『30歳高卒タクシードライバーがゼロから英語をマスターした方法』の著者で、多数のメディアで取り上げられている、名物タクシー乗務員の中山哲成さんに、英語での接客エピソードを伺いました。「おもてなしタクシードライバー 僕の来た英語の道」を3回にわたってお届けします。
「英語が話せるタクシー運転手」であることの醍醐味
私がタクシー運転手になったのは、今から6年ほど前の2014年1月のことです。前年の2013年には、訪日外国人旅行者数が初めて1000万人の大台に乗り、タクシーが外国人のお客さまを乗せる機会も増えてきたころでした。
今はどうかというと、私の場合、毎日1組か2組は外国人のお客さまを乗せています。その際、私は外国の方にも、最初の一言、二言は、必ず日本語でごあいさつするようにしています。外国人のお客さまといっても、もちろん英語圏の方ばかりではないのと、 せっかく日本に来たのだから、片言でも日本語で日本人と言葉を交わしてみたいというお客さまが、案外たくさんいらっしゃる からです。
そこでまずは日本語でお声掛けし、お客さまから日本語が返ってきたら、そのまま日本語で話を続け、日本語を解さない方に対しては、速やかに英語に切り替えます。 外国人のお客さまの多くは、私が英語で話し始めると安心される ようで、皆さん率先して話し掛けてこられます。観光情報、穴場のグルメスポット、日本の社会や文化についてなど、 次々と質問も飛んできて、そこからコミュニケーションが始まる のです。この楽しさは、「英語が話せるタクシー運転手」であることの醍醐味だと思います。
自分の英語力が女性を助けたのかもしれない
たまたま私が英語を話すことで、外国人のお客さまのちょっとおもしろい反応にぶつかることもあります。あるとき、スーツを着た外国人男性の2人連れが乗車しました。そして行先を告げるやいなや、大きな声で仕事の話を始めたのです。英語で何を話しても運転手には理解できないと油断しているのでしょう、社外に出してはまずいような内容が、聞くともなく耳に入ってきます。
しばらくして、私は目的地までのコースを確認しようと、英語でお客さまに声を掛けました。その途端、「こいつ英語分かるのか!?」と客席の空気が変わり、その後2人のお客さまは、明らかに声をひそめて話すようになったのです(笑)。もちろん私たちタクシー運転手は、お客さまの会話を外部に漏らしたりはしませんから、何を話していただいても大丈夫なのです。でもそれをわざわざ言うのも、何だか取って付けたようで、こういうときは少々ばつの悪い思いもします。
また別のとき、観光客と思われるハンサムな欧米系の男性が、日本人の若い女性と、2人ともかなりお酒が入った状態で乗車されました。男性はどうも、彼女を自分のホテルに連れて行こうとしている雰囲気です。女性はまったく英語ができず、訳が分かっていないようでしたので、私は思わず“May I help you?”と声を掛けました。すると男性があからさまに舌打ちをしたのです。結局女性は途中で降りたのですが、あのとき自分の英語力が女性を助けたの かもしれないと、自信を深めることができました。
苦労したのは、スピーキングよりリスニングでした
実は私の英語が英語圏の方に通じないということは、あまりありません。タクシーの車内で話される英会話というのは、内容が限られていますから、こちらが言っていることを相手が酌むのは、たやすいことだからです。反対に 苦労したのがリスニング です。
私は発音から英語学習に入ったため、割りと初期から簡単な英語を「それっぽく」話すことができました。それを聞いたお客さまが、このドライバーは英語が堪能なのだと思い込んで、一気にバーッと話し始めるのです。初めはその英語がほとんど聞き取れませんでした。
六本木で乗車したお客さまから、おすすめの寿司屋を尋ねられたときも、そうでした。心当たりの店をお教えしたところまではよかったのですが、お客さまはそれを [きっかけ]に、ペラペラと英語で話し始めたのです。その場は、“Yes, yes.” “OK, OK.”とごまかしていたのですが、後で考えると、どうやら「君のおすすめの寿司屋は混んでいるかね?」と聞かれていたのでした。“Do I need to make a reservation?” に対して、“OK.” “Yes, yes.”などと返していたわけですから、とんちんかんですよね。そんな悔しいような、恥ずかしいような経験もたくさんしました。
