英会話の達人、カン・アンドリュー・ハシモトさんが今回取り上げるのは、英語の現在形について。“What do you eat?”と「あなたは何を食べますか?」。この2つの文の意味の違いを説明できますか?
「何のむか、何たべるか」から気づいたこと
近所に午前11時から夜明けまで開いている中華料理屋があります。そこは僕が住んでいる地域では割と人気の店で料理はどれもおいしく、いつでもお客さんでいっぱいです。
おかみさん(英語では hostess と言います。日本語の持つ「水商売の人」の意味はなく、飲食店の場合は接客係という意味です)が特徴的で、例えばあなたが午後2時過ぎにテーブルに着いたとします。
彼女はまず「何のむか」と尋ねます。あなたはひるまずに「ランチのBセット。お酒はいりません」と答えれば、少しだけ遅いランチを楽しむことができます。「空心菜、おいしいよ」とか「生ビール、500円」と言われても彼女の目を見てはっきり首を横に振れば、大抵はそれ以上何か言われることはありません。
いつだったか、僕は友人と散々お酒を飲んだあと、夜明け前にその店を訪れたことがあります。おかみさんは僕たちに「たべるか?」と尋ねました。
酔っ払っていた友人は「それ以外にどんな理由でここに来るんだよ。まずメニュー、持ってきて」と彼女にからんでいました。でも、彼女はまるで気にせずに僕たちをテーブルに案内すると、料理が書かれたホワイトボードを指さして「何のむか、何たべるか」と笑顔で言いました。
アメリカ人の友人とその店を訪れると、おかみさんは英語で話しかけてくれます。クセのある発音ですが、何を言っているのかは分かります。
僕たちの顔を見ると、彼女はまず“Good evening.”、時にはフランス語で“Bonsoir.”と言います。その後はなぜか、“Thank you. Thank you.”を連発します。そしてそれに続く彼女のセリフはこうです。
What do you drink?
What do you eat?
先日、久しぶりにその中華料理屋でこの2つのせりふを聞いたとき、僕はあることを思い出しました。そして僕は、「中国人も日本人とまったく同じ誤解をしているのかも。中国語もその点は日本語に似てるのかな」と思いました。
今日はもしかしたら割と多くの日本人が誤解しているかもしれない、「英語の現在形について」お話ししたいと思います。
ギャング映画に見つけた、字幕の小さなミス
世の中の男性たちもおそらく同じだと思いますが、僕はギャング映画が大好きです。襲いかかってくる敵を自動小銃で皆殺しにしたいと思ったことも、連邦保安官を暗闇で待ち伏せて襲いたいと思ったことも、敵対するギャングに人質にされた恋人を救い出すために敵のアジトをダイナマイトで吹き飛ばしたいと思ったことも一度だってないのに、僕は子どものころから、恐竜映画と同じくらいにギャング映画に夢中でした(われながらなんて幼稚なんだろうと思います)。
今も、アメリカの禁酒法時代の物語やシチリアでのイタリアン・マフィアたちの抗争劇(なぜか英語だけで会話が行われる)、麻薬取締局とギャングたちとの戦いの日々など、気が遠くなるほど長いシリーズのテレビ番組をいくつも同時に見ています。
そんなドラマの1つにこんなシーンがありました。
彼はまだ二十歳前。それでも敵対するギャングを次々と殺し、密造酒を奪って売りさばき、ファミリーの中でも評価される存在になっています。ボスも喜んで彼にダブルのスーツを作ってやり、分厚い札束を手渡します。ネクタイの締め方も知らないのにスーツなんてもらっても仕方がないと彼は仲間に漏らすのですが、もちろん断ることはできません。
それでも数日後、彼はそのスーツを着て、ポケットに札束を入れ、ぴかぴかのリンカーンに乗り込みます。その日、彼が家まで迎えに行き、町で一番の高級レストランに連れて行ったのは、恋人ではなく彼の母親でした。
貧しい身なりをした母親は、数年前に家を出たきりだった息子を車の中で抱きしめますが、息子が履いている白と黒のコンビの革靴を見て、ハッとした表情を見せます。腕を外して派手なスーツを身にまとった息子を見つめます。彼は気付かずにレストランの前で車を停め、母親を降ろします。
レストランの扉が開き、ボーイが深々と頭を下げ、母親はレストランの中に一歩進み、シャンデリアを見上げます。そして息子に振り返ってこう言います。
What do you eat?
中華料理屋のおかみさんと同じせりふです。字幕には「何、食べる?」と出ていました。母親のせりふは続きます。
Filet Mignon?
字幕は「フィレ肉?」息子は一瞬だけ自分の革靴に視線を落としてから、母親に笑いかけます。
What would you like, Ma?
