人と人をつなぐ言葉。人は言葉に喜び、また悲しみもします。自分でつむぐ言葉の意味をしっかりと理解し、世界とつながれることに幸せを感じられる人になる方法を、脳科学者・茂木健一郎さんと共に考えてみませんか。
人と人をつなぐ言葉。人は言葉に喜び、また悲しみもします。
特にSNSなどのウェブ上でのコミュニケーションが全盛の今、自分の何気ない言葉が、思いもかけない結果を生んでしまうこともあります。
そんな今だからこそ、自分でつむぐ言葉の意味をしっかりと理解し、世界とつながれることに幸せを感じられる人になる方法を、脳科学者・茂木健一郎さんと共に考えてみませんか。
ユニークな言葉でなければ表現できないものがある
以前、取材で日本を代表するある企業にうかがった時、とてもおもしろい経験をした。
工場でお話をうかがったのだけれども、社員の方々が自分たちの間で話す言葉の多くが、私には理解できないものだったのである。
その企業は、生産の 効率化 について、世界でも目覚ましい工夫を積み重ねてきたことで知られていた。独自のやり方が世界で注目されて、アメリカを始めとする各国のビジネススクールでも、模範 事例 として取り上げられた。そんな会社の仲間たちで話し合う言葉が、一般の日本語とは異なる、独自の「進化」を遂げていた。
その会社の「文化」は、それらのユニークな言葉でなければ表現できないものだったのである。逆に、そのような独特の言葉があるからこそ、その企業は大成功したのだった。
その大企業の名前を、「トヨタ」という。
面白いことに、トヨタの社員さんたちにとっては、自分たちの使っている言葉はごく「自然」で、「当たり前」で、自分たちが一般の日本語とは異なる言葉を話しているという事実自体に気づかないでいるようだった。
私が、「それ、トヨタ独自の言葉ですよね」と 指摘 して初めて、「あっ」と気づいたように顔を見合わせた。とても素敵な光景だった。
人と人が関わる上での文化を理解する
トヨタでのエピソードは、言葉と人間の関係を考える上で、大切なヒントを与えてくれると思う。
言葉はコミュニケーションの道具である。そして、コミュニケーションは、もちろん、二人の人間の間でやりとりされるのが基本であるが、それ以上に、そのコミュニティー、文化の特質を表すものだと思う。
しばしば言われるのが、「英語」という外国語を習得する上で、英語圏の文化や発想を理解することが大切であるということである。
英語の言葉や表現は、そのまま日本語に置き換えることができないものも多い。英語を学ぶということは、英語圏では当たり前のさまざまな発想法や、人と人が関わる上での文化を理解するということである。
逆に言えば、英語を習得することで、私たちは、日本語圏とは異なる発想法を身につけることができる。それだけ、思考の幅を広げることができるのだ。
自分の脳の中に新しい道具箱をつくる
日本語圏と英語圏での発想法が異なるとはいえ、これはもちろん、日本語と英語、どちらが上だとか、すぐれているかということではない。
例えて言えば、自動車が道路の右側を走るのか、左側を走るのかの違いである。どちらが優れているということはない。ただ、異なる文化がある。そして、逆側を走る土地での運転経験を持つことで、自分の視野が広がる。
例えば、英語では、ヒトデや貝を表す名前にもその一部に「魚」(fish)という言葉が入る。日本語の感覚で言えば、ヒトデや貝は魚とは違う。
一方、英語では、いずれにせよ海の中にいる生きものということで、「魚」という分類になるのだろう。ということは、日本語の「魚」と英語の「fish」は単純に対応するのではなく、守備範囲が異なるということになる。
このあたりの違いが面白い。
日本語の「憲法」の訳語は「constitution」になるのだろうが、 具体的な 条文がある「憲法」を思い浮かべがちな日本語に対して、英語の「constitution」は、もっと、言葉にはできないものを含めた国の成り立ちを示す。だからこそ、英国のように、 具体的な 条文がない不文憲法もまた、「constitution」に入るのである。
このように、英語を習得するということは、英語圏独特の発想法を身につけるということである。それはつまり、自分の脳の中に、新しい道具箱をつくるようなことに相当する。
ある小説家が、作家志望の青年に送ったアドヴァイスとは
トヨタの 事例 に戻ろう。トヨタは、社内に独特の言葉を発展させることで、それに裏付けられた文化を育て、強い会社になった。言葉は、それだけ、世界に向き合う時の道具となってくれるのである。
私は大学は物理学科出身だが、物理には、「高々」「ネグる」「・・・のオーダー」と言った、独自の言葉遣いがある(意味がわからない方は、周囲の物理系の方にお聞きください)。コミケに集う人たちには、ユニークなボキャブラリーがある。永田町には永田町の、出版界には出版界の、テレビ業界にはテレビ業界の独特の言葉遣いがある。
それぞれのコミュニティーに、そのコミュニティーの文化を裏付ける言葉がある。そのように考えると、「日本語」から見た「英語」は、そのようなコミュニティーの差を極端にしたものに過ぎない、ということが見えてくるだろう。
英語に限らず、外国語を学ぶ醍醐味はここにある。単なる言葉ではない。発想や文化を含めた、別の世界を知る歓びがあるからこそ、外国語を学ぶ意味があるのである。
ある小説家が、作家志望の青年にアドヴァイスを求められて、「なんでも良いから、外国語を一つやりなさい」と勧めたという。
何と深い叡智だろう。
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写真:山本高裕(GOTCHA!編集部)茂木健一郎(もぎ けんいちろう)
1962年東京生まれ。脳科学者、作家。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学大学院物理学専攻課程を修了、理学博士。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。
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