「刹那的」「はかない」「わびさび」って英語でなんて言う?

普段何気なく使っている日本語。「英語でなんて言えばいいの!?」と頭を抱えているのは、英語学習者の私たちだけではないようです。アメリカで生まれ、日本で暮らし、博多弁を操る言語学者のアンちゃんことアン・クレシーニさんが、「英語に訳しづらい日本語」と、その裏にある文化の違いを考察します。今回は、「刹那的」「はかない」という日本語を取り上げます。

日本人の考えを表した言葉

数年前、哲学と宗教の話が好きな友達と、深い会話をしました。この世のことやあの世のことについて、たくさん話しました。

私はバリヤンキーに見えるかもしれませんが、実はこういった深い会話が死ぬほど大好きです。自分が信じていることはあるけれど、ほかの人の意見を聞くことで、人間として成長できるように感じます。また、日本人の考えを聞けば聞くほど、どんどん日本の心が理解できるような気がします。

長い会話の中で、友達のある発言が私の心に響きました。

「日本人は、あの世よりもこの世を考えるんだ。すごく刹那的(せつなてき)な生き方だよ。」

「刹那的」。初めて知る言葉でしたが、なんて素な響きのある単語なんだろう、と感じました。

その日以来、毎日のように日本人の刹那的な考え方を感じています。桜や蛍、そして、周りの人の考え方――。

今回は、深い意味を持つこの「刹那的」という言葉と、類語の「はかない」という言葉について語っていきたいと思います。

さて、始めましょう!

「刹那的」って英語でなんて言う?

前回取り上げた「縁起」と同じように、「刹那的」も仏教用語で、「瞬間」や「最も短い時間の 単位 」を表す言葉です。

『広辞苑』第7版を調べると、「刹那的」の定義は、こう書いてあります。

1. 時間がきわめて短いさま。

2. 今のことしか考えないさま。

「Weblio和英辞典」 によると、「刹那的」の英訳は transient ephemeral と書いてあります。しかし、英語のネイティブスピーカーであっても、これらの英単語を使った例文をすぐ思い付く人は 少ない と思います。私の旦那さんに聞いても、なかなかよい例文は出てきませんでした。
アンちゃん:ねぇ、ephemeralを使って、文章を作ってみて。

旦那さん:うーん。“Life is ephemeral.”

アンちゃん:つまらん。長くして。

旦那さん:わからん。

やっぱり、例文を作るのは難しいです。
The lunar eclipse is a transient event .

月食は刹那なことだ。

Beauty is ephemeral.

美は刹那的だ。

「はかない」って英語でなんて言う?

日本語の「刹那的」がそうであるように、 transient ephemeral は哲学感が強い英単語で、あまり日常会話では使いません。

日本語の日常会では、類語の「はかない」という言葉の方が、「刹那的」という言葉よりはよく使われているかもしれません。「セミの命ははかないよね」「はかない夢だ」などと耳にすることがあります。

「はかない」は、 fleeting momentary short-lived と訳していいと思います。「一瞬」や「長く続かない」という意味です。

ちょっと文を見てみましょう。

Beauty is fleeting ? it’s what’s on the inside that matters.

美ははかないものだ。大事なのは性格だ。

Fireworks are beautiful because they are over before you know it.

花火は、はかないだからこそ綺麗だ。

気持ちに重点を置くときの「はかない」は、 emptyunfulfilledshort-lived と訳せます。
Happiness is short-lived.

人の幸せは、はかない。

She spent her life chasing an empty dream.

She spent her life chasing an unfulfilled dream.

彼女ははかない夢に人生を賭けた。

Her happiness was short-lived.

彼女の幸せははかないものだった。

こんな言い方もあります。
I finally mustered up the courage to tell him how I felt, but he rejected me. It was an unrequited love.

彼に思い切って告白したけど、断られた。はかない恋だった。

My daughter passed away at the age of 10. She died before she was even able to live.

は10歳で亡くなった。はかない命だった。

物のはかなさは、美と繋がっていると思います。桜や花火ははかないからこそ、美しいのです。けれど、気持ちに重点を置いた「はかない」は、さみしいという意味です。はかない夢、はかない命、はかない恋。切ない感情があふれています。

「刹那的な生き方」はポジティブ?ネガティブ?

ネイティブスピーカーなら誰でもわかる表現に、こんなものがあります。

He lives for the moment.

彼は、刹那的な生き方をしています。

この表現には、ちょっとネガティブなニュアンスが入っています。つまり、「将来を考えない、向こう見ずな生き方」というニュアンスです。とにかく、今を楽しむことしか考えず、今やりたいことをやる。こういった生き方をいいと思っている人もいると思いますが、私のように、否定的な意味でこの言葉を使う人もいます。日本語で言うと、「刹那主義」が近いかもしれません。

「刹那的な生き方」という表現になると、文脈によって解釈が変わりそうですね。「若者が将来を変えずに適当に生きる」といった文脈ならかなりネガティブな意味になりますが、私の友達の発言のように、ポジティブな意味を持つこともあります。

