ENGLISH JOURNAL ONLINE

人気の米アニメ『サウスパーク』を通じて考える「ポリティカル・コレクトネス」

アニメ・マンガで英語学習

アメリカの人気コメディ・アニメ『サウスパーク』は、実はアメリカ社会を深く知り、考えるのにとても適した作品です。今回はそんな『サウスパーク』のエピソードから、「ポリティカル・コレクトネス」について考えていきましょう。

コロラド州の小さな街サウスパークを舞台に主人公の少年4人と周りの大人たちが騒動を巻き起こすコメディ・アニメである『サウスパーク』(South Park)*1を、皆さんはご存じでしょうか?過激な描写、痛烈な社会風刺、ブラックジョークが特徴として知られる『サウスパーク』は「カワイイ見た目でどぎつい内容」が売りのアメリカのアニメです。

「笑い」と「表現の自由」を武器に、人種、性、階級、国籍、宗教、政治、文化など、どんな領域にもタブーなしで切り込み、あらゆる人間を敵に回してきた歴史を持つ『サウスパーク』なので、その悪評を耳にしている人も少なくないかもしれませんが、実は世界中にファンがいる大人気アニメです。

そんなアニメ界の恐るべき子どもたる『サウスパーク』ですが、実は英語学習やアメリカ文化に興味がある人に特にお薦めです。『サウスパーク』の笑いはバカバカしいというだけではなく、ストーリーの背景を踏まえると、社会的な問題について考えさせられるような物語ばかりなのです。

『サウスパーク』で考える「ポリティカル・コレクトネス」

例えば、『サウスパーク』のシーズン11のエピソード“With Apologies to Jesse Jackson”(2007年3月7日放送)のテーマは、『The Ultimate South Park and Philosophy』の中でRobert Arpも指摘しているように、「ポリティカル・コレクトネス(political correctness)」です*2

『サウスパーク』公式サイトでこのエピソード"With Apologies to Jesse Jackson"を見る

英語学習者であれば「ポリティカル・コレクトネス」という言葉を一度ならず聞いたことがあると思います。“chairman”を“chairperson”に、“stewardess”を“flight attendant”に言い換えるなど、言葉の上に含意される意図しない偏見や差別を是正するための運動のことです。

特にアメリカにおいて「ポリティカル・コレクトネス」といえば、伝統的な価値観や文化が西欧・白人・男性の基準に偏っていたことを反省し、社会的マイノリティを傷つける言動を社会から排除し、人種・宗教・性別などの違いによる偏見・差別を含まない、中立的な表現や言葉を用いようとする運動のことを指します*3

With Apologies to Jesse Jackson”は、主人公のスタン・マーシュの父親であるランディ・マーシュが、「Wheel of Fortune」というアメリカの人気クイズ番組に出演しているシーンから始まります。ランディの家族は客席から、サウスパークに住む友人たちはテレビの前から、彼の健闘ぶりを見守っています。

『サウスパーク』公式サイトでこのシーン"You Can't Say That on Television"を見る

3万ドル獲得のチャンスがあるボーナスラウンド「言葉当てゲーム」に挑戦しているランディ。アルファベット26文字のうち、あらかじめパネル上でオープンになっている5文字と、解答者が新たに指定してオープンにできる4文字(子音3文字+母音1文字)を頼りに、答えとなる「フレーズ」を推理し解答するというクイズです。ランディには「R、T、S、L、E」の文字が与えられており、彼はさらに「B、N、G、O」を指定します。

“People Who Annoy You“というヒントに基づいて解答すべきフレーズは「N_GGERS」。解答を躊躇(ちゅうちょ)するランディですが、残り時間が5秒しかないことに焦り、なんと全国テレビの生放送で人種差別用語である「Nワード」を叫んでしまいます。この事態には、司会者はもちろん、家族や友人もショックを隠しきれません。

クイズの正解は「Naggers(絶えず人のあら探しをしてうるさい人)」。ランディは差別的な意図はなかったと弁解しようとしますが、明らかにこれは大失態です。

レイシストではないけれど・・・

父親の失態を恥ずかしく感じた息子のスタンは、次の日、クラスで唯一の黒人児童であるトークンに、ランディがテレビの生放送で「Nワード」を叫んでしまったことについて釈明しようと試みます。「父親はレイシストではないんだ」と説明するスタンと、それに応答するトークンとの論争の擦れ違いに、言葉が抱えている差別の問題の難しさが表れています。

『サウスパーク』公式サイトでこのシーン「RACE WAR!」を見る

Stan: Hey Token. Look, I don't know if you saw Wheel of Fortune last night, but- *4

なぁトークンちょっと、昨夜のWheel of Fortuneを見たかもしれないけど・・・

Token: Yeah, I was watching with my whole family. And then we saw all the replays this morning on the news.

