アルクから出版された『教養あるアメリカ人が必ず読んでいる 英米文学42選』の担当編集者に、本書が生まれた背景や制作にあたってのこだわりについてインタビューしました。
一般教養としての文学作品を通して、英語圏の文化的基盤を知る。
ー『教養あるアメリカ人が必ず読んでいる 英米文学42選』はどんな本なのでしょう? また、企画した背景について教えてください。
この本は、アメリカ人が大学を卒業するくらいまでに読む英米の文学やエッセー、評論など42冊のあらすじを英日対訳で紹介しています。 企画の背景には「アメリカ人はどんな本を読むのだろうか?例えば学校の授業ではどんな本を読まされるのだろうか?」という疑問がありました。
日本では国語の授業で読む文学作品って、ある種の「一般教養」として認識されていますよね?たとえば、夏目漱石の『こころ』とか森鴎外の『舞姫』などはそのような位置づけかもしれませんが、それに対して、アメリカで「一般教養」とされている本にはどんなものがあるんだろうと、興味があったんです。
私は高校生のころ、父の仕事の関係で、アメリカのジョージア州アトランタに住んでいたのですが、そのとき現地の高校の国語(English Literature)の授業の課題図書として、ジョージ・オーウェルの『1984年』や『動物農場』を読んだことを覚えています。その後、ちょうどナサニエル・ホーソーンの『緋文字』が課題図書として出されたところで私は帰国してしまったのですが、まさに『緋文字』などは、少なくとも当時は、アメリカ人の課題図書の定番でした。大学で英文学を専攻するような人でなくても、多くのアメリカ人が『緋文字』の物語を、一般教養としてなんとなく知っているというわけです。ですから、タイトルにある「教養あるアメリカ人」という言葉も、いわゆる「アイビー・リーグ」出身者や、特権的なエリートたちのことを指しているのではありません
この42冊の中には、きっと皆さんも読んだことがあるものもあれば、見たことも聞いたこともない、というものもあるでしょう。知らなかった文学作品との出会いを通じて、アメリカでの一般的な「教養」に触れてほしいというのが、本書に込められた想いのひとつです。英米文学は、その作品が生まれた時代や社会と深く結びついています。文学作品を入り口にして、アメリカとアメリカ人、また広く英語圏に対する理解を深めていく助けになればよいなと思っています。
stoneは動詞でつかうとどんな意味?「辞書なしで読める」ための書籍づくり
ー『教養あるアメリカ人が必ず読んでいる 英米文学42選』は、「辞書なしで読める」というのが特徴のひとつだと思います。このコンセプトを実現するために、編集上で工夫した点はありますか?
アルクの英語学習教材全般に言えることですが、読者の理解を助けるための語注の作成は、編集上のこだわりのひとつです。この本の語注については、去年アルクに入社した新人編集者と一緒に作成したのですが、振り返ると、実は私がアルクに入社した際に最初に手がけたのも、ニュース英語の原稿に語注をつける作業でした。
語注が必要な語やフレーズを抽出し、英語学習者にとって役立つ、しかし素材そのものを読んだり聞いたりする作業を妨げない、コンパクトな解説をどう付けるかは、英語学習教材を扱う編集者なら、頻繁に遭遇する業務です。時には編集者が、個人的に興味のある語について深掘りしすぎてしまうこともありますが(笑)。
「語注って、難しい単語に付いているんでしょ?」と思われる方も多いかもしれません。たしかにそうなのですが、でもその場合に問題になるのは、単語が難しくなればなるほど、語注が不要になるケースも意外に多いということです。 なぜかというと、難しい単語は、一つの単語に対して、対応する日本語訳がひとつしかないということが頻繁にあるからです。
例えばpneumonia(肺炎)という単語は、難度の高いものの一つと言えるでしょう。ですが、この単語が「肺炎」という意味だということは、訳文が隣にあれば、そこを見ればわかります。それ以外に説明のしようがないのです。ですから、pneumoniaのような多義性をもたない単語は、難単語であるにもかかわらず、語注のニーズは必ずしも高いとは言えません。
反対に、とても簡単な単語であっても、語注を付ける場合もあります。『教養あるアメリカ人が必ず読んでいる 英米文学42選』の中に登場する単語を例にとると、シャーリイ・ジャクソンの「くじ」という短編に出てくるstoneなどがあります。
