アメリカのジョージ・フロイド事件を きっかけ に世界で盛り上がりを見せているBlack Lives Matter (黒人の命は重要だ、BLM)運動。運動の始まりや現状などを、アメリカ合衆国・カリブ海地域のラティーノ・黒人文化や移民を専門とする文化人類学者で多文化コンサルタントの三吉美加さんが解説します。今回は後編です。
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BLMがリーダー不在なのはなぜか?ジョージ・フロイド事件と新型コロナで活発化した運動を徹底解説
アメリカの歴史から見る「制度的人種差別」
BLM運動を通して、最近よく耳にするようになった「systemic racism(制度的人種差別)」。これは、 そもそも 社会の制度が人種によって人を不平等に扱っている、ということを意味する。
アメリカ南北戦争後、南部の黒人奴隷たちは解放されることになったが、その後も長い間、黒人たちは主流社会へ参入できずにいた。それどころか奴隷解放後は、以前よりも、さらに厳しく黒人たちの自由を阻む州法が南部の諸州で成立することとなった。
例えば、他州への移動を認めない、異人種間結婚の禁止、公共の場で黒人たちが立ち入れない場所を明確に規定するなどである。 従って 、多くの黒人たちにとっては、実質、以前とあまり変わらない生活環境がとりわけ南部では長く続いた(もちろん、中には、黒人のエリートたちが結集して、黒人に向けた政治的、教育的な活動を始めて成功した例もあった)。
20世紀初頭以降には、The Great Migration(大移動)と呼ばれる、南部の黒人たちの北部への移動が活発化したが、それに伴い、KKK(クー・クラックス・クラン)など白人至上主義者らによる黒人に対するリンチは急増した。
アフリカ系アメリカ人たちは、奴隷解放後も、主流社会とは分離した形で、長い間「二流市民」として生きることを余儀なくされてきた。同じアメリカ合衆国に生まれても、同じ国を守る軍隊として世界各地の戦地へ派遣され、戦っても、彼らが戻る場所は、アメリカ社会の中にある黒人コミュニティーという制度的に不自由な場所だった。
1950年代半ば頃から、アフリカ系アメリカ人の公民権運動が始まり、1964年の公民権法制定によってアメリカの人種差別の問題は大きく前進した。しかし、こうした社会変化も、再び人種差別主義者らによるヘイトクライムを増大させた。
もちろん、奴隷解放から現在に至るまで、人種差別の問題は大きく 改善 されてきた。今では、高い教育を受けるアフリカ系アメリカ人の人口 割合 が増加しており、黒人ミドルクラスの層も厚くなっている。アフリカ系アメリカ人として誇り高く生きているプロフェッショナルも、当たり前だが、大勢いる。
非黒人 に関して も、彼らに偏見を持っていないという人の 割合 は今や高い。しかし、その一方で、貧困率、失業率、生活習慣病罹患率、服役率などを示す数多くのデータは、人種間の明らかな差異を示している。
現状の「制度的人種差別」のシミュレーション
BLM運動に参加する人たちは、アメリカ社会におけるアフリカ系アメリカ人やブラック *1 に対する社会の人種差別を引き起こしている仕掛けをすべての人に知ってほしい、制度的に不利な現状があると気付いてほしい、と訴えている。
具体的な 例で見てみよう。
例えば、就職活動をする際に、まったく同じ成績で同じ大学を卒業したアフリカ系アメリカ人(らしい名前)と白人(らしい名前)の2人の応募者が書類を 提出する と、面接に至る確率は白人の方がアフリカ系アメリカ人よりも、2倍も3倍も高いことがわかっている。
また、白人の多い地域にある公立学校へ行くと、設備の整った教室、質のよい教師がそろっている確率が高い。その一方で、黒人が多い地域にある学校は、クラス内の生徒数が多く、PCやインターネットの設備が十分ではなく、音楽の授業では楽器の種類や数が 少ない 、また、安い給料しかもらっていない教師が大勢いる確率が高い、ということも判明している。
白人が多い地域からは、エリート大学に多くの学生が入学する。その大学からは、高給な仕事に就く人が多く、やがて社会で重要な役職を得ていく。そうした中、黒人がその中に参入していくには相当な運と努力が必要、といった具合だ。
こう考えると、アメリカ社会は白人がよい暮らしをできるようにサポートしているが、非白人にはそうではない、と言うこともできる。アメリカ社会のさまざまな制度は白人に有利になるように用意されていて、黒人は生まれたときから不利な環境に置かれている。
個人の問題にしてはいけない
こうした有利、不利の実情を今こそ白人たちがよく理解しなくてはならない、という声が、ジョージ・フロイドさんの事件後の抗議活動 *2 を通して白人たちの中から上がっている。
黒人たちに困難な状況があったとしても、それを単純にその人に努力が足りなかったからと 判断 してはいけない、という点が重要だ。
