「多文化都市」と呼ばれるイギリスの首都ロンドン。この街で20年以上暮らすライターの宮田華子さんによる、日々の雑感や発見をリアルに語る連載「LONDON STORIES」。いよいよ12月に入り、街中もクリスマスの空気に彩られてきたところ、ロンドンのクリスマスもちょっとのぞいてみませんか。
帰省ラッシュのクリスマス
今年はそこそこ暑い夏だったが、9月に入ってからは半袖でいられないほど寒くなり、あっと言う間に秋になった。バンクホリデー(祝日)の少ないイギリスでは、本来ならば8月最後の月曜日がクリスマス前の最後の祝日だ(今年はエリザベス女王の死去により、9月19日が休日となった)。この原稿を書いているのは9月半ばだが、昨日わが家に来た電気技師さんが「12月まで休みがない。早くクリスマスが来ないかなあ」と言っていた。短い秋から冬にかけて、こんな会話を何度もするだろう。このように、年末までの3カ月は全てがクリスマスに向けて動くのがイギリスの秋冬だ。
ロンドンに暮らして約2年、そのうち数回は年末年始に日本に一時帰国したが、おおむねクリスマス時期はロンドンで過ごしている。全てのクリスマスに楽しい思い出があるが、特に心に残っているクリスマスについて書いてみたい。
来英したのは秋だったので、生活に慣れる前にクリスマスがやって来た。当時の私は、クリスマス前に民族大移動的「帰省ラッシュ」があり、ロンドン中がもぬけの殻になることも、12月24日の夜から26日の午前中まで公共交通機関が停止することも、ショップが全て閉店することも知らない、ぼんやりした初心者留学生だった。
そんな私を心配してくれたのは、留学生仲間のブラジル人、レジーナとクリスティーナだった。クリスマスに、ブラジル人6人でシェアしている家に私を招いてくれたのだ。「24日、電車が止まるまでに必ず来てね」「26日朝まで家ごもりだから2泊できるように用意してきて」「食べ物はたっぷりあるから持参不要」と説明され、18時半着を目指して彼らの家に向かった。
既に帰省ラッシュが終わったロンドンの街中は閑散としつつあり、初めて見る「人けのないロンドン」に驚いたものだった。彼らの家に着くと、6人は調理の真っただ中。「イギリスのクリスマス風にローストターキー(七面鳥の丸焼き)を仕込んであるけど、ブラジル料理もたっぷり作るわ。パネトーネ(イタリア発祥でブラジルのクリスマス定番の焼き菓子)もたくさん買ってあるの」。そこから2日間、食べて飲んでおしゃべりして本当に楽しく過ごした。と同時に、何も知らないまま誰もいないフラット(アパート)に取り残され、食べ物も買いに行けず、たった一人で2日間を過ごしたかもしれないことを考えるとぞっとした。
「ブラジルもクリスマスは実家で過ごすもの。一時帰国できないのは寂しいけど、でもこうやって集まるとファミリーみたいでしょ?」とレジーナ。そしてクリスティーナも「ハナコもここをファミリーホームだと思ってこれからも遊びに来てね」と言ってくれ、私は不覚にも泣きそうになってしまった。遠い国で家族が近くにいない心細さを実感すると同時に、こうやって人の優しさや情で救われるうれしさを、ロンドンで過ごす初めてのクリスマスに知ったのだった。
スパイシー・クリスマスディナー
昨年のクリスマスも思い出深い。コロナ禍の2年間、家族への感染を配慮して帰省を見送った若い世代は多かったが、友人のイギリス人カップル、アナとジャクソンも病気がちの祖父母を気遣い帰省しなかった。そして帰省の代わりに私と夫(日本人)をクリスマスに招いてくれた。
家には大きなツリーが飾られ、ディナーテーブルにはキャンドル、クリスマスカラーのナプキン、そして金色のコンフェティ(小さな紙飾り)で美しく整えられていた。そんなイギリスらしい設いの中、ベジタリアンの2人が用意してくれたのはカレーをメインにした「スパイシー・クリスマスディナー」だった。香辛料を巻き込んだペストリーや手製のカナッペなどのオードブルに、メインは豆や野菜のカレー3種。ナンやライス、付け合わせ野菜もたっぷり。デザートはイギリス伝統のクリスマスプディングにアイスクリームなど数種。おなかがはち切れそうになった。
アナの家族はベジタリアンではないので、実家ではターキー中心のクリスマスディナーを楽しんでいるそうだが、「でも最近は、こういうエスニック料理をクリスマスに取り入れる家庭も多いのよ」とのこと。なるほど、確かに。2日間かけてごちそう尽くしのクリスマスだけに、定番から「味変」された料理もあるとさらに食が進みそうだ。
楽しい食事中、ジャクソンが印象的なことを語り始めた。「実家に帰らないクリスマスを2年連続で経験して、おばあちゃんに会えないのは寂しいなって思う。でもこうやってクリスマスディナーを囲むと、『ファミリー』って思える。来てくれてありがとう。2人とも僕らのファミリーだよ」。彼はさらりと言ったけれど、身に余る光栄な言葉で本当にうれしかった。
一人でロンドンにやって来て、この地で小さな家族をつくったけれど、帰る実家がこの国にないことには変わりない。イギリス生活は何かと厳しいけれど、でもこうした温かな友情に守られ、癒やされ、励まされ、なんとか一年を終えることができている。皆さまも良いお年をお迎えください。そして来きたるべき2023年が楽しい年となりますように!
Season’s Greetings and wishing you a Wonderful Holiday!
写真:宮田華子 トップ写真:EEDESIGN MEDIA LLC/Adobe Stock
※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2022年11月号に掲載した記事を再編集したものです。
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