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【音声DL有】新装版 柴田元幸ハイブ・リット

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文:柴田元幸

1954(昭和29)年、東京生まれ。米文学者、東京大学名誉教授、翻訳家。ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザー、レベッカ・ブラウン、ブライアン・エヴンソンなどアメリカ現代作家を精力的に翻訳。2005 年にはアメリカ文学の論文集『アメリカン・ナルシス』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞を、2010年には翻訳『メイスン&ディクスン(上)(下)』(トマス・ピンチョン著、新潮社)で日本翻訳文化賞を、また2017年には早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。文芸誌「MONKEY」(スイッチ・パブリッシング)の責任編集も務める。

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2019年2月号に掲載された記事を再編集したものです。

出典:Steve Erickson, Shadowbahn (Blue Rider Press)――, Tours of the Black Clock (Avon)