文芸翻訳家の越前敏弥さんが、毎回1冊、英語で読めるおすすめの本を紹介する連載「推し海外小説」。今回は、ディズニーの大ヒット映画関連のオリジナル小説“ Frozen II: Forest of Shadows”(『小説 アナと雪の女王 影のひそむ森』)です。読みどころや、知っていると英語小説の原書が読みやすくなる「自由間接話法」とは?
『アナ雪』ファン必読のオリジナル小説
今回紹介するのは “Frozen II: Forest of Shadows” という作品だが、日本での訳題を書いた方がはるかにわかりやすいだろう。 『小説 アナと雪の女王 影のひそむ森』 (角川文庫)だ。
これは大ヒットした映画『アナと雪の女王』と『アナと雪の女王2』の2つの話をつなぐオリジナル作品であり、シリーズ3部作の2作目だとも言える。映画2作のノベライゼーションも刊行されていて、これも角川文庫から訳書が出ている。
初級者が読む原書としては、当然ながら、粗筋がだいたいわかっているものが圧倒的に読みやすい。そのため、映画などのノベライゼーションがおすすめだが、それより少し歯応えがある作品を読みたい人には、この“Forest of Shadows”がぴったりだ。主要登場人物が映画2作と同じなので、 すぐに 物語の世界へ入っていける。
作者のKamilla Benko(カミラ・ベンコー)は児童書も何冊か書いているが、これは平易な英語ながら大人向けに書かれた作品だ。
謎の病気と怪物が出てくる冒険物語
“Forest of Shadows”では、『アナ雪2』の1カ月ほど前に起こったもう一つの大事件が描かれている。
『アナ雪1』の話から3年後、エルサ女王とアナ王女の姉妹は、故郷アレンデールの人々の暮らしをよくするために尽くしながら、親友クリストフ、トナカイのスヴェン、雪だるまのオラフなどと毎日楽しく暮らしていた。
そんなある日、動物たちの毛が白くなって眠り込んだり、農作物の色が落ちて腐ったりという、謎の病気“the Blight”(訳書では「真っ白病」)が国じゅうに広がり始める。
その上、アレンデール城に恐ろしい怪物が出現したため、エルサとアナは仲間たちと一緒に逃げ出すことを余儀なくされる。図書室の隠し部屋、アレンデール城の地下から通じる秘密の通路、廃鉱になった鉱山のトンネルなどへと、次々に舞台が移って、スピーディーな冒険物語が 展開 していく。
エルサとアナはどうやってこの危機を乗り越えるのだろうか。ストーリーの面白さと迫力は、映画2作やそのノベライゼーションに決して劣らない。
アナのエルサへの気持ちが浮き彫りになる自由間接話法
事件を解決する鍵となるのは、『アナ雪』の映画2作と同じく「真実の愛」、特にエルサとアナの姉妹の絆の深さだ。性格のまったく異なる姉妹が、時に反発しながらも一緒に困難を乗り越え、力強く成長していくさまは、映画2作に負けないほど心を打つ。さらに、この作品には、映画では伝えきれないような微妙な感情の動きがしっかり描かれている。
物語の前半で、アナは姉エルサの役に立ちたくて、近隣諸国の文化や風習を学んだり、言葉を勉強したりと、さまざまな努力を続けるが、エルサが自分を信頼していないのではないかという疑念や不安に悩まされる。
そして、アレンデールに危機が迫っているのに、エルサがなんの相談もしてくれず、自室で侍従たちとひそひそ話をしているのを知って、こんな気持ちになる。
With all the dignity she could muster, Anna walked slowly away from the door, but as soon as she was out of sight from Elsa’s bedroom, she broke into a run , trying to escape the emotion that threatened to overwhelm her.
アナはできるだけ堂々として、その場をゆっくりとはなれたが、エルサの寝室が見えなくなったとたんに走りだし、飲みこまれそうな感情からのがれようとした。
最初の段落では、第1文で客観的事実が書かれているけれど、その後は段落の終わりまでずっと、アナの心の動きが記されている。こういう箇所に日本語訳を当てるのはかなり難しいが、ここでは完全にアナの心の中に入り込んで、例えばherを「あたし」と訳すなど、アナが語っているかのように訳してある。
小説などでよく見られるこのような英語の書き方に戸惑った人は、「中間話法」「描出話法」「自由間接話法」といったキーワードで調べてもらいたい。直接話法でも間接話法でもないこの書き方に慣れると、原書を読むのが、がぜん楽しくなるはずだ。
本の表紙イラストにストーリーの鍵が隠されている
“Forest of Shadows”では、こんなふうにアナの心の葛藤や苦悩が(時にエルサのものも)生々しく細やかに描かれ、オリジナル小説ならではの読み応えがある。もちろん、オラフやスヴェンとの楽しいやりとりや、アナとクリストフのじれったい恋の駆け引き、さらにはホラー映画顔負けの身の毛のよだつ場面の数々など、読みどころが満載だ。
そして、この物語の終わりの場面は、『アナ雪2』の映画の冒頭シーンへと直結していく。映画のネタバレはないから、まだ見ていない人も 安心 して読める。
ところで、ホラー映画顔負けといえば、この本の表紙をじっくり見てもらいたい(原書も訳書も同じイラスト)。エルサとアナだけが森にいるようだが、実はもう1匹、恐ろしい動物が森に潜んでいる。
その動物はこの物語の中で、アレンデールの人たちに大きな恐怖をもたらす。どこにいるか、わかるだろうか。気付かない人は、隅々の細かいところを見るのではなく、絵からちょっと目を離して全体を眺めてみるといい。どう猛な顔が見えてくるはずだ。
今回の小説
■“ Frozen II: Forest of Shadows” (An original tale by Kamilla Benko, Disney Press, 2019)
越前敏弥さんのイベント
■講座「だから翻訳は面白い 英文法だって面白い」(『ヘミングウェイで学ぶ英文法』の著者である倉林秀男さんとの対談)
2020年5月30日(土)15:30~17:00、朝日カルチャーセンター新宿教室
www.asahiculture.jp文:越前敏弥(えちぜん としや)
文芸翻訳家。1961年生まれ。訳書『オリジン』『ダ・ヴィンチ・コード』『おやすみの歌が消えて』『大統領失踪』『世界文学大図鑑』『解錠師』『Yの悲劇』など。著書『翻訳百景』『文芸翻訳教室』『この英語、訳せない!』『日本人なら必ず誤訳する英文・決定版』など。Twitter: @t_echizen