あぁそのことか、昨夜、家族皆と一緒に見てたよ。今朝もニュースで見た。

Stan: Listen, Token, my dad isn't a racist. He's just stupid, all right? He just blurted out the N-word, and it's no big deal, OK?

トークン、聞いてくれ。俺の親父はレイシストではないんだ。ただのバカなんだよ。うっかり「Nワード」を口走ってしまっただけで、大したことではないんだ。

Token: Uh, well, actually it is kind of a big deal, Stan. It may be a mistake, but you don't understand how it feels when that word comes up. So don't say it isn't a big deal.

ああ、なんていうか、現実にはそれは「大したこと」なんだよ、スタン。うっかりだったとしてもね。その言葉が現れた時に、どんな気持ちがするかなんてスタンはわからないだろ?大したことではないなんて言うなよ。

Stan: Token, my dad wasn't trying to be offensive. Just forget about it.

トークン、親父は侮辱するつもりはなかったんだ。忘れてくれ。

Token: That's easy for you to say, Stan.

言うのは簡単だよ、スタン。

Stan: Yeah, but he didn't say it in anger or anything like that.

そうだけど、でも親父は怒ってそれを言ったとかそういうのじゃないんだぜ。

Token: That doesn't mean I can just be fine. If you really think it's not a big deal, then you really are ignorant. That's all. I'm not fighting anybody. [turns left and walks away]

だからって大丈夫だという話にはならないだろ。もし大したことないって本当に思うんだったら、それは君がただ無知だからってだけだよ。それでおしまい。僕は誰とも喧嘩(けんか)するつもりはないんだ。[振り返って立ち去る]

ランディの性格をある程度知る視聴者ならば、スタンの言い分に共感できる部分はあると思います。ランディは事実、どこかマヌケでしばしば愚かな行動をする人物ではあるものの、ビールとロックンロールを愛するリベラルな民主党支持者であって、決して人のことを差別するようなタイプのキャラクターではないのです。「俺の親父はレイシストではないんだ」というセリフでスタンは、うそ偽りのない本当のことを言っているのです。

しかし、ランディの失態を「大したことではないなんて言うな」と冷静に反論するトークンもまったくの正論です。「親父はうっかりNワードを口走っただけだ」というスタンの言い訳は、当事者意識があるトークンからすれば子供じみた言い訳です。大切な部分は譲歩せず、スタンを諭すようにして反論するトークンは立派です。スタンとトークンどちらの言い分も理解できるだけに、ここでの擦れ違いの緊張感は増していきます。

ジェシー・ジャクソンの“Kiss my ass!”

このような「Nワード」をめぐる擦れ違いは、別のシーンにも現れます。例えば、ランディが自分の失態の許しを請うために、公民権運動の指導者として知られるジェシー・ジャクソンを訪ねるシーンがそれです。

『サウスパーク』公式サイトでこのシーン「Go Ahead, Apologize」を見る

Jackson: Mr. Marsh, you need to take time to understand African-American culture, visit black museums, see black performers and artists.

マーシュさん、あなたはアフリカ系アメリカ人の文化を理解するために少し時間をかける必要がありますね。黒人博物館を訪れたり、黒人のパフォーマーやアーティストを見たりだとか。

Randy: Oh! Ah I will! I'm really down with [making sure he gets it right] African-Americans.

ああ、しますとも![理解があることを表して]アフリカ系アメリカ人の文化は本当にいいと思います。

Jackson: [thinks a moment] Do you really want to apologize? Are you sure?

[少し考えて]本当に謝る気があるのですか?本当に?

Randy: Y-Yes, absolutely.

は、はい、もちろんです。

Jackson: [long exhale] Very well. If you want to apologize, I will accept. [rises from his chair and approaches Randy]

[長い息を吐いて]いいでしょう。あなたが謝罪したいというのなら、私はそれを認めます。[椅子を立ってランディに近づいていく]

Randy: Hahh, thank you, Mr. Jackson, thank you.

おお、ありがとうございます。ジャクソンさん。ありがとう。

Jackson: Brian, get a picture of Mr. Marsh apologizing. [takes off his coat, rolls up his shirt sleeves...]

ブライアン、マーシュさんが謝罪するところを写真に撮るように。[コートを脱いで、シャツの袖をまくり上げる・・・]

Brian: [with camera] Ready to go, sir.

[カメラを持って]準備はできています。

Jackson: [...unzips and drops his pants, then drops his briefs and sticks his ass out at Randy] Kiss it.

