Is I me , or who is I?/マーク・トウェイン【英米小説翻訳講座】

Is I me , or who is I?/マーク・トウェイン【英米小説翻訳講座】

翻訳家の柴田元幸さんが、毎回一人、英米現代・古典の重要作家を選び、その小説の翻訳術を紹介します。まずは作家の特徴がよくわかる文章と、柴田翻訳の妙技をご堪能ください。

紹介する作家:マーク・トウェイン

Mark Twain

1835 年アメリカ、ミズーリ州に生まれる。『王子と乞食』『トム・ソーヤーの冒険』『ハックルベリー・フィンの冒険』などの数多くの作品を発表し、19 世紀アメリカを代表する文学者となる。辛口のエッセイなどでも知られた。1910 年没。

『Roughing It, Ch. 46』(1872)

And then he went to Europe and traveled. And when he came back he was never tired of telling about the fine hogs he had seen in England, and the gorgeous sheep he had seen in Spain, and the fine cattle he had noticed in the vicinity of Rome. He was full of the wonders of the old world, and advised everybody to travel. He said a man never imagined what surprising things there were in the world till he had traveled.

(Roughing It, Ch. 46, 1872)

それから彼はヨーロッパに行って各地を回った。帰ってくると、英国で見た立派な豚、スペインで見た華麗な羊、ローマ近郊で目にとめた立派な牛のことを、いつまでも飽かずに語った。旧世界の驚異をめぐる話は尽きず、会う人みんなに旅行を勧めた。実際行ってみないことには、この世界にどんなびっくりさせられるものがあるか想像もつかんよ、と。

(『西部道中七難八苦』46 章)

『Adventures of Huckleberry Finn, Ch. 32』(1872)

When I got there it was all still and Sunday-like, and hot and sunshiny—the hands was gone to the fields; and there was them kind*1 of faint dronings of bugs and flies in the air that makes it seem so lonesome and like everybody’s dead and gone; and if a breeze fans along and quivers the leaves, it makes you feel mournful, because you feel like it’s spirits whispering—spirits that’s been dead ever so many years—and you always think they’re talking about you. As a general thing, it makes a body*2 wish he was dead, too, and done with it all.

*1 them kind: those kind(s)
*2 a body: a person; someone

(Adventures of Huckleberry Finn, Ch. 32, 1885)

そこへ着くと、なにもかもしずまりかえって日ようみたいだった。あつくて日がてって、人手はみんな畑に出ていて、虫やハエのぶーんていう、なんだかすごくさみしくて、みんな死んでいなくなっちまったみたいにおもえる音がかすかにきこえた。

これで風がそよいできて、葉っぱをゆすったりしようものなら、たまらなくものがなしい気もちになってしまう。亡れいが―もうずうっとむかしに死んだ亡れいが―ささやいてるみたいな気がして、これっておれのこと 話してるんじゃないか、っていつもおもってしまう。それでたいてい、ああもう死んじまいたい、さっさとおわってほしいっていう気になってくるんだ。

(『ハックルベリー・フィンの冒険』32 章)

マーク・トウェインはアメリカ英語の楽しさ、力強さ、そして独自の美しさを誰よりも体現した書き手である。言語の可能性を極限まで追求したアメリカ作家ということならウィリアム・フォークナーがいるが、まあ彼の場合はアメリカ英語というよりフォークナー語とでも言うほかない言語である(もちろんそれはそれですごいのだが)。

トウェインの英語の魅力のポイントは3 つある。ユーモア、叙情、口語の詩情である。スペースに限りがあるので、ここで挙げるのはそれらの最良の例というより、もっともコンパクトな例であることをお断りしておく。

最初に挙げたのは、トウェインの中では比較的単純な部類に属すユーモア。ヨーロッパへ行って、文化的なものを何も見てこなかった成金がまずは笑われている。とはいえ、トウェインの文章を少しでも読んでいれば、彼が文化的なものをありがたがる立場から語っているのではないことは明らかである。

