通訳者 vs 通訳者【通訳の現場から】

通訳者 vs 通訳者【通訳の現場から】

イラスト:Alessandro Bioletti

プロ通訳者の関根マイクさんが現場で出くわした、さまざまな「事件」を基に、通訳という仕事や通訳者の頭の中について語ります。もちろん、英語学習に役立つ通訳の技もご紹介。通訳ブースの中のあれやらこれやら、てんやわんや、ここまで言っちゃいます!

条件が合って面白そうであればどんな案件でも勢いよく食いつく私ですが、基本的には政治経済と法務を中心に活動しています。法務分野でも特に「デポジション(略してデポ、証言録取のこと)」という仕事をすることが多いです。米国の訴訟には、法廷での裁判が始まる前に当事者間で証拠を開示する「ディスカバリー」という手続きがあるのですが、ここで対象事案に関係する証人や専門家が弁護士の質問に答える形で証言を行います。英語が喋れない日本人証人に私のような通訳者が付くのです。

東京でのデポは米国大使館領事部にて実施されるのですが、デポ部屋には通常、2 人の通訳者がいます。デポ手続きでの当事者の発言をすべて訳すリード通訳者(リード)に加えて、リードの訳を確認するチェック通訳者(チェッカー)です。

通常の会議通訳案件などでは、担当通訳者はお互いをサポートしてクライアントのためにベストを尽くし業務に当たるわけですが、デポ通訳が特異なのはリードとチェッカーが必ずしも協力関係にあるわけではない、ということです。部屋にプロの通訳者が2 人もいるのですから、協力すればいいじゃないの、と思う読者もいることでしょう。しかしリードは原告側が手配し、チェッカーは被告側が独自に手配するのが慣習なので、通訳者の関係性も必然的に当事者の関係性を反映してしまうというか、どちらかというと敵対的になってしまうことが多いです。私はリードを担当することが多いのですが、証人の発言の解釈をめぐチェッカーと真っ向から対立して友人(たまたまその日のチェッカーだった)を失ったこともあります。個人的には仕事が終わればラグビーのようにノーサイドであり、仕事は仕事と割り切って真剣にやり合うのが当然と考えていますが、通訳者の中には自分の解釈を否定されるとそれを個人攻撃と見なして感情的になってしまう人も少なくないようです。

メンタル勝負

リードは原告側弁護士、被告側弁護士、証人を含むすべての発言を訳すので、通訳技術はもちろんのこと、かなりの体力と精神力を要します。朝から夕方まで一人で逐次通訳をするのは単純にとても疲れますし、デポ部屋の重苦しい空気の中で働くのはお世辞にも楽だとは言えません。弁護士は自分に有利な証言を引き出したいので、工夫した質問を緩急交えて聞きますし、証人は答えづらい質問に対してはのらりくらりとはぐらかすこともしばしば。これらを正確に訳すだけでも一苦労なのに、油断すればチェッカーが「そこの訳はおかしい」とツッコミを入れてきます。私もデポ通訳を始めてからメンタルが強くなった気がします。

リードと比べるとチェッカーの仕事は楽ですが、こちらもとても重要です。どんなに有能なリードでも数時間たつと集中力の低下から凡ミスが多くなりますし、弁護士は日本語を理解しない場合が多いので、チェッカーが重大なミスをしっかりキャッチしなければなりません。私自身、有能なチェッカーに誤訳を指摘されて助かったことは何度もあります。業務に慣れたベテランでも疲労には勝てませんから仕方ないですね。

そもそもデポ通訳で不思議なのは、手続きのコミュニケーションを文字通り「リード」するリード通訳者には必要最低限の情報しか与えられないことです。本連載では資料と事前準備の重要性を何度も書いてきましたが、法務の現場、特に訴訟関係の現場では資料はあまり提供されません。守秘義務の問題もあるのでしょう。一応、事前に秘密保持合意書に署名をするのですが、そもそも情報を提供しなければ漏洩の心配もない、という論理なのかもしれません。

被告側に付いているチェッカーは証人とリハーサル(デポの予行練習)を行う中で、事案の背景知識、人物関係、技術情報、そして重要な争点などが自然に見えてくるので、手続きの効率性と訳の質を考えた場合、本来はチェッカーこそがリードを務めるべきなのですが、実際のデポ現場ではコミュニケーションの要となるリードが一番情報を持っていないという不思議な現象が起きているのです。このような知識のギャップがあるけれどチェッカーは容赦なくミスを指摘してくるので、リードは精神力が試されます。悲しいことに、通訳技術は高いのに、チェッカーとの人間関係がつらい、または面倒と感じてデポを敬遠する通訳者は意外と多いようです。

「戦略」が必要な通訳

リードとチェッカーが対立するのは、必ずしも証拠として重要な事実をめぐる発言に限りません。チェッカーの中には重箱の隅をつつくようなツッコミをする人もいます。私が経験した例ですと、証人の「まったく知りませんでした」という発言に対して私が “I didn’t know at all.” と訳したところ、チェッカーが「それは違う。“I absolutely didn’t know.”だ」と修正を求めました。まったく本質的な部分ではないし、どちらを取るかは好みの問題なので、このような指摘が続くと嫌がらせのように感じることもあります。1 日ずっと続いたらお互い敵意が剥き出しになることもあり、もう現場の雰囲気は『貞子vs 伽椰子』の世界です。いや、ホントに!

ただ、私もときにはチェッカーを務めることがあるので、「戦略的」にチェックを入れることがあるのは把握しています。例えば、ある弁護士は手続きの早い段階で、小さなミスでもいいのでとりあえず一つ拾ってチェックを入れてくれと私に言います。この弁護士いわく、始まってすぐにチェックを入れるとリードの緊張感が高まり、より慎重かつ正確に訳すようになるというのです。授業中に眠りかけている生徒にわざと声をかけてシャキッとさせる先生のようなイメージでしょうか。あまり必要ない気もしますが(笑)。

戦略といえば、弁護士も意図的に通訳者を崖から蹴落とすことがあります。通訳者仲間から聞いた話なのですが、2 週間続いたあるデポ案件で、手続きの終了間際に被告側弁護士が「このリードの英語は理解しがたく、訳の正確性が疑われる。それゆえ、このデポジション手続き有効性も問われる」と発言したのです。それなら2 週間も耐えずに初日に言えよという話なのですが、このあたりも弁護士の戦略があるのだと思います。手続きの過程で不利な証言が出てしまったので、通訳者の責任にしてすべて無効にしてしまおうという戦略なのかもしれません。巻き込まれる通訳者としてはたまったものではありませんが……。

関根マイクさんの本

同時通訳者のここだけの話

同時通訳者のここだけの話

  • 作者:関根 マイク
  • 出版社/メーカー: アルク
  • 発売日: 2019/02/18
  • メディア: 単行本
 
通訳というおしごと

通訳というおしごと

 

文:関根マイク( せきねまいく)

フリーランス会議通訳者・翻訳者。関根アンドアソシエーツ代表。カナダの大学在学中から翻訳・通訳を始め、帰国後はフリーランス一本で今に至る。政府間交渉からアンチエイジングまで幅広くカバー。著書に『同時通訳者のここだけの話』『通訳というおしごと』(アルク)。ブログ「翻訳と通訳のあいだ」(http://blogger.mikesekine.com/

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2017年8月号に掲載された記事を再編集したもので す。