独特な思考回路の少年が主人公の英国ミステリー“The London Eye Mystery”【越前敏弥】

文芸翻訳家の越前敏弥さんが、毎回1冊、英語で読めるおすすめの本を紹介する連載「推し海外小説」。今回は、イギリスが舞台の子ども向けミステリーながら大人も楽しめる、シヴォーン・ダウドの“The London Eye Mystery”です。

とびきり面白い海外フィクションを紹介

今月から毎月1冊、海外のフィクション作品を紹介していく。選ぶ条件は2つ。英語があまり難解ではないことと、内容がとびきり面白いことだ。

ミステリーなどのエンターテインメント作品が多くなるけれど、純文学やヤングアダルト作品なども紹介する。

原書を最後まで読みきった経験が 少ない 人などは、この機会にぜひ手に取ってもらいたい。すでに訳書が出ている場合は、前後にそちらを読んでも構わない。

12歳の少年が謎を解く“The London Eye Mystery”

今回紹介する “The London Eye Mystery” は2007年に書かれた作品で、作者のSiobhan Dowd(シヴォーン・ダウド)は残念ながらすでに他界している。また、この作品の日本語訳はまだ出ていない。

今では街のシンボルの一つとなった大観覧車ロンドン・アイが完成してしばらくの頃に子ども向けに書かれたミステリーだが、大人が読んでも抜群に面白いので、最初に紹介しようと決めた次第だ。

主人公のTedは12歳の少年。この話の語り手でもある。

Tedの脳の働き方は普通の人とは少し違う。遠回しな言い方や身ぶりから人の気持ちを読むのは苦手だが、難しいことを考え続けるのは得意で、特に気象学の知識は専門家並みだ(本文中にはっきり書かれてはいないが、一種の発達障害だろう)。

勝気な姉のKatがTedにきつく当たることもたまにあるけれど、おおむね家族はTedを温かく見守っている。

ある日、マンチェスターに住むいとこのSalimが訪ねてきて、姉弟と一緒に市内観光へ出掛け、ロンドン・アイに1人で乗り込む。TedとKatはそのカプセルをずっと目で追ったが、30分後にドアが開いたとき、降りてくる客の中にSalimの姿はなかった。

閉ざされた観覧車のカプセルから、Salimはいったいどうやって、どこへ消えたのか。TedとKatは 協力 し合って、Salimの行方を追い、やがてTedは独特の素直な視点から見事に謎を解き明かす。

ミステリーであり成長物語でもある

ミステリーとしては、失踪の謎解きはかなりシンプルで、通常の大人向けミステリーよりも簡潔だが、十分な意外性がある。

ただ、それよりむしろ、Tedが曇りのない目で事件に向き合い、それを解決していく過程がなんともすがすがしく、また独特の論理 展開 の面白さがある。

例えば、事件の謎を考えるに当たって、Tedは初期の段階で9通りの 可能性 を提示し、それを一つ一つ、筋道立てて消去していって、最後に真相にたどり着く。人間観察の視点もストレートで、そのキャラクターがそのまま謎解きに反映されるのが心地よい。

KatとTedの姉弟をはじめとした子どもたちの成長物語としても、とてもよくできている。

主人公の独特な一人称の語り

Tedの独特の語りがどんな感じかを知ってもらうために、最初の方(Chapter 2)にある1段落を紹介しよう。

The morning Aunt Gloria’s letter came was the same as any other . I heard the post drop as usual on the doormat. I was on Shreddie number three, and the radio weather forecast was saying it was set fair but with a risk of showers in the southeast. Kat was eating toast standing up, wriggling. It wasn’t that she had fleas, although that’s what it looked like. She was listening to her weirdo music on the headphones. Which meant she wouldn’t hear the weather and wouldn’t wear a raincoat or bring her umbrella to school. Which meant that she would get wet and I wouldn’t and this was good.
グロリアおばさんからの手紙が届いたのは、いつもと同じような朝だった。ふだんどおり、ドアマットに郵便物が落ちる音が聞こえた。ちょうどぼくが3個目のシュレッディーを食べていたときで、ラジオの天気予報では、空模様は落ち着いているけれど、南西部では激しい雨が降る恐れがあると言っていた。カットは立ったままトーストを食べ、なんだかそわそわしている。ノミがいるわけじゃないだろうけど、そんなふうに見えた。ヘッドフォンで変てこな曲を聴いているんだ。天気予報は耳にはいっていないから、レインコートも傘もなしで学校へ向かうだろう。だから、カットは濡れることになるけど、ぼくは濡れない。それはいいことだ。
Aunt GloriaはSalimの母親で、Shreddie(s)はシリアルの一種だ。

Shreddieの個数を細かく数えたり、姉の様子をノミに悩まされるさまに例えたりといった独特の観察眼が、やがて不思議な失踪事件の謎を解明するのに大いに役立つ。

最後の Which meantが2つ続くあたりの言い回しがあまりにもストレートで、たくまざるユーモアに思わず笑ってしまう。

page turnerなのでぜひ原書に挑戦を

この作品は作者のダウドの第2作に当たるが、ダウドはこれを発表した2カ月後、乳がんで死去してしまった。まだ47歳の若さだった。

その後、未発表だった2作、 “Bog Child”“Solace of the Road” (邦訳 『ボグ・チャイルド』 『サラスの旅』 、ともにゴブリン書房)が刊行されて評判になった。さらに、構想だけが遺されていた “A Monster Calls” (邦訳 『怪物はささやく』 、あすなろ書房)という作品をパトリック・ネスという別の作家が書き上げた。

『ボグ・チャイルド』と『怪物はささやく』は、イギリス児童文学の最も権威ある賞の一つ、カーネギー賞を受賞し、『怪物はささやく』は2016年に映画化された。

ダウドがもっと長く生きていれば、優れた作品を次々に世に出していたに違いなく、その早過ぎる逝去が残念でならない。

“The London Eye Mystery”は、謎解きや人間観察の面白さでページをめくる手が止まらない作品(page turner)であり、長さもちょうどよい(仮に日本語に訳せば文庫で200ページ余りだろう)。英語もあまり難しくないので(気象学の専門用語などはかなり出てくるが、Ted自身がわかりやすく解説してくれる)、原書を読みきった経験が 少ない 人も、ぜひ気軽に手に取ってもらいたい。

The London Eye Mystery
  • 作者: Dowd, Siobhan
  • 発売日: 2016/09/01
  • メディア: ペーパーバック
 

文:越前敏弥(えちぜん としや)
文芸翻訳家。1961年生まれ。訳書『オリジン』『ダ・ヴィンチ・コード』『おやすみの歌が消えて』『大統領失踪』『世界文学大図鑑』『解錠師』『Yの悲劇』など。著書『翻訳百景』『文芸翻訳教室』『この英語、訳せない!』『日本人なら必ず誤訳する英文・決定版』など。Twitter: @t_echizen

編集:ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部

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