
言語学者で北九州市立大学准教授、そして何より「日本が大好き過ぎる」アンちゃんことクレシーニ アンさん。多様性、多文化共生をテーマにさまざまな思いをつづってきた連載はいよいよ最終回となります。アンちゃんが改めて読者の皆さんに伝えたいメッセージとは――。
目次
日本が大好きで、日本が私のホーム
ヤッホー!アメリカ系日本人のアンちゃんです。
ちょっと寂しい報告があるバイ!今回が、この連載「多様性の懸け橋」の最終回となります。
この1年間、私の人生や多様性への思いを読者の皆さんとシェアすることができて、本当に嬉しかった。私の物語をずっと読んでくれて、心から感謝しています。毎回皆さんが読んでくれたからこそ、最終回を迎えることができた。
この連載は、私にとってすごく貴重な経験だった。25年間に及ぶ日本生活を振り返る機会となり、25年分の思いを整理することもできた。そして出た結論は、「いろいろあったし、これからもきっといろいろあるけれど、この日本という国が大好きだ」ということ。
最後の多様性の旅で届けたい3つの「学び」
日本は、私のホームだ。私は、日本人だ。周りにどう思われてもいい ―― こういう風に思うようになったきっかけは、やっぱり、誹謗中傷を受けたことです。
前回は、その誹謗中傷について書いた。もしまだ読んでいないなら、ぜひそれだけじゃなく、今までの記事もさかのぼって読んでみてください。
◆ これまでの「多様性の懸け橋」一覧 ◆
この最終回では、誹謗中傷のおかげで学んだ3つのことについて話す。私たち人間は、つらい経験からもたくさんの学びを得られると思う。その学びを通して成長し、そしてもっと情け深い、共感力のある人になれると信じている。
さて、それでは最後の多様性の旅に出発しよう!
学び① 言葉の定義や感覚は人によって違う
まず1つ目は、「日本人」の定義は人によって違う、ということ。
日本の国籍法によると、「日本国民」とは日本の国籍を持つ人〔*1〕。そして「外国人」は日本国籍のない人。一方、「日本人」の正式な定義はなく、人によってその感覚は違う。例えば、ある人にとっては「国籍」、別の人にとっては「言語」、また別のある人にとっては「文化」や「血統」だったりする。
私が日本国籍を取得した時、「国籍があるからアンちゃんは日本人」と認めた人はたくさんいたけど、一部の人が「いや、あなたは日本人じゃない。白人が突然日本人になれるわけがない。あなたは『日本国民』です」と言ってきた。
そして、他の人たちも最初は私を日本人として受け入れてくれたけれど、バリバリ主張が強いアンちゃんを「日本人じゃない」と思うようになっていった。主張が強くて、日本の文化を大事にしていない奴はどう見ても「日本人」じゃない。「日本人」は丸くほどほどにものを言うから、みたいな思いがあったに違いない。こうした人たちは何より「文化」「しきたり」「習慣」などを大事にするものだ。
〔*1:編集部注、参照〕
● 法務省:国籍に関する各種ページ
● 日本弁護士連合会:(詳細版)わかりやすい国籍法Q&A 日本の国籍制度をより詳しく知るためのパンフレット
抱くのは「自分の国を良くしたい」という思い
血統を大事に考える人たちからすると、私はいつまでも「帰化人」にあたる。外国人ではなくなったものの、日本人になれない「帰化人」という言葉は、ネット上では蔑称としてしか使われていない。日本の政府も使わないし、日常会話で一回も聞いたことがない。
日本国籍を取得する以前は、社会問題について発信すると、「不満があるなら帰化しろ!」と言われていた。でも、その「帰化」後に社会問題について発信したら、今度は「不満があるならなんで帰化したの?」と言われてしまう。
非常にアンフェアだなと思った。日本生まれの日本人は自分の国に対して不満があっても許され、「帰化人」の私が抱く不満は批判と捉えられてしまう。でも、日本生まれの日本人も、日本国籍を取得した日本人も、自分の国を良くしたいと思うのは自然なことだと思う。
誰かに認めてもらうためではないから
それでも、「帰化人」はいつまでも怪しまれる。だからずっと、怪しまれないように「日本が大好きだよ!」「三味線を引ける!」「着物を着られる!」みたいな、不自然な「私は日本人だ」アピールをしていた。日本人以上の日本人になったら、いつか認められるようになるかなと思ったからだ。長い間、「アメリカのアイデンティティーを完全に消せば、日本人として受け入れてもらえるのかな」と思ってさえいた。
だけど、それを全部やめた。
今はそんなことはしなくてもいいと思うようになった。私は日本人であることに自信がある。周りの人に認められなくてもいい。だって、その人のために日本人になったわけじゃないから。
そして、アメリカのアイデンティティーもあっていい。私はどんなに頑張ってもいわゆる「純日本人」にはなれないし、なれなくていい。私は自分らしくアメリカ系日本人として、この日本を愛していきたいと思う。
