『30歳高卒タクシードライバーがゼロから英語をマスターした方法』の著者で、多数のメディアで取り上げられている、名物タクシー乗務員の中山哲成さん。タクシー乗務中に出会った外国人の方との忘れられない会話と、現在の中山さんの英語ブラッシュアップ法についてお話を伺いました。
「英語は継続が命」ではなかった?
前回は、コロナと共存する時代での英語との関わり方についてお話を伺いました。今回は、中山さんの現在の英語ブラッシュアップ方法についてお話を伺いました。
2021年の年末くらいから、ウイズコロナ時代の新しいライフスタイルが始まりました。感染症対策をしつつも、やれることはできるだけやっていこうという雰囲気になった頃、タクシーの無線に海外からのお客さまを乗せる要請がありました。
乗車したお客さまは、アルゼンチンから来たファッションモデルの女性です。英語は母国語ではありませんが、モデルの仕事で世界中を飛び回っているので英語が話せました。しかし、日本語は全く話せません。
日本語を全く話せないお客さまを乗せるのは3年ぶりでしたので、私はもう英語がしゃべれなくなってしまっているだろうなと思いました。ところが、意外と会話が弾み、英語を忘れていない自分に驚きました。
入国規制があるにもかかわらず、入国できた理由に始まり、仕事のことや、日本での過ごし方など、お客さまが目的地に到着するまでの30分くらいの間、雑談を楽しむことができました。
英語習得は、自転車の練習に似ているのかなと思いました。自転車は一度乗り方を覚えると、しばらくぶりでも乗れますよね。私は久しぶりに英語を話したので、上手ではなかったかもしれませんが、自転車の乗り方を覚えるのと似たような感覚が、英語を話せる自信を復活させました。やっぱり、英語を話せると楽しいです。
「英語は継続が命」だと信じていたので、勉強をやめたら話せなくなると思っていましたし、周囲にもそのように伝えてきました。しかし、ある程度のレベルに到達すれば、全く話せなくなることはないんだという発見がありました。そして、また英語のブラッシュアップを始めようと思いました。
お客さまとの会話で、使えるようになった単語が増えた!
アメリカのシカゴに住む50代のご夫婦が乗車したときのことです。息子さんが日本人女性と国際結婚して孫が生まれ、ようやく初孫に会いに来ることができたとのことでした。
「もっと早く日本に来たかったのだけれど、入国規制があったため、ずっとかなわなかった」「規制が緩和されて、やっと来日できたものの、手続きが大変だった」「趣味でいろいろな国に旅行しているが、世界中でこれほど厳しい手続きや入国規制がある国は、日本だけだ」など、来日するまでの苦労話を聞かせてもらいました。厳しい規制のため、来日できない人が多くいることや、規制緩和になっても手続きが大変だと話すご夫婦との会話が印象的でした。
そのご夫婦に、「なんで日本人はマスクを取らないの?」と聞かれました。マスクは、日本人の感染予防対策です。しかし、サッカーのワールドカップでは、観客席の日本人サポーターでマスクをしていな人が多かったことを思い出しました。「それは、もしかしたら周囲の価値観や、やり方に合わせなければいけないという気持ちが働く同調圧力かもしれない」と伝えてみました。以前、辞書で調べてpeer presser(同調圧力)という言葉を知っていたので使ってみたら、「それはsocietal presser(社会的な圧力)だよ」と返してくれて、そんな言い方があると知り、勉強になりました。
英語を聞き間違えて、お客さまに迷惑をかけてしまったことも
お客さまとの会話が英語の上達につながっていると実感するときに、まだ英語がそれほど聞き取れなかった頃のことをよく思い出します。例えば、交差点に差しかかったときに、お客さまがTurn on the light, please.(ライトをつけてください)と言いました。ところが、Turn right, please.(右に曲がってください)と聞き間違えて、交差点を右折してしまいました。
お客さまにライトをつけるように促されたときに、lightの「L」とrightの「R」の発音を聞き間違えてしまったのです。すぐにライトをつけましたが、聞き間違えて右折してしまったことに私自身が少し動揺してしまいました。このことがあってから、いっそう発音の練習に取り組んだおかげで、「R」と「L」の発音の違いは得意になりました。
「本番」という目標が英語力を伸ばす
「本番」という目標があって、そこに向かって練習しているときに、英語力が伸びているなと実感することがあります。音楽のアーティストはライブに向けて練習を強化したり、スポーツでは試合に向けて頑張ったりしますよね。私にも「本番」に向けての英語を話す準備が必要な状況が幾つか起こりました。
最初は「タクシー接客英語コンテスト」に向けての練習でした。英語コンテストで想定される質問を前もってネイティブの先生に相談して、言いたいことを英語で言うための台本を作りました。
また、タクシーの研修会で講師を務める機会がありました。車椅子を使うお客さまを迎えるという設定でデモンストレーションを行うことになっていたので、前もって、お客さまとの会話を想像して英語の台本を用意しました。お手本を見せるわけですから、失敗するわけにはいきません。
最近は取材を受けているときに、英語を話してくださいというリクエストが来ることがあるんです。上手に英語が話せるように、取材の際はいつも台本を作って備えるようにしています。
気が付けば、英語を話さなければならないときのために、台本を書いておく習慣ができていました。実際は用意した台本の中から2割か3割程度しか使わないのですが、とにかくあらゆるケースに対応できるように備えるようにしています。使った英語は自分の中に残るし、使わなかった英語もいつか役に立ちます。
英語の勉強が楽しくなるオリジナル英語台本
英語を使う場面というのは人それぞれですが、例えば、「地下鉄で迷っている外国人に便利なアプリの使い方を教えてあげる」「地元で人気の写真スポットを教えてあげる」「飲食店でお勧めのメニューを伝える」など、今すぐにではなくても、いつか起こり得る場面を考えてみると、英語の勉強がぐっと身近に感じられますよ。そして、きっとその英語が使えるチャンスが見つけられると思います。
私の場合、英語の台本は場面に合わせて4つのステップで作って練習します。
1.日本語で台本を作る
英語を使う場面を想像し、日本語で台本を作ります。
2.翻訳サイトを使って英訳する
日本語の台本を、翻訳サイトを使って英文にします。私は「DeepL」というサイトを使っていますが、Google翻訳もおすすめです。どちらも日本語から英語への翻訳は、ほぼ正確です。
3.オンラインレッスンで英語の先生に英文の確認
オンラインで英語のレッスンを予約して、自分が作った英語の表現が通じるかどうかを質問します。私の先生はバイリンガルで小説家を目指している大学生です。「このような場面で、こういうニュアンスを伝えたいのですが、おすすめのフレーズはありますか?」と聞くと、ぴったりの表現を教えてもらえます。
4.台本をひたすら音読練習
台本が仕上がったら、ひたすら音読して自分の言葉になるように練習していきます。タクシー乗務をしているときも台本を持っています。東京駅や羽田空港でお客さまを待っているときに、用意した台本を印刷して胸ポケットに忍ばせておき、直前まで練習しています。これを応用していけば、これからインバウンドの観光客が増えてきたときに、さらにお客さまをおもてなしすることができますし、タクシーに乗車する時間を楽しんでいただけると確信しています。
これまでに、タクシー乗務用、講演用、講師用など、場面に合わせたオリジナル台本がいくつかできています。この台本を使って実践の場で何度も繰り返し使った表現には、既に自分の言葉となって定着しているものもあります。これが私の英語ブラッシュアップ法です。
このように、みなさんにも自分自身のオリジナル台本を作ってみてもらたらうれしいです。
中山哲成さんの本
取材・構成:増尾美恵子 写真:山本高裕