トランプ大統領は、警官によるフロイドさんの殺害 に関して 、「世の中には悪い警官もいる」と言って、大ブーイングを受けた。大統領の発言は、事件を1人の悪い警官(フロイドさんを殺害した人物)のせいだと理由づけている。そうすることで、彼の行為の根底にある( かもしれない )、白人主流社会に生きる白人に共有されがちな思考や論理、主流社会の固定的な概念に基づく黒人に対する偏見や恐れ、制度や社会構造が個人にもたらすさまざまな背景要因を探って考察する、という重要なポイントを無視するように促している。
あの白人警官がなぜ過去にも任務中に過剰な暴力を執行していたのか、どうしてあのときにフロイドさんの首から膝を外せなかったのか。それを知るには、アメリカ社会の中で白人警官になっていく過程を、その社会的文化的環境を理解しなくてはならないだろう。そして、その人物がアメリカ黒人の被疑者と対面するときに、どのような行動や思考パターンが発動されるかについて慎重に検討していく必要がある。
Black Lives Matter という短い英語表現には、「黒人の命はあなたが思っている以上に、ずっとずっと大事だとわかって!」という思いが込められている。
BLMは対岸の火事ではない
日本では、フロイドさんの事件後のデモ活動を扱ったNHKの番組に対して、国内外からたくさんの批判が寄せられた。アメリカ社会のアフリカ系の人々をずっと悩ませてきた、身体性を過剰に強調したステレオタイプ(「筋骨隆々」で「荒々しい」黒人男性)の表現や、人種差別の問題を白人と黒人という単純な二項対立で説明したことに対しての批判だ。後日、NHKは謝罪した。
この放送の 原因 を考えるとき、ひとまずは、アメリカの黒人が抱えてきた問題を日本の社会が理解してこなかったから、と考えてみてはどうだろうか。こうした問題に対するセンシティビティのなさ、無関心さがこのことによって明らかになった。「日本社会に黒人は多くない」という問題ではない。
今、私たちが気付くべきことは、日本社会のマイノリティに対する不寛容さについて かもしれない 。「対岸の火事」と思ってしまうことは思考の停止をもたらす。自分がいる場所からはどのようにその火事を見たらよいだろうか。フロイドさんの事件後に起こっているアメリカ社会のBLMやほかの抗議活動を通して、私たちが学ぶことはたくさんあるはずだ。
自分が持つ特権に気付けるか?
差別の問題を考えるときには、差別されている対象に目を向けがちだ。しかし、今のBLM運動から学べることの一つとして、差別している側の、普段意識されていない「特権」に目を向けてみる、という点が挙げられる。
BLM運動の中で、白人たちが同じ白人に対して「 Recognize your privilege!」「 Check your privilege! White people need to understand their privilege.」という呼び掛けを行っている。これは、以前は黒人が白人に対して言っていた言葉だったが、今では白人が自らの特権に無自覚な白人に対して使うフレーズになっている。
極めて個人的な感情だと思っていても、実はその根っこの部分にその相手の社会的属性(人種、エスニシティ、ジェンダー、セクシュアリティなど)に対する自分の偏見が潜んでいる かもしれない 。そして、その偏見やネガティブな思いは、主流社会の価値観を無批判に取り入れて(内在化して)、それを自分の物差しにしてしまった結果だったということもある。
当たり前という思い込みに潜む日本社会の中の特権
今、「 Recognize your privilege!」と言われて、自分の生きている日常、地域社会、状況などについて 改めて 考えを巡らせているアメリカ人は大勢いることだろう。
あなたにも、無自覚でいる社会的特権がたくさんあるはずだ。日本語ネイティブである人、東京に住んでいる人、日本国籍を持っている人、大卒の人、男性、異性愛の人、家にWi-Fiがある人、障がい者手帳を持っていない人、正規雇用の人など。
「いや、そんなの当たり前だ。みんなそうでしょ!」と思うのはしばらくやめてみよう。あなたは自分の特権によってどんな恩恵を受け、どんな生活が送れているだろうか。そして、異なる立場にあって、その特権を持っていない人は、どんな日々を生きているだろうか。
今も続くアメリカ社会のデモ活動を通して、日本にいる私たちも、自分の特権について考えてみよう。在日外国人と言われるさまざまな文化的背景を持つ人々、例えば、世界中から来ている外国人労働者、移民、外国生まれの日本人などの方々。コロナの時代を日本の社会でどう生きているのだろうか。
身近にいる人々に話し掛けてみることは、日本にいる私たちの「BLM運動」の一つの形になるだろう。
「制度的差別」を知るためのおすすめ映画
■『ヤバい経済学』2010年。同名の本を映画化した作品。
文:三吉美加(みよし みか)
多文化コンサルタント。文化人類学の視点から、さまざまな顧客に対する配慮やサービスの仕方、 具体的な プランを提案している。ライフコーチングおよびタロットリーダーとしても活動。東京大学講師。学術博士(文化人類学)。専門はアメリカ合衆国・カリブ海地域のラティーノ・黒人文化、移民。著書に『 米国のラティーノ 』。 「1000時間ヒアリングマラソン」 の「カルチャー再発見」コーナー担当コーチ。
SERIES連載
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