“Curiouser and curiouser!”【英米文学この一句】

翻訳家の柴田元幸さんが、英米現代・古典に登場する印象的な「一句」をピックアップ。その真意や背景、日本語訳、関連作品などに思いを巡らせます。シンプルな一言から広がる文学の世界をお楽しみください。

Curiouser and curiouser!

?Lewis Carroll, Alice’s Adventures in Wonderland (1865)

Alice’s Adventures in Wonder land (『不思議の国のアリス』)と Through the Looking-Glass(『鏡の国のアリ ス』)。ルイス・キャロルのアリス本 2 冊は有名引用句の宝庫だ。
“And what is the use of a book,” thought Alice, “without pictures or conversations?”

「絵もない、人もし ゃべらない本なんて、なんになるのよ?」とアリスはおもいました。

Do cats eat bats? ... Do bats eat cats?

ネコはコウ モリを食べるか?としたら音の面白さは消えてしまう・・・ネコはタコを食べるか?ならちょっといいか? 

Everything’s got a moral, if only you can find it.

何にでも教訓があるのだ、見つけられさえすれば。

: やたら 教訓を見つけたがる公爵―講釈?―人の科白

Off with her head!

この子の首を斬っておしまい!

: やたら首を斬りたがる女王の科白

You’re nothing but a pack of cards!

あんたたち、ただのトランプじゃないのよ!

:無茶苦茶ばかり言うキングやクイーンたちに、アリスがついにキレたときの科白

『鏡の国』では:
The rule is, jam to -morrow and jam yesterday?but never jam to -day.

決まりは、明日はジャム、昨日はジャム―でも日のジャムはなし。

It’s my own invention.

わし自らの発明じゃ。

:何でも自分の発明と言いたがる老騎士の科白。シンプルだが 個人的には好き

―だが、2冊のアリス本のなかで、一番頻繁に人々の口にのぼるフレーズと言うと、やっ ぱりこの、『不思議の国』第 2章冒頭 で、自分が小さくなったり大きくなったりするのにたまげているアリスの科白ではないか。
“Curiouser and curiouser!” cried Alice (she was so much surprised, that for the moment she quite forgot how to speak good English).

「どんどん変よ!」とアリスはさけびました。(あんまりびっくりしたものだから、ちゃん とした英語をしばしわすれてしまったのです)

形容詞や副詞の比較級を作る際、短ければ(一音節 なら間違いなく)-erをつけ、長ければ(三音節なら間 違いなく)moreを添える、というのがルールであり、二音節だと場合によるが、curiousのように「長め」の 感じがする二音節ならmore curiousの方がずっと自然。そういう決まり事に反しただけで、何とも印象的になるから不思議である。ここでアリスが ‘More and more curious!’ と言ったら全然面白くないですよね。

永遠の浮浪児ハックルベリー・フィンが冴えない中年 男になった、現代作家ロバート・クーヴァーによるパロ ディHuck Out West(『ハック西部に行く』)の中のハックもこういうアリス的表現をときどき使う。

Folks was turning testy and old Zeb was nerviouser’n I never seen him.

みんなイライラしてきて、ゼブはいつになく不安げだった。

―「正しく」書けば
Folks were turning testy and old Zeb was more nervous than I had ever seen him to be .
nervouserではなくnerviouserになっているあたり、なかなか芸が細かい―あたかも中年 ハックがアリスの超有名発言に引っぱられたみたいに。

柴田元幸さんの本

ぼくは翻訳についてこう考えています -柴田元幸の意見100-
文:柴田元幸

1954(昭和29)年、東京生まれ。米文学者、東京大学名誉教授、翻訳家。ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザー、レベッカ・ブラウン、ブライアン・エヴンソンなどアメリカ現代作家を精力的に翻訳。2005 年にはアメリカ文学の論文集『アメリカン・ナルシス』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞を、2010年には翻訳『メイスン&ディクスン(上)(下)』(トマス・ピンチョン著、新潮社)で日本翻訳文化賞を、また2017年には早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。文芸誌「MONKEY」(スイッチ・パブリッシング)の責任編集も務める。

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2019年9月号に掲載された記事を再編集したものです。

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