[・・・ズボンのチャックを開けてパンツを下ろし、ブリーフを下ろしてランディに向かってお尻を突き出す]キスしろ。

Randy: Huh?

え?

Jackson: Apologize. Kiss it.

謝罪だよ。キスしろ

Randy: You want me to kiss your-

キスするんですか、あなたの、その・・・

Jackson: That’s right. Apologize.

そのとおり、謝罪だ。

Randy: Agh, oh, OK. I'll ahh... [genuflects] Let's see here uh...

おお、わかりました。(ひざまずいて)しますとも・・・

ランディの謝罪を受け入れてくれるかと思いきや、突然ジャクソンがお尻を出して「キスしろ」と迫るシーン。この裏にあるジョークの意味が理解できましたか?

“Kiss my ass!”は直訳すると「私の尻にキスをしろ!」という意味になりますが、通常は「くそくらえ!」とか「ふざけるな!」とか、相手を罵倒する際に使われる言葉です。ジャクソンは、一見すると紳士的な振る舞いで、ランディの謝罪を受け入れるかのように見えますが、本当は心の中で「ふざけるな!」と怒っていると解釈できます。アニメではジャクソンにあえて冷静なトーンで“Kiss my ass”と言わせることで、ランディに文字どおり「尻にキス」をさせてしまうジョークへと昇華されているのですね。

謝罪をしたとしても、内心は根に持っていて許せてもらえないということはありがちです。ランディは謝罪をすれば、ジャクソンが簡単に許してくれるだろうと、「Nワード」の問題をどこか簡単に捉えてしまっています。“I’m really down with African Americans.”という言い回しも、どこか相手に調子よく同調しているだけのように空疎に響きます*5

しかし、現実はランディが考えているように甘くはありません。問題の深刻さを理解していないランディに、本当はジャクソンは「ふざけるな!」と怒っている。先に見たスタンとトークンの間の論争と似たすれ違いを、ここでも確認することができます。

ちなみに、このエピソードのタイトルにも現れるジェシー・ジャクソンは、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアとも深い親交を持った人物であり、1980年代にアメリカで黒人の呼称を“African American”へと統一するキャンペーンを展開した中心人物として知られています。

15世紀半ばから始まるアフリカ奴隷貿易に従事したポルトガル人やスペイン人は、アフリカ人奴隷のことを“Negro”と呼んできました。この言葉は「黒い」を意味するラテン語の“niger”に由来する言葉です。それ以来、数世紀にもわたって、アメリカ黒人は侮辱的な意味合いをこめて“Negro”や“Colored”と呼ばれてきた歴史があります。

1960年代に最高揚期を迎えた公民権運動の過程で、黒人自身が誇りを持って“Black“と称するようになると、日常会話はもとより、新聞や書物などの印刷物でも“Negro”に代わって、“Black”が広く使われるようになります。またジャクソンが広めた“African American”という呼称は、よりフォーマルな場面などで使用することが好まれています*6

そして現代では、「Nワード」は差別的な含意が重くのしかかる言葉であるために、黒人以外は決して使ってはいけません。このことは英語圏では広く常識として認知されています。

寛容のパラドックス

なんとかジャクソンに謝罪することに成功したランディですが、この事態を軽く見ていたために痛い目を見ます。

『サウスパーク』公式サイトでこのシーン「Birth of "N-Word Guy"」を見る

街のクラブでスタンダップ・コメディショーを見に行く機会があったランディ。そこで壇上から、クリス・ロック似*7のコメディアンに“Hey, N****r-Guy“と声を掛けられて、テレビ放送での失態をからかわれてしまうのです。すると、この出来事以降、作品の中で街の誰もがランディのことを“N****r-Guy“と呼んで笑うようになってしまうのです。さらに悪いことに、人々のあざけりは徐々に軽蔑へと変わり、ランディは皆から冷たい目で見られるようになってしまいます。

そんなランディはさらに、白人男性3人にライフルで襲撃され、追い回されるひどい目にも遭います*8。ここまでくると“N****r-Guy“も冗談ではまったく済まされなくなってきます。ランディをライフルで脅す“Yeah, you like making fun of minorities, N****r-Guy? We don’t take kindly to social ignorance.”というセリフはかなり皮肉が効いています。

