多くの方の調べものに役立っているオンラインの大事典「ウィキペディア」。どうせ使うなら、その本当の姿をよく理解して使いたい――。今回からご登場いただくのは、次代のウィキペディア編集を担う若手のお一人、ユージン・オーマンディさん。日本以外でどんな活動が盛り上がっているのか、今回はマレーシアの様子をご紹介いただきます。
目次
マレーシアで盛り上がるエディタソン
マレーシアは現在、世界中のウィキペディアンから注目されています。なぜならこの国では、ウィキペディアなどの編集イベントが盛んに開催されている他、世界最高と名高いウィキメディアン、すなわちさまざまなウィキメディア・プロジェクトを使いこなす利用者が、少数言語の保存や国際交流といった多彩な活動に取り組んでいるからです。
今回の連載では、そんなマレーシアの豊かなウィキメディアの世界をご紹介します。
マレーシアでは、ウィキペディア等の編集イベント「エディタソン (edit + marathon)」が盛んに行われています。これらを開催するのは、ボランティアのウィキペディアンたちからなる「マレーシア利用者グループ」で、2023年には30以上のエディタソンを企画・運営しています。ちなみに当グループは、ウィキペディアを運営するウィキメディア財団による公認団体の1つで、マレーシア国内でも2020年にNGOとして認可されています。
マレーシアにおけるエディタソンの特徴は、さまざまな組織の協力を取り付けていることです。例えば、マレーシア国民大学、マラヤ大学、マレーシア国立サバ大学などの大学や、タンジュンアル図書館といった図書館、さらには在マレーシアウクライナ大使館や、ユネスコ、ASEANなどがエディタソンに協力しています。ウィキペディアの改善にこれらの公的機関が力を貸してくれるのは、非常に心強いですね。
世界を驚かせるウィキメディアン、タウフィク・ロスマン
そんなマレーシアには、世界的に著名なウィキメディアンがいます。その名はタウフィク・ロスマン。弱冠24歳の俊英です。タウフィクさんは2023年8月にウィキメディアン・オブ・ザ・イヤー2023に選出され、その名を世界にとどろかせました。
「ウィキメディアン」という言葉はなじみがないかもしれませんが、これはウィキメディア・プロジェクトに参加する人々を意味します。ウィキメディア・プロジェクトとは、ウィキメディア財団が運営するプロジェクト群のことで、ウィキペディアの他にも、ウィキメディア・コモンズやウィキソースなどが該当します。
タウフィクさんは、マレー語版ウィキペディアの管理者として活動する他、辞書プロジェクトであるウィクショナリー、メタデータを扱うウィキデータなどの編集に携わっています。また、タウフィクさんは先述の利用者グループの一員としてマレーシア各地でエディタソンを主催している他、グループの会計係も務めるなど、多方面で活躍しています。
ウィキ メディアで守る、多様な言語遺産
タウフィクさんがウィキメディアン・オブ・ザ・イヤー2023に選出された理由の一つは、ウィキメディア・プロジェクトを活用した少数言語の保存に尽力しているからです。
日本語ユーザーにはあまりなじみがないかもしれませんが、実はウィキメディア・プロジェクトは、少数言語の保存装置としてきわめて高い注目を集めています。というのも、これらのプロジェクトは言語ごとに展開されているため、少数言語で書かれた百科事典や辞典を容易に作成できるからです。このような保存活動は世界各地で展開されており、2014年にはWikitonguesというNPOが結成されました。
タウフィクさんは、特にウィクショナリーを活用した活動に積極的に取り組んでいます。ウィクショナリーとは、ウィキメディア財団が運営する辞書プロジェクトで、国語辞典、漢和辞典、英和辞典、独和辞典、類語辞典などを包括した多機能性を特徴としています。
例えば、日本語版ウィクショナリーで「rock」と検索すると、チェコ語、英語、フィンランド語における「rock」の意味やその類義語が表示されますし、「愛人」と検索すると、日本語、中国語、朝鮮語における意味・類義語が表示されます。紙の辞書をいくつも用意しないと得られない情報が一つのページにまとまっているのは、きわめて便利ですね。
タウフィクさんは、マレー語や、マレーシアにおける少数言語、さらには日本語などの外国語の項目をマレー語版ウィクショナリーに作成しており、ウィクショナリーをテーマとしたエディタソンも開催しています。さらには、マレーシア東部で使用されている中央ドゥスン語の保存に取り組む学生ウィキメディアンたちが結成した、ケント・ウィキ・クラブのサポートにも取り組むなど、幅広く活躍しています。
これらの活動は高く評価されており、2023年にはユネスコ・ジャカルタがタウフィクさんのエディタソンを後援しています(ユネスコ・ジャカルタの所在地はインドネシアですが、マレーシアの活動もカバーしています)。
国境を越えるウィキメディアの力
タウフィクさんをはじめとするマレーシアのウィキメディアンは、海外との交流も盛んに行なっています。具体的には、東アジア、東南アジア、環太平洋地域のウィキメディアンが集うグループESEAPに積極的にコミットしている他、ベルリンで開催されるウィキメディア・サミット、さらには、年に1度開催されるお祭りウィキマニアにも参加しています。
また、最近は日本との交流も精力的に行っており、2023年9月にはウィキメディア日本マレーシア友好会というプロジェクトを立ち上げています。このプロジェクトの下、2023年12月には東京外国語大学とマレーシア国際イスラーム大学でエディタソンが同時開催されたのですが、このイベントは日本ASEAN友好50周年事業の一つとして認定され、在マレーシア日本大使館とウィキメディア財団の後援を得ました。
なお、国際イベントに参加したマレーシアのウィキメディアンたちは丁寧なレポートを作成しており、これらは利用者グループのページにまとめられています。読み物としても面白いのですが、ウィキメディアの歴史や個人史を示した一次資料としても大変貴重ですので、興味のある方はぜひ読んでみてください。
また、タウフィクさんもウィキメディアン・オブ・ザ・イヤー2023として、マレーシア内外のさまざまなメディアの取材を受けています。特にBBCのポッドキャストに出演した際には、「お金も出ないのに、なぜウィキペディアを編集するのか」という質問に対し「私の国や言語について、そして知識を記録することができるから」と回答し、ウィキメディアンたちから賞賛されました。
まとめ
今回は、マレーシアにおける盛んなエディタソンや、世界的に評価の高いタウフィク・ロスマンさんについて紹介したのち、ウィキメディア・プロジェクトを活用した言語保存や国際交流について概観しました。
次回は、トルコにおけるウィキメディアの動向を紹介します。政府によるウィキペディアのアクセス禁止措置や、アクセス解禁後の隆盛について取り上げる予定です。どうぞお楽しみに。
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