「多文化都市」と呼ばれるイギリスの首都ロンドン。この街で20年以上暮らすライターの宮田華子さんによる、日々の雑感や発見をリアルに語る連載「LONDON STORIES」。今回は、ロンドンの街に欠かせない存在「タクシー」について語ります。
4種類のタクシーが存在するロンドンの街
原稿に添える「ザ・ロンドン」的な写真が必要なとき、レンガの街並みに加え、必ず赤い2階建てバスか黒いロンドンタクシーが写り込んだショットを撮影するようにしている。
ボンネット部分が大きく、山高帽に似た形がかわいらしいロンドンタクシーはイギリスで「Black Cab(ブラックキャブ)」と呼ばれ、ロンドンの象徴の一つとして愛されている。
しかし生活者としてこの街で生きていると、ブラックキャブに乗る機会はそれほど多くない。タクシーに乗る機会がないわけではないのだが、にもかかわらずブラックキャブに乗るのが年1回程度なのは、ロンドンには大きく分けて4種類のタクシーが存在し、用途に応じて使い分けているからなのだ。
少し過去にさかのぼってみると、10年ほど前までロンドンには「ブラックキャブ」「ラジオタクシー」「ミニキャブ」の3種類のタクシーが存在した。
ブラックキャブはロンドン中心部を流している。道端で手を挙げて乗車し、料金はメーター式だ。ラジオタクシーは、タクシー会社に電話をして呼ぶタイプのタクシー。会社ロゴ入りの車が使われており、6人程度まで乗車できる大きめの車が多い。
「ラジオ」は「radio wave(タクシー用無線)」が使われることからのネーミングだ。日本のタクシーと似ているが、街中を流していない点と、料金は予約時に距離を換算してあらかじめ知らされる点が異なる。
ミニキャブはロンドン交通局の許可を得た車両を使用し、特別なドライバー免許を取得している人のみ営業できる正規のタクシーだが、ドライバー個人が所有している車を使用している。予約の際に料金も分かるのでラジオタクシーと似ているが、車体のランクが下がるため値段はラジオタクシーよりもやや控えめ。
タクシー業界を揺るがしたUberの登場
ブラックキャブは中心部で移動の際に使い、社用やお客さま用にはラジオタクシーを使い、普段使いにはミニキャブを使用する……というすみ分けもできていた。
そこに突然登場したのが第4のタクシー、アプリで呼ぶ「Uber」だ。ロンドンにUber が上陸したのは2012年。ロンドン五輪のタイミングでアメリカから進出してきた。その後瞬く間にイギリス全土に広まった。日本でも都市部ではアプリで呼ぶタクシーが定着してきたと聞いているが、10年前、Uber はロンドンだけでなくイギリス全体のタクシー界の風景を変えてしまうほどの革命だった。
飛びついたのはアプリ世代である若者層だ。「電話する→値段交渉→待つ」という手間をスマホ内で完結させられる手軽さ、ミニキャブレベルかそれ以下という安価も功を奏し、パーティーやクラブ帰りの深夜に利用するようになったのだ。それまでどんなに遅くなっても深夜バスを乗り継いで帰宅していた大学生がUberの利用にちゅうちょがなかったのは、「スマホで簡単」の成せる業なのかもしれない。
しかしそんなUberに事件が起こった。2019年11月、ロンドン交通局が「Uber は乗客の安全を確保していない」ことを理由に、ロンドンでの営業ライセンスを更新しないと発表したからだ。
Uber側が訴えたため法廷バトルが繰り広げられることとなったのだが、裁判中も人々がUberの利用を控える様子はなく、若者たちは「Uberがなくなったら困るなあ」とUber寄りの発言をし続けていた。
結果、Uber が業務形態を改善することを条件に交通局が営業ライセンスを更新。現在もUberは健在だが、同業他社が次々に参入しているので、Uberの独占市場ではなくなっている。また他の3 種類のタクシーも既にアプリで呼べるようになっているので、現在タクシー市場はさらに厳しいバトルを繰り広げている。
維持費に耐えかね自家用車を手放す人たち
そんな中、新たな現象も出てきている。ロンドンにはCO2削減のため交通税があり、今年はガソリン代も高騰中だ。自家用車の維持費の高さに耐えかね、「これだけ簡単にタクシーが呼べるようになったのだから」と思い切って自家用車を手放す人が増えているという。コロナ禍で外出ができなかった時期に決断した人が多く、不要になった自宅前の駐車スペースを小さな緑化地帯にするのもひそかなブームだ。この流れはガーデニング好きのイギリス人に大いに歓迎されている。
実は、私は車の運転免許を持っていない。郊外の大型スーパーやIKEAなどに行きたいとき、「運転できたらなあ」と常々思っていた。しかし先日、近所に住む若い友人に「そんなのタクシーシェアをすればいいだけじゃない!」と言われ、目からうろこだった。「一緒に乗り合えばバスで行くより安いしエコでしょ。いつでも声掛けて」――なるほど。タクシーでスーパーに行くなんてぜいたく過ぎる気がしていたが、これが新時代のタクシーとの付き合い方なのかもしれない。
この2年、タクシー業界がどれだけ大変だったのかを考えると胸が痛いが、やっと街に観光客が戻り、人々が自由に外出できるようになった。車との付き合い方が変わりつつある現在、今こそ4種類のタクシーがそれぞれの良さを発揮できるときなのかもしれない。これまで以上に便利な「ロンドンの足」として活躍してほしい。
トップ写真:ink drop/Adobe Stock
※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2022年9月号に掲載した記事を再編集したものです。
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