正しさの無内容、間違いの雄弁/フラナリー・オコナー【英米小説翻訳講座】

英米小説翻訳講座

翻訳家の柴田元幸さんが、毎回一人、英米現代・古典の重要作家を選び、その小説の翻訳術を紹介します。まずは作家の特徴がよくわかる文章と、柴田翻訳の妙技をご堪能ください。

紹介する作家:フラナリー・オコナー

Flannery O’Connor

1925 年アメリカ、ジョージア州生まれ。フォークナーやカポーティと同じく、「南部ゴシック」と呼ばれる、アメリカ南部の暗部を描く作風の持ち主。代表作は『善人はなかなかいない』、『賢い血』など。1964 年没。

『Wise Blood』

Hazel Motes sat at a forward angle on the green plush train seat, looking one minute at the window as if he might want to jump out of it, and the next down the aisle at the other end of the car. The train was racing through tree tops that fell away at intervals and showed the sun standing, very red, on the edge of the farthest woods. Nearer, the plowed fields curved and faded and the few hogs nosing in the furrows looked like large spotted stones. Mrs. Wally Bee Hitchcock, who was facing Motes in the section, said that she thought the early evening like this was the prettiest time of day and she asked him
if he didn’t think so too. She was a fat woman with pink collars and cuffs and pear-shaped legs that slanted off the train seat and didn’t reach the floor.
(Wise Blood, 1952, Ch. 1)

ヘイゼル・モーツは緑のビロード地の列車の座席に身を乗り出して座り、ある瞬間にはいまにも外へ飛び出しそうに窓を見ているかと思うと、次の瞬間には通路の先、車両の向こう端を見ていた。列車は木々の梢のただなかを疾走しているが、ときおり木が低くなって、ひどく赤い色の太陽が森のいちばん端に載っているのが見えた。近くでは、耕された畑がカーブを描いては消えていき、あぜ溝に鼻をつっこんでいる少数の豚は斑点のある大石みたいに見えた。モーツの向かいに乗りあわせたウォリー・ビー・ヒッチコック夫人は、こういう夕暮れどきって一日でいちばん素敵な時間だと思うわと言い、あなたもそう思わない、とモーツに訊いた。夫人は太った女性で、襟と袖口はピンク、洋梨型の両脚は座席から斜めに降りていて床に届かなかった。
(『賢い血』第1章)

フラナリー・オコナーの作品のどこを探してもハンサムな男性や美しい女性は見つからない。誰もが戯画的に描かれ、容姿も服装もその滑稽さが漫画的に強調されている(ちなみにオコナーは学生時代、大学新聞の常連漫画家だった)。

このヒッチコック夫人をはじめ、そのように戯画化された人物たちは、多くの場合、使い古された言葉を連発する。表現としては正しいけれど、まったく無内容。

こうした戯画化の巧みさだけでもオコナーは読むに値するし、その巧みさを殺さず訳すのがオコナー訳者第一の義務である。だがこれはまだ助走にすぎない。そうした漫画的人物たちのもとに、ときおり、生の意味について異様に深く考えている人間が現れて、彼らの漫画的に安定した世界を揺さぶる。『賢い血』のヘイゼル・モーツしかり、傑作短篇「善人はなかなかいない」の〈はみ出し者〉しかり。「善人は……」は暴力的な展開のなか、使い古された言葉と張りつめた言葉がめまぐるしく―時にはどっちなのかもよくわからないまま―入れ替わって読み手を圧倒する。

紋切り型を連発する祖母をはじめとする旅行中の一家の前に、脱獄した〈はみ出し者〉が現れ、家族を次々に殺す。だがこの人物、殺人鬼であると同時に、キリストの行為をとことん本気で捉えようとする真剣な懐疑者でもある。その懐疑を、彼は間違いだらけの英語で表明する―

『A Good Man Is Hard to Find

“Maybe He didn’t raise the dead,” the old lady mumbled, not knowing what she was saying and feeling so dizzy that she sank down in the ditch with her legs twisted under her.
“I wasn’t there so I can’t say He didn’t,” The Misfit said. “I wisht I had of been there*,” he said, hitting the ground with his fist. “It ain’t right I wasn’t there because if I had of been there I would of known**. Listen lady,” he said in a high voice, “if I had of been there I would of known and I wouldn’t be like I am now.” His voice seemed about to crack and the grandmother’s head cleared for an instant. She saw the man’s face twisted close to her own as if he were going to cry and she murmured, “Why you’re one of my babies. You’re one of my own children!” She reached out and touched him on the shoulder. The Misfit sprang back as if a snake had bitten him and shot her three times through
the chest. Then he put his gun down on the ground and took off his glasses and began to clean them.
(A Good Man Is Hard to Find, 1953)

* 正しくはI wish I had been there
** 正しくはif I had been there I would have known

「〔キリストは〕死人を蘇らせたりしてないんじゃないかしら」と老女は上の空で呟き、ひどく頭がくらくらしたので、膝を折って下に入れ、溝に座り込んだ。

「俺はそこにいなかったから、蘇らせなかったとは言えない」と〈はみ出し者〉は言った。「そこにいられればよかったのに」と彼はげんこつで地面を叩いた。「いられなかったなんてひどい。なあ、おばさん」と彼は高い声で言った。「もし俺がそこにいられたら、ちゃんとわかって、いまこんなふうになっちゃいないんだ」。上ずりかけたその声を聞いて、祖母の頭の曇りが一瞬晴れた。男の歪んだ顔が、いまにも泣きだしそうに自分の顔のすぐ前にあり、彼女は小声で言った

―「まあ、あんたはあたしの赤ちゃんじゃないの。あんたはあたしの子供よ!」。そう言って手をのばし、彼の肩に触れた。〈はみ出し者〉は蛇に嚙まれたみたいに飛びのき、彼女の胸を三度撃った。そして銃を地面に置いて、眼鏡を外して拭きはじめた。

(『善人はなかなかいない』)

“Why you’re one of my babies. You’re one of my own children!” という祖母の言葉は、それまで連発してきた紋切り型の続きなのか、そこからの飛躍なのか、それすら定かでない豊かな曖昧さ。素直に訳せばこの曖昧さはいちおう伝わると思うが(“one of” をどう扱うかは微妙だが)、〈はみ出し者〉の豊かな訥弁の方はどうか。文法的に間違っているからこそ生じる、正しい英語からは出てこない切実さ。オコナーをはじめ、アメリカの作家はこうした雄弁を巧みに操るが、これほど翻訳しづらいものもほかにない。間違いを間違いとして訳すのはほとんどの場合不可能なのだ。

どうやらこの連載、「○○はこう訳せ」というより、「○○は訳せない」が基調になりつつある……。

柴田元幸さんの本

ぼくは翻訳についてこう考えています -柴田元幸の意見100-

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【音声DL有】新装版 柴田元幸ハイブ・リット

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文:柴田元幸

1954(昭和29)年、東京生まれ。米文学者、東京大学名誉教授、翻訳家。ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザー、レベッカ・ブラウン、ブライアン・エヴンソンなどアメリカ現代作家を精力的に翻訳。2005 年にはアメリカ文学の論文集『アメリカン・ナルシス』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞を、2010年には翻訳『メイスン&ディクスン(上)(下)』(トマス・ピンチョン著、新潮社)で日本翻訳文化賞を、また2017年には早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。文芸誌「MONKEY」(スイッチ・パブリッシング)の責任編集も務める。

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2018年2月号に掲載された記事を再編集したものです。

出典:Flannery O’Connor, Wise Blood (FSG)――, A Good Man Is Hard to Find and Other Stories (Mariner Books)