うるさい街をうたう/チャールズ・ディケンズ【英米小説翻訳講座】

英米小説翻訳講座

翻訳家の柴田元幸さんが、毎回一人、英米現代・古典の重要作家を選び、その小説の翻訳術を紹介します。まずは作家の特徴がよくわかる文章と、柴田翻訳の妙技をご堪能ください。

紹介する作家:チャールズ・ディケンズ

Charles Dickens

1812 年イングランド、ハンプシャー州生まれ。新聞記者をしながら執筆を開始。『オリヴァー・ツイスト』『クリスマス・キャロル』『二都物語』など、傑作を多く発表する。時代を超えて読み継がれるイギリスの国民的作家。1870年没。

『Bleak House』

London. Michaelmas Term lately over, and the Lord Chancellor sitting in Lincoln’s Inn Hall. Implacable November weather. As much mud in the streets, as if the waters had but newly retired from the face of the earth, and it would not be wonderful to meet a Megalosaurus, forty feet long or so, waddling like an elephantine lizard up Holborn Hill. Smoke lowering down from chimney-pots, making a soft black drizzle, with flakes of soot in it as big as fullgrown snowflakes — gone into mourning, one might imagine, for the death of the sun. Dogs, undistinguishable in mire. Horses, scarcely better; splashed to their very blinkers. Foot passengers, jostling one another’s umbrellas, in a general infection of ill-temper, and losing their foot-hold at street-corners, where tens of thousands of other foot passengers have been slipping and sliding since the day broke (if this day ever broke), adding new deposits to the crust upon crust of mud, sticking at those points tenaciously to the pavement, and accumulating at compound interest.

(Bleak House, Ch. 1, “In Chancery”)

ロンドン。秋学期も先日終わり、大法官はリンカン法曹院ホールで寛(くつろ)いでいる。容赦ない11 月の天候。街じゅうに泥が、あたかも海が地表から引いたのがごく最近であるかのように溢れ、体長10 メートルを優に越すメガロサウルスがホルボーン・ヒルを象大の蜥蜴(とかげ)の如くによたよた歩いているのに出くわしても不思議はあるまい。あちこちの煙突の通風管から煙が降りてきて、仄(ほの)かな黒い霧雨を降らせ、牡丹(ぼたん)雪ほどもある煤が交じっている―太陽の死を悼んで喪に服したのか。犬たちは泥濘(ぬかるみ)に埋まって判別がつかない。馬たちもさして変わらず、目隠しにまで泥が撥ねている。道行く人々の誰もに不機嫌が伝染し、彼らは傘で突(つつ)きあい、四つ角で足を掬すくわれるが、それらの四つ角では、夜が明けて以来(そもそも明けているかも怪しいが)これまで何千何万もの通行人が滑って転んでおり、外皮(そとかわ)の上にまた外皮が重なってゆく泥は、石畳にしっかと貼りついて、見る見る複利で増えてゆく。

(「マイナー・ムード」)

前回取り上げたスチュアート・ダイベックは、戦後のシカゴの下町を描かせれば天下一品だが、今回はヴィクトリア朝ロンドンの街を誰よりも生き生きと描いた作家である―言うまでもなく、チャールズ・ディケンズ。 産業革命が進行して、19 世紀なかばのロンドンはますます人口密度が増し、貧困、犯罪、疫病などが大きな社会問題となっていく。ディケンズはそうした負の側面から目をそむけず、貧しい人たちへの同情・共感も失うことなく、生気に満ちた文章でロンドンの街を活写した。講談のごとく、長篇のあちこちの章の書き出しで語られるロンドンの情景を読むのは、ディケンズ作品を読む上での大きな楽しみである。なかでも、この『荒涼館』(1852)冒頭で描かれる泥まみれの街は、もっとも有名なロンドン活写のひとつである。

描かれる人々は、疲れていたり、飢えていたりするかもしれないが、それを描くディケンズの文章には、つねに躁病的な活気がある。視覚、聴覚、嗅覚、触覚に訴えてとにかく騒々しい。

先日、「文学における音」をめぐる番組を制作中のBBC のラジオ・プロデューサーと話す機会があって、彼女から見ても、ディケンズの文章はやはり群を抜いて“noisy” だと言っていた。彼女は日本語の擬音語の豊かさに興味を持っていたのだが、喋っているうちにむしろ、日本文学における音がいかに沈黙にくるまれているか、という点に話は収斂していった―音が静寂の反対というよりは、音が静寂の特殊な一種であるかのように。「閑しずかさや岩にしみ入る蟬せみの声」「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」……。

ディケンズは逆である。たとえば次に挙げるのは、名作中の名作Our Mutual Friend(1864-65)の一節である― 

The City looked unpromising enough, as Bella made her way along its gritty streets. Most of its moneymills were slackening sail, or had left off grinding for the day. The master-millers had already departed, and the journeymen were departing. There was a jaded aspect on the business lanes and courts, and the very pavements had a weary appearance, confused by the tread of a million of feet. There must be hours of night to temper down the day’s distraction of  so feverish a place. As yet the worry of the newlystopped whirling and grinding on the part of the money-mills seemed to linger in the air, and the quiet was more like the prostration of a spent giant than the repose of one who was renewing his strength.

(Our Mutual Friend, Book III, Ch. 16, “The Feast of the Three Hobgoblins”)

砂利だらけの道をベラが歩いていくなか、街はいかにもパッとせぬ見栄えであった。金挽き場の大半はいまや帆を緩めつつあるか、もう今日の挽き仕事は終わりにしたかだった。金挽きの親方たちは既に立ち去り、職人たちも帰り支度をしている。商売が行なわれる横道や中庭は色褪せた様相を呈し、石畳までが無数の足に踏まれた混沌ゆえか疲れた様子を見せていた。かくも熱っぽい場の、昼間の騒乱を鎮めるには、何時間もの夜が必要であるに相違ない。回したり摺すったりが止んだばかりの金挽き場には、気苦労が未だ漂っているように思え、その静かさも、巨人が力を取り戻すべく休息しているというよりは、疲れはてて横たわっているという趣であった。

(『互いの友』第3 巻第16 章「小鬼3 人組の祝宴」)

ここでは音が静寂の一部であるのではない。静寂は音の一部である。静寂は音にくるまれている。身も蓋もない言い方をすれば、産業革命で街がうるさくなって、そのうるささをディケンズがいち早く捉えた、ということに尽きる。だが幸いその文章には、問題だらけ、欠陥だらけの都市への愛がみなぎっている。

柴田元幸さんの本

ぼくは翻訳についてこう考えています -柴田元幸の意見100-

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【音声DL有】新装版 柴田元幸ハイブ・リット

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文:柴田元幸

1954(昭和29)年、東京生まれ。米文学者、東京大学名誉教授、翻訳家。ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザー、レベッカ・ブラウン、ブライアン・エヴンソンなどアメリカ現代作家を精力的に翻訳。2005 年にはアメリカ文学の論文集『アメリカン・ナルシス』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞を、2010年には翻訳『メイスン&ディクスン(上)(下)』(トマス・ピンチョン著、新潮社)で日本翻訳文化賞を、また2017年には早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。文芸誌「MONKEY」(スイッチ・パブリッシング)の責任編集も務める。

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2019年1月号に掲載された記事を再編集したものです。

出典:Charles Dickens, Bleak House――, Our Mutual Friend
* いずれもPenguin Classics, Wordsworth Classics などさまざまな版がある。