メディアは自分を映す「鏡」である【言葉とコミュニケーション】

茂木健一郎さんの連載「言葉とコミュニケーション」。第30回は「SNSなどのメディアで発信する英語」についてお話しいただきます。「メディアは『鏡』である」とは、どういう意味でしょうか。

メディアによって変わる英語

イーロン・マスクさんが買収して以来、Twitterが熱い。マスクさんが「がんばって働け」という「踏み絵」を突き付けたのに対して、たくさんの社員が辞めたり、認証アカウントについての方針が二転三転したり、トランプ前大統領のアカウントが復活したりと、さまざまな騒動が続いている。

そのような動きを見ていると、世間の関心の高さの背後に、Twitterが持つメディアとしての影響力があると痛感する。

そして、かつて、カナダ出身のメディア学者、マーシャル・マクルーハンが唱えた「メディアはメッセージである」という命題を思い出す。Twitterの登場によって、私たちのコミュニケーションのやり方は変わった。そして、非常に深いところで、私たちがやりとりする言葉自体も影響を受けているように思う。

私はTwitterのアカウントを日本語と英語とで一つずつ持っている。英語のアカウントでつぶやく英文は、やはり、Twitterというメディアの影響を受けているように思う。例えば、平文では決して使わない「IMO」(in my opinion/私の考えでは)という表現を使ったりする。「lol」(laughing out loud/大笑い)という記法も、書くことはまずないが、しばしば目にする。

Twitterを使っていると、半ば無意識のうちに、固有のメディア属性に適応した英語表現になっていると感じる。私は英文のブログも書いているけれども、Twitterとは全く異なる文体になる。Instagramに英文を書くことはあまりないけれども、こちらはさらに違う気がする。要するに、メディアによって書かれる英文が異なる。これは、案外重大なことだと思う。

私がこのところ学生や周囲の英語に関心を持つ人に勧めているのは、Twitterに英文を書いてみることである。短文なので、それほど時間をかけずに書ける。また、フォロワー数が少ない人でも、潜在的には不特定多数の人に見られる可能性があるということで、単語を並べる時の緊張感と集中度が違うはずである。

私自身、ブログを書いている暇はないなと思うときは、英語でツイートする。それほど時間はかけないけれども、それなりに集中する。Twitterは、パブリックに文章を書くときの最小単位である。英作文を練習したい人には、ぜひ、Twitterを活用することをおすすめしたい。

メディアや文脈で使う英語は変わる

ところで、Twitterのようなソーシャルメディアは、言葉を通して人の人生を変える可能性を秘めている。私自身、Twitterを通して出会った人や、知るに至った情報は多い。英語のツイートでは、世界中の人からコメントをもらったり、友人になったりすることができる。そのようにして外国での仕事につながったり、海外のポッドキャストをやったりすることもある。

イーロン・マスクさんもまた、Twitterで人生を変えられた人である。人工知能関連の掲示板に書かれたオタクな思考実験を巡るジョークを投稿した後で、歌手のグライムスさんが過去に同じネタに触れていることを知る。それがきっかけとなって、マスクさんとグライムスさんはパートナーとなり、子供をもうけた。

その後、価値観の差から二人は別々の道を行く。いずれにせよ、時代の寵児(ちょうじ)同士のロマンスが、Twitterというメディアで生まれ、育ったことは興味深い。まさに、マクルーハンの言うように「メディアはメッセージ」なのだ。

日本人の英語学習の問題は、突き詰めればどのようなメディア、環境を通して言葉が交わされるのかという点にあるように思う。試験のための詰め込みなのか、英語話者との交流のためなのか、それとも自ら世界に発信するためなのか、その媒体、文脈次第で英語の内容は変わっていく。

メディアは自分を映す「鏡」である

日本の英語学習者を見ていてもったいないと思うのは、すぐ横にコミュニケーションの大海が広がっているのに、わざわざコースロープの中で泳いでいるような人が多いということだ。ちょっと工夫すればTwitterやInstagramのようなメディアで世界中の人と英語のコミュニケーションができるのに、それをしない。空気がよどんでいれば、窓を開けて風通しを良くすればいい。

私は中学生のときに初めて海外のペンパルと文通したけれども、あの頃、手紙を送ってから返事が来るのを待つ間が楽しかった。オーストラリア、イギリス、南アフリカ、そしてドイツのペンパルとやりとりをしていた時期があった。

時代が流れて、今や簡単かつ即座に英語のコミュニケーションができる。文脈、状況が異なれば、自分の使う英語も変化してくるのだということを肝に銘じたい。

ひょっとすると、イーロン・マスクさんとグライムスさんのような出会いさえ、あるかもしれない。何よりも、自分自身を知る上で、他者との交流は必要である。メディアはメッセージであると同時に、「鏡」でもある。使う情報環境によって、映る自分の姿の深さも広がりも違う。英語という言語を、独立したものとして考えるのではなく、メディア=メッセージの中でいかに生かすかという視点から考えると道が開けると思う。

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)
茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)

1962年東京生まれ。脳科学者、作家。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学大学院客員教授。東京大学大学院物理学専攻課程を修了、理学博士。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。

写真:山本高裕(ENGLISH JOURNAL 編集部)

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