賃貸物件が借りられない!?ロンドンの住宅クライシス【LONDON STORIES】

「多文化都市」と呼ばれるイギリスの首都ロンドン。この街で20年以上暮らすライターの宮田華子さんによる、日々の雑感や発見をリアルに語る連載「LONDON STORIES」。日本とイギリスでは、不動産の事情も大きく違います。今回は、いまだ、と引っ越しを決心した宮田さんの、その経緯と事情のお話です。

決まったお引っ越し

この原稿を書いているのは8月中旬なのだが、実は来週、わが家は引っ越しを控えている。7年暮らした南西ロンドンから、諸事情あって南ロンドンに引っ越すことになった。諸事情は話せば長いが、主に住宅ローンの組み換えのタイミングと、一部出勤再開となった夫の通勤事情(電車のダイヤ変更)が理由である。半年以上熟考した末、「今住み替えした方がいい」と判断した。

本連載で何度か書いているが、住宅の値段が基本的には下がらず(ジグザグはあるが)、上昇していくイギリスでは、不動産が「個人資産の要」である。就職してローンが組めるようになるとまず小さなflat(フラット、アパート)を買い、そこから買い替え&住み替えを繰り返す。これを「property ladder(プロパティー・ラダー、不動産のはしご)」と呼び、イギリスの個人資産運用の基本である。

今回の引っ越しに際し、本当は今住んでいるわが家(ベッドルーム2室のフラット)を売却し、身軽になって次の家に移りたかった。しかしコロナ禍が続く現在、ベランダのないわが家は販売物件としては人気がない。

イギリスがwithコロナになって数カ月たち、人々はコロナのことを忘れたように過ごしているものの、ロックダウンの記憶は鮮明だ。家からほとんど出られずに過ごした時期、庭またはベランダがあるかないかは大きな違いだった。不動産屋からも「お宅の場合、売却は少し待った方がいいですよ」「もう少したてば『駅近物件』として人気になると思いますが・・・」「今は絶対に時期ではありません」と散々アドバイスされた。

しかし不動産屋は次に不思議なことを言った。「フラットを貸すのであれば、今こそベストタイミングです」「賃貸広告を出して2週間もしないうちにテナント(賃借人)が決まりますよ」と。

なるほど。この半年、毎週のように近隣の不動産会社から「あなたの家を賃貸しませんか?」「賃貸住宅が不足しています」という手紙が続々と届いていたのだが、その理由を自分が引っ越すことになって理解できた。

イギリスの賃貸物件のほとんどは、investor(投資家)と呼ばれる個人が所有する物件だ。大手建設会社や経営者が建設から賃貸まで全て管理している場合もあるが、ほとんどは1戸ずつ投資家が購入し、不動産屋経由で個人に貸している。イギリスの場合、個人資産の要としての不動産は、自分が居住する家だけでなく投資として賃貸目的で購入する物件も含まれる。ただし居住用物件と投資用物件では購入に伴う税制も法律も異なり、居住用物件の方が優遇されている。

しかしイギリスでは月々の利息だけを支払うローンも一般的なので、頭金さえあれば投資用物件を購入できる。この場合ローン残高は減らないし、賃貸するには何かと費用がかかるので賃料ではほぼもうからないが、不動産価値が将来上がることでキャピタルゲイン(保有資産を売却することによって得られる売買差益)を見込めるのだ。

副業の一環として不動産投資を行っている人は本当に多く、私の周りにも投資用物件を1軒所有している人は何人もおり、中にはまだ30代なのに6軒!も持っているというツワモノもいる。

LETは「貸します」「入居募集」の意味。この看板を出すのは不動産屋の仕事。

賃貸物件枯渇の理由@ロンドン

長々とイギリスの不動産システムについて書いたが、ではなぜ今、特にロンドンで賃貸物件が枯渇しているのかというと、理由は主に三つある。

一つ目は不動産価格が高くなり過ぎたため、プロパティー・ラダーの1軒目が購入できず、賃借人人口が増えていること。二つ目はwithコロナの影響。コロナ禍での在宅勤務に伴い、多くの人が郊外に転居した。しかし通勤再開したことでまたロンドンに人が戻り始め、急きょ物件需要が高まったこと。三つ目は(また専門的内容で恐縮だが)、不動産に対する税制が改定され、投資物件の利息を「経費扱い」にできる率が下がったことだ。毎月支払う利息を経費扱いできないと、賃貸利益がほとんどないのにさらに税金が高くなる。4月に金利が上がったことも手伝い、資金力がさほどない個人が賃貸用不動産に投資するうまみがなくなったのだ。

この三つが合わさり、賃貸物件が減少。現在賃貸物件に関しては「貸し手市場」となっている。

かく言うわが家も、まだ引っ越しもしていないというのに既に借り手が決まっている。計4社の不動産屋が下見に来たが、全社が「わが社で扱いたい」と言ってくれた。正直、人生でこんなにモテたのは初めてだ(笑)。内覧をするとあっという間にオファーが入り、引っ越しから2週間後には新住人が入居する。

今の家は築70年の集合住宅だが、メンテナンスが本当に大変だった。つい最近もガス管を総交換したばかりだ。引っ越し先の家は築100年以上の古民家(といってもイギリスで100年超は普通である)。さらに大変に決まっている。それに加え、今の家を貸す、つまり「大家」となるため、望んでいなかった副業も始めることになってしまった。

家に翻弄される日々はまだまだ続きそうだ。2軒の家の面倒を上手に見られる自信はないが、せめて借りてくださる方が心地よく暮らせるよう、良い大家さんになりたいと思う

「大家さんになりませんか?」の手紙。近所の不動産屋から毎週のように届く。

写真:宮田華子、トップイラスト:EEDESIGN MEDIA LLC/Adobe Stock
※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2022年11月号に掲載した記事を再編集したものです。

「LONDON STORIES」コラム一覧

宮田華子さんによる本連載のその他のコラムも、ぜひこちらからご覧ください。

SERIES連載

2024 04
NEW BOOK
おすすめ新刊
英会話は直訳をやめるとうまくいく!
詳しく見る
メルマガ登録