stoneの意味が「石」であることは、おそらく誰でも知っていると思いますが、この単語に動詞の用法があることをご存じですか? この作品の中では、「〜に石を投げつける、〜に石をぶつけて殺す」という、動詞のstoneが登場します。先入観から名詞とばかり思っていると、英文の文構造を見失ってしまうかもしれませんね。またさらに重要なこととして、この動詞stoneは、この作品が扱う「いじめ」「集団心理」というテーマと密接に関連しており、この作品を理解する上で重要なモチーフの一つです。こういったことからも、stoneは語注を付けました。
ところで、先ほどのpneumoniaに戻りますが、もしもリスニング素材でこの単語が出てきた場合には、「綴りからは発音が予測できない単語」という観点から語注を付けるかもしれませんね(pから始まるのに[n(j)uː]と発音する)。あるいは翻訳なしで読ませるテキストであれば、やはり語注が必要かもしれません。つまり、その英文が何を目的としているのか、どういうレベルの読者を対象としているかも、語注作成の際に吟味することが大切だと思ってます。
また著者のジェームス・М・バーダマン先生は、まず辞書を使わずに独力で読んでみることを推奨されていますので、できれば一回目は語注にも頼らずどれくらい読めそうか、試してみるといいと思います。
「42選」のなかにシェイクスピアが入っていないワケ
ー多くの英米文学のなかから「42選」がどのような基準で選ばれたのか教えてください。
これはすべてバーダマン先生の選書です。ただし、「42選」は決して「必読書」として選ばれているわけではありません。本書は「アメリカ人がよく読んでいる名著を5分で読む」ことができるというコンセプトで作られていますから、興味のあるページから気軽に読んでいただきたいと思っています。
また、日本人の英語学習者にとっての有用性という観点も、選考の際に熟慮しました。 ですからチョーサー、ミルトン、シェイクスピアなどの、歴史上の重要な著者の代表作は、この「42選」には含まれていません。これらは英文学の教科書では欠かせないものですが、英語が難解だったり、バックグランドの知識がないと本質的な理解が難しかったりするため、あえて選びませんでした。
さらに、例えばフォークナーのような難解な文体で知られる作家の場合、彼の代表作として知られている長編小説『響きと怒り』や『アブサロム、アブサロム!』ではなく、より読みやすく、英語学習者にも理解しやすい短編「納屋を焼く」を選びました。これは、作品のあらすじを読んでみて、もし興味がわいたら、英語の原書にチャレンジしていただきたいという思いもあるからです。そのため本書では、原書を選ぶときの判断材料となるよう、原書の英語の難易度を4段階評価で提示しています。
とはいえ、原書の通読は難しいものが多いのも確かですので、学習者向けに書き直された「グレイデッドリーダー」で読むのもいいと思います。グレイデッドリーダーとは、英語学習者を対象とした、文法・語彙を制限して書かれた段階別読み物のことです。また、「42選」の著作は、すべて邦訳で読むことができるので、まずは日本語から入る、というのもよいと思います。映画やドラマで見るのもいいですね。
また、それぞれの本のあらすじは、作品についてわかりやすく伝えているだけでなく、それ自体が読み物としてとても面白いので、読者の皆様も必ず惹き込まれるかと思います。資格試験の設問も、生成AIによる文章も英語は英語ですが、そういうものとは全く次元が違う、こうした質の高い、心に響く英語に触れて、味わっていただきたいですね。私自身、バーダマン先生の英語を読んで、ぜひこれから読んでみたいなと思える作品との出会いがありました。
なお、本書は「英語中級者」向けに作られていますが、中級者が英語力を伸ばすために最も重要なのは、自分の実力よりも少しだけレベルの高い英語にたくさん触れることです。この本の英語は、英語中級者が行うべきリーディングのトレーニングの「負荷」として最適です。また、文学を通してアメリカの社会や歴史、そしてアメリカ人が何を信じ、どうしてそう行動するのかといったベースにあるものに触れることができます。英語を読むことからたくさんの語彙やフレーズ、言い回しを会得すれば、日常会話にとどまらない、より高いコミュニケーション力も身に付くはずです。ぜひ『教養あるアメリカ人が必ず読んでいる 英米文学42選』を手にとってみてくださいね!