「日本人は、あの世よりもこの世を考えるんだ。すごく刹那的な生き方だよ。」

確かに、死んだ後のことをあまり考えない日本人はたくさんいると思います。日本に密着している神道では、あの世よりも、この世を考えることを中心にします。けれど、神道が教えているのは、決して向こう見ず的な生き方ではなく、命を大事にするからこそ、この世にいる間に1秒たりとも無駄にしないように生きていく、ということだと思います。

基になっている世界観があまりにも違いすぎて、なかなか英語に訳せない日本語がたくさんあります。個人的にいちばん好きで、そしていちばん訳しづらい日本語は、「今を生きる」です。

「今を生きる」日本人

この間、「而今」(じこん)という素敵な単語を初めて聞きました。この単語は、日本人の刹那的な世界観を完璧に表していると思います。つまり、「今を生きる」ということです。

大來尚順氏の『訳せない日本語』 によると、「而今」と言う仏教用語は、「『今の一瞬』を意味し、過去や未来にとらわれることなく、ただ今を精一杯に生きることの大切さを説く言葉」だそうです。

この「今を生きる」という日本語はどのように英語に訳せるのか、ずっと考えていました。直訳は、“Live now.”ですが、自然な英語表現ではありません。「今、早く!生きてよ!」みたいなニュアンスになってしまいます。

“Live for the now.” なら、どうでしょう。「今日のために生きよう」というニュアンスです。

live in the present live for the present も、悪くない英訳です。 present は「現在」という意味ですので、直訳すると「現在を生きる」という意味です。

You need to stop living in the past and start living in the present !

過去のことを忘れて、を生きなければならないよ!

もう一つは、ラテン語の“Carpe diem!”。英語で “Seize the day!” と言います。

でもこれは、映画に出てくるようなバリドラマチックな表現で、日常会話ではあまり使いません。英語を話す人なら意味はわかりますが、私も今までの人生で数回しか言ったことがありません。

「刹那的」「はかない」に表れる日本人の世界観

やはり、ピッタリ当てはまる英語表現はなかなか見つかりません。その理由は、日本人の世界観にあります。

死んだ後にどうなるかは、誰もわかりません。キリスト教の世界観では、「死んだら永遠に神様のそばにいる」という確信がありますが、多くの日本人の宗教観は(日本人は仏教や神道、儒教などさまざまな考え方に 影響 されているので、この言い方がいちばんふさわしいと思います)、「天国に行けたらいいなぁ」とか、「お婆ちゃんに会えたらいいなぁ」といった漠然としたものかと思います。

この宗教観は、日本人の日常生活に大きく 影響 しています。死んだらどうなるかわからない、そして命は刹那的なものだから、1秒たりとも無駄にせず、精一杯今を生きないといけない。命ははかなく、刹那的なものだからこそ、今を生きるのが大事、ということです。

この考えをいちばん感じられるのは、全国の日本人が愛する「桜」です。刹那的といえば、やっぱり桜です。桜が咲くのを待ち望んで、やっと3月末頃、待ちに待った桜が見えます。約1週間、長くても2週間程度しか見られない花です。

でも、これは悲しいことではありません。きっと、「刹那的」や類語の「はかない」という言葉は、「悲しい」とか「弱い」という意味ではないはずです。日本人にとって、消えていくものは美しいことです。このはかなさは、「わびさび」から生まれています。

「わびさび」というのは、悲しい、はかなさ、美しさ、孤独といった概念が一緒になった言葉です。英語でいうと、 beauty in sadness がいちばんふさわしいかな。

桜は一瞬で消えていくけれど、また次の年に花が咲きます。もし桜が1年中咲いていたら、今ほど桜を大事に思うことは絶対にないと思います。刹那的であるからこそ価値があるのです。

Cherry blossoms are beautiful because their beauty is fleeting.

桜は、その美しさがはかないからこそ美しい

日本の宗教観は空気のようなものだと感じます。多くの日本人が、「私は無宗教です」と言いながらも、無意識で神道や仏教などの概念に 影響 されています。日本の宗教は、宗教というよりも生き方です。神道、仏教、儒教。全てが日本の文化、そして日本人の考え方に深く根付いています。わけることはできないし、わけない方がいいでしょう。

「刹那的」、「はかない」、そして「今を生きる」。日本の世界観から生まれてきた表現だからこそ、なかなか英語にはせません。

こういう場合は、英訳を一つに決めて無理矢理説明しようとするより、概念そのものの説明をした方がいいと思います。そうすれば、相手に日本語や日本の文化のことを教えることができると 同時に 、自分も日本語と日本語の文化の美しさを発見することができるかもしれません。

私の世界観は日本人のそれとは違いますが、日本の世界観から見習いたいことは山ほどあります。その中の一つは、「今を生きる」という概念の素晴らしさです。残りの人生、1秒たりとも無駄しないで、意味がある人生を生きていきたいです。

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アン・クレシーニ
アン・クレシーニ

アメリカ生まれ。福岡県宗像市に住み、北九州市立大学で和製英語と外来語について研究している。著書に『アンちゃんの日本が好きすぎてたまらんバイ!』(合同会社リボンシップ)。自身で発見した日本の面白いことを、博多弁と英語でつづるブログ「アンちゃんから見るニッポン」が人気。Facebookページも更新中! 写真:リズ・クレシーニ

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