実際、出世作The Innocents Abroad(1869)は、ヨーロッパ文明の価値を信じて疑わない精神をとことん笑いのめしている。この一節を読んで、ヨーロッパへ行って絵画も彫刻も鑑賞してこないなんて、と成金を笑うとすれば、そういう人もトウェインにこっそり笑われている。

叙情や口語の詩情を求めるには、やはり代表作『ハックルベリー・フィンの冒険』に目を向けねばならない(姉妹作『トム・ソーヤーの冒険』は出来合いの文章語をからかい半分に操って書いているので、その目的には不向き)。

『ハック・フィン』の叙情的なシーンと言えばミシシッピ川ののびやかな描写がまず挙げられるが、これは長く引用しないとよさが伝わらない。左に挙げた一節は短いながら、ハックの精神を浸しているメランコリーをよく伝えている。

口語の詩情ということでは、ハック自身の語りもむろん魅力的だが、最大の詩情は、標準英語から遠く離れた、逃亡奴隷ジムの言葉の中に見出される―

“Huck—Huck Finn, you look me in de eye; look me in de eye. Hain’t you ben gone away?”

“Gone away? Why what in the nation do you mean? I hain’t been gone anywheres. Where would I go to?”

Well, looky-here, boss, dey’s sumf’n wrong*, dey is. Is I me, or who is I? Is I heah, or whah is I? Now dat’s what I wants to know.”

*dey’s sumf’n wrong: there is something wrong

(Adventures of Huckleberry Finn, Ch. 15, 1885)

「ハック―ハック・フィン、おれの目をよぉく見てくれ。よぉく見てくれよ。あんた、どこへも行ってなかったかい?」「行ってた?いったいなんのはなしだい?おれ、どこにも行ってなんかいないよ。どこへ行くってんだい?」「なあ、いいかいボス、なんかがヘンなんだよ。おれはおれかね、じゃなけりゃおれだれだ? おれはここにいるのか、それともどこに? おしえてほしいもんだね」

(『ハックルベリー・フィンの冒険』15 章)

“Is I me, or who is I? Is I heah, or whah is I?” ―この一行に、『ハック・フィン』の、そしてマーク・トウェインの英語の魅力が凝縮されている。言うまでもなく、この魅力を翻訳する方法なんてどこにもない。ある種の魅力は、原文でないと伝わらないのだ。幸い『ハックルベリー・フィンの冒険』は、一部の魅力が翻訳で失われても、なお十分魅力的な作品である。

柴田元幸さんの本

ぼくは翻訳についてこう考えています -柴田元幸の意見100-

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  • 発売日: 2020/01/29
  • メディア: 単行本
 
【音声DL有】新装版 柴田元幸ハイブ・リット

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  • 作者: 
  • 出版社/メーカー: アルク
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  • メディア: 単行本
 

文:柴田元幸

1954(昭和29)年、東京生まれ。米文学者、東京大学名誉教授、翻訳家。ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザー、レベッカ・ブラウン、ブライアン・エヴンソンなどアメリカ現代作家を精力的に翻訳。2005 年にはアメリカ文学の論文集『アメリカン・ナルシス』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞を、2010年には翻訳『メイスン&ディクスン(上)(下)』(トマス・ピンチョン著、新潮社)で日本翻訳文化賞を、また2017年には早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。文芸誌「MONKEY」(スイッチ・パブリッシング)の責任編集も務める。

※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2017年8月号に掲載された記事を再編集したものです。

出典:Mark Twain, Roughing It (Signet, etc.) ――, Adventures of Huckleberry Finn (Penguin, etc.) ※まずは安価なペーパーバックで読めばいいと思うが、トウェイン独特の微妙な句読点などに関しもっとも信頼できるのはUniversity of California Press から出ている全集版“Mark Twain Library”。