それだけに、私たち日本人と同じくらい英語が苦手な、アジア圏のお客さまの気持ちは、よく分かる気がします。中国の方の英語は、発音に強い癖があって聞き取りづらく、私の話す英語も簡単には相手に伝わらず、道のりの確認などでも、うまく意思の疎通ができないことがあります。英語が母語でないのはお互いさまですから、そういうときは易しい単語を並べ、あえてブロークン・イングリッシュで話し、ボディーランゲージもたくさん使って、できる限り分かりやすく伝える工夫をしています。
日本のタクシーならではのホスピタリティーを、そっくり英語で提供
東京のタクシーは、年々社内規範が厳しくなり、意識が高い乗務員が増えているのは間違いありません。同じ営業所にも、素晴らしい接客で知られる先輩や、道路や観光に関する幅広い知識で活躍する同僚がたくさんいます。英語に関しても、研修制度や資格制度が、どんどん充実してきています。私が優勝した「タクシー運転者英語おもてなしコンテスト」の第5回大会 *1 をとっても、帰国子女、留学経験者、海外の企業で仕事をしていた人などが出場していて、非常にハイレベルでした。
とはいえ、英語で接客できるタクシー運転手の絶対数は、まだまだ微々たるものです。タクシードライバーは都内だけで約6万人いますが、英語で問題なくコミュニケーションが取れる乗務員は、おそらく300人前後でしょう。外国人のお客さまが、英語を話す運転手のタクシーに乗車する確率は、依然としてとても低いのです。その中で、 日本のタクシーならではのホスピタリティーを、そのままそっくり英語で提供できることが、自分の強み なのだと自負しています。
私もたまに海外旅行に行きますが、タクシーに乗ったとき、ドライバーがきちんとあいさつをして、丁寧にコース確認をするという国は、日本以外にありません。A 地点から B地点へ移動するにも、私たちはさまざまなコースをお客さまに提示できます。最短距離ならこのコース、お急ぎなら少し料金は高くなっても、高速道路を利用するこのコース、観光のお客さまには、 「少々遠回りですが、素晴らしい景色が見られるこのコースはいかがですか?」といったご案内 もします。それだけで、 外国からのお客さまは大感激 なのです。
新宿のホテルで乗車した家族連れのお客さまは、新宿駅までというご用命でした。大きな荷物をいくつも抱えた、文字通りの大移動です。聞けば、新宿駅から東京駅へ電車で出て、そこから地方に足を伸ばそうという計画のようです。
「お子さん連れでこの荷物を持って、電車で移動するのは大変ではありませんか?もしよければ、このまま直接東京駅までタクシーでいらっしゃると、だいぶ楽ですよ。料金は電車より少し高くてこのくらい、所要時間はこのくらいですが、どういたしましょう?」
私がそう 提案すると、「ぜひそうしてください!」と二つ返事で話が決まりました。その結果、お客さまには心から喜んでいただき、ドライバーとしてもより条件の良い仕事ができたのですから、 まさにwin-win。英語ができてよかったと思う瞬間が、日々の仕事を通してこうして積み重なっていくことを、私はうれしく感じています。
この動画は、中山哲成さんが2018年10月19日(金)に羽田空港国際線ターミナルビルTIATスカイホールで開催された第5回タクシー運転者「英語おもてなしコンテスト」の開催風景です。
中山哲成さんの本
タクシー乗務員。英語学習法の本『30歳高卒タクシードライバーがゼロから英語をマスターした方法』の著者。『PRESIDENT』、イギリス経済誌『The Economist 』など、多数のメディアで取り上げられ大注目。「タクシー接客英語コンテスト2018」最優秀賞受賞。
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