『サウスパーク』公式サイトでこのシーン「Tolerant Rednecks」を見る

このシーンは、いわゆる「寛容のパラドックス(paradox of tolerance)」の考え方が下敷きとなっていそうです。哲学者のカール・ポパーが『開かれた社会とその敵』(1945年)という著作で定義したパラドクスで、「無制限の寛容は、寛容の消滅につながるに違いない。もし我々が不寛容な人々に対しても無制限の寛容を広げるならば、もし我々に不寛容の脅威から寛容な社会を守る覚悟ができていなければ、寛容な人々は滅ぼされ、その寛容も彼らとともに滅ぼされるだろう」という内容です*9

ここからポパーは、「もし必要ならば、たとえ力によってでも、不寛容な人々を抑制する権利を我々は要求すべきだ」という主張展開するのですが、この男たちはポパーの思想のこの部分だけを切り取って曲解したのでしょう。“We want to live in a world without people like you who are intolerant of African Americans.”と言って、ライフルでランディを打ち殺そうとします。「自分たちの考え方と相いれないやつは殺す」という考え方ほど、「寛容」の精神から遠い思想はないでしょう。アフリカ系アメリカ人への寛容を求めていたはずの彼らが、別の場面では寛容であるどころか徹底的に不寛容な人間へと倒錯してしまうというブラックなジョークです。

男たちは、ポパーの「寛容のパラドックス」が伝えようとしている重要なポイントを見落としていると言えます。本来「寛容のパラドックス」において重要なのは、「もしある者が不寛容な人々に不寛容であれば、その者は完全に寛容だということにはならないし、他方で、もしある者が不寛容な人々に寛容であり、そのことが彼らの計画の実行を手助けするならば、その者はいや応なしに不寛容に貢献したことになる」という、このディレンマそのもののはずだからです。

言い換えれば、「常に寛容であることは、概念的にも実践的にも不可能だ」ということをむしろ「寛容」の本質であると捉えて、それでもなお「不寛容」の落とし穴へと落下しないように、バランスを取って努力していくことこそが「寛容」の考え方にとって重要なことなのです。

「わかり合えないということをわかり合う」

ランディはうっかり「Nワード」を発言してしまったことで、この「寛容」のバランスを崩し、不用意にも「不寛容」の落とし穴へと落下したのです。いったんバランスを崩してしまえば、元に戻るのは大変です。スタンとランディは当初「謝ったら許してもらえる」と、この問題を軽く考えていましたが、物語が進むにつれて、現実はそうではないことに気が付きます。

「Nワード」をめぐる擦れ違いは、このまま平行線をたどるのでしょうか?実はそうではありません。物語の結末へ向けて、ランディはさらに愚かな道を、スタンは和解への道を歩むことになります。

ライフルによる襲撃を受けたランディは、その後、“N****r-Guy”という言葉の禁止を訴える演説をするために、ワシントンD.C.へと向かいます。結果として、なんとランディの訴えは上院議員16人(白人15人:黒人1人)の決議の末、賛成15、反対1で可決。「"N****r"と"Guy"という言葉は7単語以上離さなければならず、これを破った者は起訴される」という、とんでもない法律が可決されます。以下がその時のランディの演説です。あまりにも自分のことを棚に上げており、笑わずにはいられません。

『サウスパーク』公式サイトでこのシーン「Randy Goes to Washington」を見る

Senators, I know it is not normally considered "American" to ban words. But there is one slur that has caused so much damage that we believe it should finally be made illegal. I'm talking, of course, about the term "ni**er guy". Two words which by themselves can be harmless but which together... form a verbal missile of hate. Oh sure. Some people just use the term in jest - tell a ni**er guy joke or two thinking it's no big deal - but they don't realize it can lead to people using the term as an excuse for violence.

上院議員の皆さん、言葉の使用を禁止することは通常「アメリカ的」とは考えられないということは承知しております。しかし、あまりにも被害が大きく、ついに違法化すべきだと考えている中傷があります。もちろん、N****r-Guyのことです。この2つの言葉は、単独では無害ですが、一緒になると憎悪の言葉のミサイルとなります。この言葉を冗談で使っている人もいるでしょう。N****r-Guyのジョークを言ったりしても、大したことではないと考えている人もいるでしょう。しかし、それが暴力の口実になっていることに、人は気が付いていないのです。

この演説はもちろん、「Nワード」が使用されてはいけない理由としてしばしば言及されるポイントを、ランディがそのまま“N****r-Guy”へと転用してしまっているというジョークです。この演説の中に、自分が「Nワード」を使用したことへの反省は見られません。他者の気持ちは顧みないのに、自分のためとなると大騒ぎするランディの行動は明らかに愚かです。

