ギリシャ神話と日本神話は、遠く離れた二つの文化に存在するものの、驚くべき共通点を持っています。特に「オルフェウスとエウリュディケ」と「イザナキとイザナミ」の物語は、その類似性が顕著で、これが単なる偶然であるとは考えにくいです。何がこれらの異なる地域で、似ている神話を生み出したのか、その答えは古代の人々の心の中にあるかもしれません。
遠く離れたギリシャと日本に伝わる「よく似た」神話
ギリシャと日本の距離(現在)は約9400キロメートル、時差は7時間??日本に住む私たちにとって、ギリシャは距離的にも時間的にも遠い国といえます。そんな2つの国に古くから伝わる神話について、比べてみるととてもよく似たお話があることをご存じでしょうか?
前回の2月号レクチャーでは、ギリシャ神話「オルフェウスとエウリュディケ」と日本神話「イザナキとイザナミ」の物語について、類似点と相違点を紹介しました。ここで話の流れを簡単におさらいしておきましょう。
ギリシャ神話「オルフェウスとエウリュディケ」
①夫のオルフェウスは冥界を訪れ、毒ヘビにかまれて亡くなった妻エウリュディケを連れ戻そうとする
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②オルフェウスは、妻を返してくれるよう冥界の王と女王に懇願し、王と女王は、オルフェウスがエウリュディケを地上に連れていく間、後ろを振り返るなと命じる
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③オルフェウスはその命令に従うことができず、愛する妻を永遠に失ってしまう
日本神話「イザナキとイザナミ」
①夫のイザナキは黄泉国を訪れ、出産の際に亡くなった妻イザナミを取り戻そうとする
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②イザナキは妻と出会えたものの、イザナミは黄泉国の特別な食べ物を口にしていたので、地上に戻ることができなかった。この問題を解決するために、彼女はイザナキにしばらく時間がほしいと伝え、その間、自分の姿を決して見ないように警告する
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③イザナキはその約束を守ることができず、その結果、おぞましいウジにまみれた妻の姿を目にすることになり、最終的に2人は離婚してしまう
改めて振り返ると、2つの神話は「登場人物」「話の流れ」などがとてもよく似ていることがわかります。ここまで似ていると、ただの偶然の一致とは言えそうにありません。では、なぜ遠く離れたギリシャと日本において、このように似ている神話が存在するのでしょうか?その答えについて、動画で詳しく見てみましょう。
似ている神話が別々の場所に存在する理由:(動画05:30~05:47)
And roughy speaking, there, there are two theories to answer this question and one is parallel development theory and the other is transmission theory.
ざっくり言うと、この疑問に対する答えとして2つの説があります。一つは並行して発展したという説と、もう一方は伝播したという説です。
並行して発展したという説は、スイスの心理学者、カール・グスタフ・ユングが提示したものです。神話は私たちがアイデアを生み出す基本的な精神の型である「元型」から生み出されており、このことが、異なる神話にも似たような登場人物と似たような筋書が登場する理由になっていると論じています。単純に言うと、人間はたとえ異なる文化の中で生きていても、基本的には同じアイデアを生み出す、ということです。
伝播したという説は、ドイツの人類学者、アドルフ・エレガルト・イェンゼンが主唱者です。ユングの、並行して発展したという説を説得力がないとして否定し、代わりに、文化的なものは、ある場所から別の場所へと歴史のプロセスにおいて伝えられると主張しました。例えば、ギリシャの物語が歴史のいずれかの時点で日本に伝えられ、日本の人々が自分たちの好みに合うようにギリシャの物語を脚色したと考えられることになります。
どちらの説がよりふさわしい?
「①並行して発展したという説」「②伝播したという説」の2つを紹介しましたが、実はどちらの方がよりふさわしいか、その明確な答えは出ていません。
しかし、確実に言えるのは、古代ギリシャ人と奈良時代の日本人が、異なる文化の下で生きていたにもかかわらず、「人間」について、あるいはより正確に言うと「夫婦」について、似たような感覚を抱いていたということです。
神話の中には、例えば夫と妻の関係について、普遍的な真実のようなものが存在し、それによって「夫婦にまつわる神話」が現代まで伝わっているのだと考えられます。現代に生きる私たちも、神話の登場人物に共感したり、その行動から学ぶことは多いはずです。皆さんもぜひ、さまざまな世界の神話に触れてみてください。
写真・動画:田村 充
構成・文:須藤瑠美