学び②「多様性」という言葉が誤解されている
学んだことの2つ目は、「多様性」がものすごく勘違いされている、ということ。トランプ大統領になってから反多様性の動きがさらに勢いを増しているけど、多様性が嫌いな人たちはずいぶん前からネットで目にしてきた。多様性を嫌う人が多過ぎて、「多様性」という言葉を使うだけで叩かれる時まである。
これまで、私の周りにいる「多様性」や「多文化共生」を大事にしている人たち、それらが日本に必要だと思っている人たちと一緒に活動をしてきた。だけど、誹謗中傷を受けたことによって、「多様性が嫌い」「多文化共生は日本に必要ない」と思っている人も日本にたくさんいることがわかった。
ずっと「なんで?」と考えている。もちろん、単なる差別主義者もたくさんいるだろう。それ以上に、「多様性や多文化共生によって、日本の文化が壊される」と不安を感じている人がたくさんいるんだと思う。他国の文化・価値観を取り入れることによって、日本の昔ながらの素敵な伝統、習慣、文化などが消される恐れが半端ない、ということだ。
大切なのは認め合い・分かり合い・譲り合うこと
でも、私の考える多様性は「寛容」に近い。別の表現をするなら、「みんなちがって、みんないい」〔*2〕。さまざまな人がいるからこそ、世の中はカラフルで面白い。日本の文化を壊すのではなく、その良い所を生かす多様性だ。
そして、多文化共生の「共生」という部分がとても大切。日本人は、できる限り外国人の文化や宗教を考慮して生きやすい社会を作っていく。そして同時に、外国人は日本語を習ったり、日本の文化や習慣を尊重したりすることが必須だ。
なぜなら、多様性も多文化共生も「認め合うこと」「分かり合うこと」「譲り合うこと」が大切だから。私が願うのは、外国人と日本人としてではなく、同じ「日本住民」として人々が仲良くこの素敵な国で暮らせることです。
〔*2:編集部注〕
金子みすゞ「私と小鳥と鈴と」の一節。
学び③ 偏見や差別を繰り返させない
最後となる3つ目は、誹謗中傷によって知った、差別のつらさ。
それまで、私は偏見を持たれたり差別されたりすることはなかった。白人で、大学の准教授という職業。良くない表現で語弊があるかもしれないけれど、この“属性”が影響していた部分もきっとあるのだろう。人種や肩書きによって、偏見・差別はどうしても生まれてしまう。
それでも、差別されたことは私にとってとても貴重な経験になった。これからは、誰もこうしたつらい差別に遭うことがないように、活動を頑張っていきたいと思う。
残りの人生を、大好きな日本で
私は、日本を愛するアメリカ系日本人だ。
ここ日本で生まれてはいないし、日本語は若干おかしい。日本の教育を受けていないから、歴史や日本文学の知識は恥ずかしいほどない。
幼少期に日本で過ごしていないから、同世代の友達が集まると、話についていけない時がある。その理由は日本語が分からないからではない。80年代に人気だったアニメと漫画を知らず、友達が好きだったテレビドラマやアイドルも全く分からないからだ。今も、流行の言葉やファッション、テレビCM、作家などは分からない。
そして、日本人の血は一滴たりとも流れていない。ご先祖様の中に日本人は1人もいないし、キリスト教徒なので周りの多くの日本人と宗教観も違う。
それでも胸を張って、「私は日本人だ!」と言えると思っている。この国が死ぬほど好き。アメリカ国籍を放棄するくらい日本が好きです。
アメリカで生まれてよかったと思う。でも、残りの人生を日本人として生きていきたい。周りの人と一緒に、力を合わせながら、この素敵な国をもっと素敵になるように必死に頑張るつもりだ。

続けていく軸となるのが、多様性を主なテーマとした
講演。また、新聞やWEBのコラム、書籍など、
文章でもメッセージを届け続ける。
全ての“杭”が受け入れられるように
25年間日本で暮らす中で、ずっと思ってきたことがある。それは、「日本はとても暮らしやすく、生きづらい社会」だということ。治安は良いし、食べ物はおいしい。健康保険、教育や医療の体制も素晴らしい。
だから母国のアメリカと比べて、とても暮らしやすいと感じる。一方で、“出る杭(くい)”だと、生きやすさをなかなか感じられない人がたくさんいると思う。例えば、外国人、ハーフ、障害のある人、LGBT、そして個性的な人など。
私が望むのは、出る杭・出ない杭・出まくっている杭・少ししか出ていない杭・以前は出ていたけど今は出ていない杭 ―― 全ての“杭”がありのまま受け入れられ、褒められる社会になることだ。
そうなるよう、日本らしく、日本のスピード感で、多様性を少しずつ取り入れることが大切なのだと思う。日本が生きやすい社会になることは、日本国民の誰もが望んでいることでもあるだろうから。
力を合わせながら、一緒に全ての杭が褒められる日本社会を作りましょう!
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