字幕は「お母さんは何が食べたい?」
物語の流れには何の影響もない小さなことですが、最初の字幕には誤解があります。“What do you eat?”は「あなたはいつも何を食べているのですか?」という意味です。
何年も顔を見せないと思ったら、とてもかたぎの人とは思えない服装で現れ、見たこともない高級レストランに自分を連れてきた息子に、母親は戸惑いと悲しみと少しの嫌みを込めて、「あなた、こんな高そうな店でいつも何を食べてるの?フィレ肉?」と言ったのです。
息子もその嫌みが胸に痛かったから一瞬、視線を落としますが、すぐに気を取り直し母親の質問には答えずに尋ねたのです。「お母さんは何が食べたい?」
もしも母親が息子に「何、食べる?」と聞くのであれば、“What will you have?”または息子と同じせりふ“What would you like?”、あるいは“What would you like to have?”と聞くはずです。
英語と日本語、時間に対する感覚の違い
日本語は時間の表現に対してとてもおおらかです。例えば「僕はチキンを食べます」という日本語は「未来形」の場合も「現在形」の場合もあります。レストランでメニューを開きながら「んー、じゃ、チキンにしようかな、僕はチキンを食べます」というとき、これは“I’ll have some chicken.”の意味で未来を表しています。
一方、「土曜日にはいつも僕はチキンを食べます」は英語なら、“I have chicken on Saturdays.”で、これは「現在形」です。ややこしいのは、この2つのケースで「僕はチキンを食べます」の部分の日本語が完全に同じであることです。中国語にもそういう側面があるのでしょうか。
「何たべる?」という日本語は一瞬「現在形」に見えますが、これは未来のことを尋ねています。“What do you eat?”は「現在形」で、習慣的ないつもの行動について尋ねています。
誤解を生む原因になっているのは、この「現在形」という名前にもあるのかもしれません。「現在形」は英語ではpresent simple と言いますが、これは現在だけのことを表現しているわけではありません。過去、現在、そして未来でも繰り返される行動や習慣、その状態を表します。
例えば“Annie sleeps beside me.”の日本語訳が「アニーは僕の隣で眠ります」だと言われると、僕には少しだけ違和感があります。話者の意識は「繰り返される状態」の方にあり、「いつも寝ている場所は僕の隣だ」、つまり「アニーはいつも僕の隣で寝ている」という日本語の方が話者の気持ちに近いはずです。
“She is sweet.”も同様です。「彼女は現在だけでなく、過去も優しかった、未来も優しいはずだ」というニュアンスを含むため、「彼女は優しい」というより「彼女は優しい心を持った人だ」という日本語の方が(ちょっと長いですけど)近いと僕は思います。
“What do you eat?”という文を単語レベルで日本語に翻訳すると、「あなたは何をたべますか?」になってしまうかもしれません。でも、文全体を捉えると、そういう間違いは減るように思います。
間違いを乗り越えて、会話を楽しもう
今回も偉そうなことを書いてしまいましたが、僕にも同様の間違いは数え切れないほどあります。
5年程前にこんなことがありました。「僕の体になってみてよ」という僕の言葉にそのときはポカンとした顔をした友人が、数日後、笑いながら僕に言いました。
「やっと分かった、あれは、僕の身になってみてよ、ってことでしょ? 体じゃないよ、ミだよ、ミ」
あるアメリカ人の友人が日本人の奥さんに言ったのはこれ。「オレはもう音楽をやめる。手を洗います」。奥さんは涙を流して笑ったそうですが、もちろん言いたかったのは「足を洗う」。悪い仲間などから関係を絶つという意味ですよね。
実はこれ、英語では wash my hands と言います。“I washed my legs. (I washed my feet.)”と言っても、文字通り「足をきれいに洗った」という意味にしかなりません。
お互いにいくつも間違えながら、ときどき指摘されて、恥ずかしい思いも笑われた記憶も乗り越えて、いつかもっともっと会話を楽しめるといいですね。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
オススメの本
五輪競技を見ながら、3語でできる競技別応援フレーズが満載。全競技名も掲載。スポーツを通して世界中の人とつながろう!
9月9日発売です!
【トーキングマラソン】話したいなら、話すトレーニング。
語学一筋55年 アルクのキクタン英会話をベースに開発
- スマホ相手に恥ずかしさゼロの英会話
- 制限時間は6秒!瞬間発話力が鍛えられる!
- 英会話教室の【20倍】の発話量で学べる!
SERIES連載
思わず笑っちゃうような英会話フレーズを、気取らず、ぬるく楽しくお届けする連載。講師は藤代あゆみさん。国際唎酒師として日本酒の魅力を広めたり、日本の漫画の海外への翻訳出版に携わったり。シンガポールでの勤務経験もある国際派の藤代さんと学びましょう!
現役の高校英語教師で、書籍『子どもに聞かれて困らない 英文法のキソ』の著者、大竹保幹さんが、「英文法が苦手!」という方を、英語が楽しくてしょうがなくなるパラダイスに案内します。
英語学習を1000時間も続けるのは大変!でも工夫をすれば無理だと思っていたことも楽しみに変わります。そのための秘訣を、「1000時間ヒアリングマラソン」の主任コーチ、松岡昇さんに教えていただきます。