The Manと呼ばれる女性レスラーから学ぶ3つの英語表現

スポーツで英語!

プロ通訳者の関根マイクさんが、さまざまなスポーツにまつわるストーリーと英語表現をご紹介する連載です。大のスポーツ好きの関根さんの熱い語りで、スポーツの知識も英語も学べ、まさに一挙両得!第6回はトップ女子プロレスラー、ベッキー・リンチ選手に学ぶ英語表現です。

技術だけではトップに立てないプロレスの世界

私はカナダに留学してからずっとプロレス観戦が趣味でした。学生時代はお金がなかったので無料のテレビ放送が中心で、たまに友人と小遣いを出し合ってPPV(ペイパービュー、有料放送)を注文して見ていました。

日本のプロレスと比べて北米のプロレスはエンタメ性が強く、特にWWE(World Wrestling Entertainmentの略、当時はWWF[World Wrestling Federation])というメジャー団体は自社のプロダクトをプロレスではなく「スポーツ・エンターテインメント」と呼んでいました。これは今でも変わっていませんが、本記事では便宜上、プロレスと呼びます。

さて、北米のプロレス団体でトップ選手になるには、プロレス技術がうまいだけでは十分ではありません。観客の感情を動かし、心を揺さぶるようなトーク(promoという)の技術も優れていなければ人気が出ないし、グッズも売れないのです。

レスラーの立ち位置がベビーフェイス(babyface、善玉レスラー)なのか、ヒール(heel、悪玉レスラー)なのかでもトークの仕方は変わります。

トップ女子レスラー、活動休止へ

さる5月11日、WWEのトップ女子レスラーであるベッキー・リンチ選手が妊娠を理由にしばらくリングを離れることを発表しました。人気絶頂の選手がこのような理由で活動休止するのは団体史上初であることから、驚いたファンも多かったのではないでしょうか。

このことを発表している次の動画、0:45あたりから、リンチ選手はキャリア初期から応援してくれたファンに感謝の言葉を述べています。

It was the fans who stood up for me, who had my back.

ファンはいつも私を応援してくれた。いつも味方でいてくれた

「stand up for 人」 と 「have one’s back」 は同じような意味です。前者は文字どおり「誰かのために立ち上がる」という意味で、後者は直訳すると「自分では守りにくい背中(後方)を守る」となります。よって、どちらも「~を応援する、~の味方をする、~を擁護する、~を守る」というような意味です。

ちなみにリンチ選手はアイルランド人なので、なまりも勉強になりますね。

巧みなトークで、ヒールながら人気者に

リンチ選手は2013年にWWEに入団しました。さほど注目されない脇役レスラー時代が何年も続いたのですが、2018年のヒール転向が彼女の人気に火を付けます。

悪玉であるヒールがベビーフェイスの人気を上回ることは通常あまりないのですが、どん底から這い上がり、牙を剥き出しにして戦い続けるリンチ選手にファンはいつしか自分の人生を重ねるようになっていきました。労働者階級の苦しみと戦いを代弁しているように感じたのかもしれません。

そして彼女はpromoが実にうまい。トップ男子レスラーに対して一歩も引きません。長らく団体を牽引(けんいん)してきたジョン・シナ選手にも、面と向かって世代交代の必要性を突き付けます。次の動画の1:50あたりからです。

It’s time for someone new to step up, step in, and fill your shoes.

そろそろ新しい選手が団体の顔になるべきだ。

fill one’s shoesは一般的には「~の後を引き継ぐ」「~の穴を埋める」という意味。動画では長年団体の顔であったシナ選手に、「次はオレの番だ」と言っているのですね。

女性でも「主役になれる」と証明

ちなみにリンチ選手の愛称はThe Man(「漢の中の漢、主役」の意)。女性なのに「なぜManなの?」と思う読者もいるかもしれません。

プロレス界はつい最近まで男性しか主役を務められない世界でした。女子レスラーには「強さ」より「美しさ」や「セクシーさ」が求められた時代が長く続き、WWE最大のイベントであるレッスルマニアでも、女子の試合がメインイベントを飾ることは30年以上なかったのです。

リンチのこの愛称には「主役が男である必要はない」「女性だって強くていい」というメッセージが込められているのですね。

実際、2018年から2019年にかけてリンチ選手の人気はトップ級の男子レスラー以上になり、ついには2019年開催のレッスルマニア35でメインイベント出場を勝ち取ります。

女子でも男子と同じくらい、いや、それ以上に観客を魅了する戦いができる、と証明された一夜になったのでした。業界の歴史を変えた一戦は、こちらでフル視聴できます(リンチ選手の登場は7:00あたりから)。

苦労の末につかんだキャリア

間違いなく歴史にその名を残すレスラーとなったリンチ選手ですが、19歳のときに一度プロレスを辞め、7年間プロレスとは無縁の生活を送っていました。鬱(うつ)に悩まされ、母親にプロレスを否定され、メジャー団体と契約したくてもどうしてよいかわからない日々の連続に疲れたそうです。次の動画の17:00あたりから。

(I didn’t have) anybody to take me under their wing to show me directions …

私の面倒を見て、進むべき道を示してくれる人がいなかった・・・

この面倒というのは、プロレス業界内でのことで、基礎的な衣食住の話ではありません。

欧州や日本(!)のインディー団体で一定の成果を上げていたリンチ選手ですが、目標はあくまでもメジャー団体であるWWE。ただ、まだ若かったリンチ選手にコネなどあるはずがない。プロレス業界でコネを持ち、キャリア的にちゃんとした道を示してくれる人を欲していたのですが、そのような出会いに恵まれず、絶望して一度プロレスを辞めたのでした。

離れていた時期はウェイトレス、パーソナルトレーナー、キャビンアテンダントなどの職を転々としたそうです。夢を諦めずに復帰して本当によかった!

 

プロレスと人気女子レスラーから学ぶ3つの英語表現

最後に、今回取り上げた表現をまとめておきましょう。

stand up for 人/have one's back

「~を応援する、~の味方になる」という意味。どちらも同じような意味ですが、前者は「そばで一緒に戦ってくれる」、後者は「自分では見えない後方に目を付けて敵の攻撃から身を守ってくれる」というイメージです。自分が誰かを応援する場合は I have your back と表現します。

fill one's shoes

「~の後を引き継ぐ、~の穴を埋める、~の代役を務める」という意味。別の人の靴を履くことでその人になるという表現では、Put yourself in my shoes.(私の身になって考えてみてよ)もあります。

takeunder one's wing

「~を庇護(ひご)する、~の面倒をみる、~を守る」という意味が一般的ですが、「弟子を取る」という意味でも使えます。ベッキー・リンチ選手は業界内での立ち回りを教えてくれる師匠やメンターがいなかったため、I didn’t have anybody to take me under their wingと言っていたのですね。

私には通訳技術を教えている学生がいるのですが、これもI take her under my wing.と言えるでしょう。母鳥が自身の大きな翼で子鳥を包み込んで守るイメージですね。

「スポーツと英語!」過去の連載はこちら

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関根さんが本業の通訳について語る連載はこちら

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関根マイク

文・関根マイク(せきねまいく)
フリーランス会議通訳者・翻訳者。関根アンドアソシエーツ代表。カナダの大学在学中から翻訳・通訳を始め、帰国後はフリーランス一本で今に至る。政府間交渉からアンチエイジングまで幅広くカバー。著書に『同時通訳者のここだけの話』『通訳というおしごと』(アルク)。ブログ「翻訳と通訳のあいだ」http://blogger.mikesekine.com/