ぼくが地上波テレビを見なくなったワケ【茂木健一郎の言葉とコミュニケーション】

ぼくが地上波テレビを見なくなったワケ【茂木健一郎の言葉とコミュニケーション】

茂木健一郎さんの連載「言葉とコミュニケーション」第17回は、今、世界を席巻している動画配信サービス「Netflix」について。その成功の秘密はどこにあるのかを考察します。

失われた地上波テレビの「熱」

ぼくが子どもの頃は、地上波テレビが好きで、楽しみにしている番組がたくさんあった。

アニメ『巨人の星』とか、英国制作の人形劇『サンダーバード』とか、『仮面ライダー』とか、『ウルトラセブン』とか、毎回わくわくして見ていた。

大人向けの番組も、『スター千一夜』とか、『アップダウンクイズ』とか、楽しみなものがいっぱいあった。

最近は全くテレビを見なくなってしまった。忙しくなってしまったこともあるけれども、テレビがすっかり変わってしまったからだろう。

最近本当に楽しみなのは、動画配信サービスの「Netflix(ネットフリックス)」である。さまざまな新作がリリースされるたびに、「わあ、見なくちゃ!」と盛り上がる。

最近で言えば、リッキー・ジャーヴェイスの『After Life/アフターライフ』。ちょっとシリアスなタッチで、人生や命について考えさせられるコメディーだ。あるいは、ハサン・ミハンジの『愛国者として物申す』。毎回、世界各地の政治、社会ネタを取り上げて笑いに変える。情報量も多い。

その他にも、とても見きれないくらい。かつての地上波テレビの熱が、すっかり Netflix に移ってきた感じだ。

メディアの力は、その周りにまとわりついているさまざまな文化やノウハウ、ビジョンの力なのだと思う。Netflix で提供されているコンテンツが、「未来」に連れていってくれるような気がしているのだろう。

Netflix:「おすすめ動画」アルゴリズムの秘密

昨年の TED に参加しているとき、Netflix の CEO のリード・ヘイスティングスさんのトークがあった。ぼくは人の話を聞くときには基本的にぼんやりしていて、言葉に耳を傾けながら、なんとはなしにイメージを抱いたり、自分なりに理解しながら時を過ごしている。

へえ、ヘイステイングスさん、昔は高校の数学の先生やっていたんだ、Netflix、年間一兆円近い制作費を使っているんだなどと聞いている中で、「むむむ?」と思った発言があった。

Netflix を使っていると、いろいろとおすすめの作品が表示される。個々のユーザーの過去の履歴や、さまざまなユーザーの利用のビッグデータから推理しているのだろう。

そのアルゴリズムについて、ヘイステイングスさんが、思わずドキリとするようなことを言ったのだ。

「Netflix では、過去のデータを分析した結果、年齢やジェンダーの情報は全く意味がないことが分かった。だから、もはや、おすすめの作品を表示するときに、年齢やジェンダーは考慮していない」。

私は、思わず、すごい!と思った。

会場からも、拍手が起こったように記憶している。

まず、人間は年齢やジェンダーは関係ないと言い切るところが素晴らしい。

それから、そのような判断が、「政治的に正しい」という価値観から導かれたのではないところがすてきだ。

人間を年齢やジェンダーで区別するのは良くない、と頭から決めつけるのではなくて、ただ純粋に、ビッグデータを解析して、すなわち数字と論理の積み重ねから、年齢やジェンダーは関係ないという結論を導く。そして、そのことを、ビジネス上の判断としてきちんと経営に生かす。その一連の過程が素晴らしいと思ったのである。

だからこそ、時代は Netflix なのかな、とも思う。

ジェンダーや年齢に縛られない人が輝く

日本のメディア関係者と話していると、いまだに、「F1層」とか、「M2層」みたいな言葉を頻繁に聞く。「F1層」とは、20歳から34歳の女性を指すらしい。「M2層」は、35歳から49歳の男性だ。

「この番組はF1層を取りにいく」などという言葉も聞く。つまり、20歳から34歳の女性が興味を持って見るようなコンテンツにするという意味らしい。

そのような人たちは、現代人の多様な嗜好が、年齢やジェンダーで把握できると本気で信じているのだろうか。

中高生と話していると、日本の地上波テレビの中で、唯一と言っていいくらいの存在感があるのは「深夜アニメ」である。『ご注文はうさぎですか??』『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』といった作品のことは、彼らに教えてもらった。

これらの深夜アニメに向けられるファンの熱は、個性そのものである。大人でも、これらのアニメを愛好する人たちはたくさんいる。つまり、年齢やジェンダーは関係ない。

番組制作やマーケティングは、コミュニケーションの一つである。

コミュニケーションにおいては、相手を簡単に決めつけてはいけない。

年齢やジェンダーでこうだと勝手に思ってはいけない。

その基本動作が、Netflix にはできていて、日本の地上波テレビにはできていないのかなと思う。深夜アニメのような例外を除いて。

もちろん、英語圏でも、ジェンダーや年齢で他人を決めつける人はいる。

男(man)と説明(explaining)を合成した、マンスプレイニング(mansplaining)という言葉に以前に触れたことがあるが、こういう言葉があるということは、つまりは、そういう迂闊(うかつ)な人もいるということだろう。女性は自分よりも知識がないと決めつけて、喜々として説明する男性の振る舞いを指す。

世界には、まだまだ困ったことはあるけれども、次第に年齢やジェンダーの関係ない、一人ひとりの個性がさまざまなクラスターの中でゆるやかに結び付いていく、そんな時代になってきているようにも思う。

みんなそれぞれで、みんな対等だ。そんな根本思想でコンテンツを作らないと、本当には届かないのではないかと思う。

現代の社会で輝いているのは、人間関係をフラットにとらえている人が多い気がする。年齢や、ジェンダーや、肩書きや、組織に関係なく、相手の個性をありのままに見つめ、受け止め、そして言葉をやりとりする。

そんな姿勢が、すぐれたコンテンツにつながるし、コミュニケーションの達人を生み出すのだと私は感じ、信じている。

個性に寄り添うと、人々の関係はフラットになるのだ。

個性に寄り添うと、人々の関係はフラットになるのだ。

おすすめの本

コミュニケーションにおける「アンチエイジング」をせよ。「バカの壁」があるからこそ、それを乗り越える喜びもある。日本の英語教育は、根本的な見直しが必要である。 別の世界を知る喜びがあるからこそ、外国語を学ぶ意味がある。英語のコメディを学ぶことは、広い世界へのパスポートなのだ――茂木 健一郎

デジタル時代の今だからこそ、考えるべきことは多くあります。日本語と英語……。自分でつむぐ言葉の意味をしっかりと理解し、周りの人たち、世界の人たちと幸せにつながれる方法を、脳科学者・茂木健一郎氏が提案します。

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Kenichiro Mogi

茂木健一郎(もぎ けんいちろう)

1962年東京生まれ。脳科学者、作家。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学大学院物理学専攻課程を修了、理学博士。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。

写真:山本高裕