賞金欲しさに「Nワード」を発言してしまったランディの問題点は、そもそも黒人という他者と同じ社会を生きているという意識が足りないことでしょう。そんなランディが普段「Nワード」を使わないのは、きっと「自分が面倒に巻き込まれないため」であって、黒人をリスペクトしてのことではないのです。差別的な言葉を使ってはいけない理由を、まるで「炎上対策」のように考えることは間違っています。自分が生きる社会の中には、自分と違う価値観や歴史をもつ他者が生きているという事実を、尊重することが重要なのです。

ランディの息子のスタンはどうでしょうか?トークンとの口論の末、擦れ違いながらも、彼らが和解できたのは、スタンはこれまでトークンの気持ちについて理解できていなかったことを素直に反省し、たとえわかり合えなくとも、それでもなおトークンの気持ちをきちんと尊重できたからです。物語のラストは以下のように締めくくられます。

Stan: Token, I get it now. I don't get it. I've been trying to say that I understand how you feel, but, I'll never understand. I'll never really get how it feels for a black person to have somebody use the N word. I don't get it.

トークン、やっとわかったんだ。僕はわからないんだ。トークンがどんなふうに感じるのかを理解しているなんて言ってきたけど、「Nワード」を誰かが使った時に、黒人がどんなふうに感じるかなんて、僕にはわかりっこないんだ。

Token: Now you get it, Stan. [smiles]

スタン、やっとわかってくれたみたいだね。[笑顔になる]

Stan: [smiles] Yeah. I totally don't get it.

[笑顔で]うん、全然わかってないよ!

Token: Thanks, dude.

ありがとな。

思わずクスッと笑ってしまうやりとりですが、「寛容」という考え方にとって「わかり合えないということをわかり合う」というのは非常に重要な考え方ではないでしょうか。無理にわかったふりをしていると、何かがあった時に「なぜ自分と同じように考えないのだ!」とついつい他者を責めてしまいがちです。しかし、『サウスパーク』のこのエピソードは、他者を尊重するための前向きな「わかり合えなさ」を肯定することを教えてくれているような気がします。

「ポリティカル・コレクトネス」を大切にする社会とは、きっと「わかり合えないということをわかり合う」社会ではないでしょうか?社会には多様な背景を持つ人々が共に暮らしており、その中には「わかり合えない」人もきっといる。そうであるならば、自分とはわかり合えない他者の存在を尊重するためにこそ、言葉で人を傷つけないように日頃から気を使う必要があるのだと思います。

こちらの記事もおすすめ!

ej.alc.co.jp

ej.alc.co.jp

ej.alc.co.jp

特集「アニメで英語を学ぶ理由。」をEJ8月号でチェック!

*1:過去に放送された『サウスパーク』のエピソードは、公式ホームページですべて見ることができる。

*2:Robert Arp, “The Ultimate South Park and Philosophy: Respect My Philosophah!”, Wiley, 2013.

*3:川口喬一、岡本靖正編『最新 文学批評用語辞典』、研究社、1998年。

*4:この記事のスクリプトは、South Park Archivesの"With Apologies to Jesse Jackson/Script"に準拠している。

*5:俗語でbe down withは「~に賛成である」という意味。I'm down with whatever=「(あなたが決定・選択することに)何でも賛成ですよ」という形で使われることが多い。ランディの発言“I’m really down with African Americans.”の場合も、どこか主体性が感じられないニュアンスが響いているように思われる。このことは、次の部分でジャクソンが“Are you sure?”と念押ししていることからも伺える。

*6:本田創造『アメリカ黒人の歴史』、岩波書店、1991年。

*7:1965生まれの俳優、コメディアン。90年からTV番組「サタデー・ナイト・ライブ」のレギュラー務めた後、97年に「クリス・ロック・ショー」をスタートさせ、人気コメディアンとしての地位を確立。『ビバリーヒルズ・コップ2』(87年)で映画デビュー、『天国からきたチャンピオン 2002』(01年)では製作・脚本も担当。

*8:作品中でこの白人男性3人は“tolerant rednecks”として描かれている。“rednecks”は、外で肉体労働をすると首が日焼けして赤くなることから、無学の白人労働者を指す言葉として軽蔑的なニュアンスを持つことに注意。「差別」の問題は、人種、階級、セクシュアリティなど多元的な領域にまたがっており、ここではある時の被差別者が、またある時の差別者にもなり得ることを示唆していると思われる。

*9:Karl Popper, “The Open Society and Its Enemies”, Routledge, 2011.

ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部

ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部「英語を学び、英語で学ぶ」学習情報誌『ENGLISH JOURNAL』が、英語学習の「その先」にあるものをお届けします。単なる英語の運用能力にとどまらない、知識や思考力を求め、「まだ見ぬ世界」への一歩を踏み出しましょう!