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翻訳家の柴田元幸さんが、英米現代・古典文学に登場する印象的な「一句」をピックアップ。その真意や背景、日本語訳、関連作品などに思いを巡らせます。シンプルな一言から広がる文学の世界をお楽しみください。
The Outcast of the Universe.19世紀アメリカの最重要作家の一人ナサニエル・ホーソーンにとっては、共同体の中に居場所を失ってしまうこと、絶対的な「村八分」の身になってしまうことが、人間の不幸の原型であるように思える。?Nathaniel Hawthorne, “Wakefield” (1835)
代表的な長編『緋文字』(The Scarlet Letter, 1850)は、不義の子を産んだために胸にA(Adultery=姦通[かんつう])の緋文字を着けさせられ村にいながら村八分にされる女性の物語だし、代表的な短編「若いグッドマン・ブラウン」(“Young Goodman Brown,” 1835)も、夢とも現実とも定めがたい悪魔的集会を見てしまったせいで人間不信に陥り自ら共同体から身を引く男の物語である。
そういう意味で、数日留守にすると妻に告げて家を出て、20年間隣の通りから妻を観察し続け社会的にはゼロとなる人物ウェイクフィールドは、典型的なホーソーン・キャラクターと言えそうだし、“The Outcast of the Universe”(宇宙の追放者)というその形容句も、ほかの多くのホーソーン小説の登場人物に当てはまりそうである。
ただ、ウェイクフィールドの場合不思議なのは、『緋文字』や「若いグッドマン・ブラウン」が人間の善悪、罪と贖罪(しょくざい)といったシリアスな問題に触れているのに対し、この人物は、単に「自分がいなくなったら妻や家の者たちはどう反応するだろう」といった、ほとんど無意味に思える好奇心・虚栄心から自らを「宇宙の追放者」に仕立て上げるのである。
だが、だからこそ「ウェイクフィールド」は、『緋文字』などとは違った強さで読む者の心にとり憑つく。誰であっても、ほんのちょっとした、細さいなことから、宇宙の追放者になってしまいかねない―そうこの作品は示唆している。“The Outcast of the Universe” というフレーズが出てくるセンテンスをフルに引けば―
Amid the seeming confusion of our mysterious world, individuals are so nicely adjusted to a system, and systems to one another , and to a whole , that, by stepping aside for a moment, a man exposes himself to a fearful risk of losing his place forever. Like Wakefield, he may become, as it were, the Outcast of the Universe.この神秘なる世界の、見かけの混乱の只中にあって、人間一人一人は一個の体系にきわめて精緻(せいち)に組み込まれ、体系同士も互いに、さらには大きな全体に組み込まれている。それゆえ、一瞬少しでも脇にそれるなら、人は己の場を永久に失う恐ろしい危険に身をさらすことになる。ウェイクフィールドのように、いわば宇宙の追放者になってしまうかもしれぬのである
ちなみに 、深遠な論に水を差すつもりはまったくないのだが、このストーリーを現実的に考えようとするときの障害は、ウェイクフィールドは20年間どうやって食べていたのか?という問いである。「ウェイクフィールド」の舞台を戦後間もないニューヨークに移し、『幽霊たち』(Ghosts, 1986)としてよみがえらせた現代作家ポール・オースターは、20世紀のウェイクフィールドに探偵という職業を与えたのだった。
柴田元幸さんの本
- 作者:【音声DL有】新装版 柴田元幸ハイブ・リット
- 作者: 柴田 元幸
- 出版社: アルク
- 発売日: 2019/12/17
- メディア: 単行本
1954(昭和29)年、東京生まれ。米文学者、東京大学名誉教授、翻訳家。ポール・オースター、スティーヴン・ミルハウザー、レベッカ・ブラウン、ブライアン・エヴンソンなどアメリカ現代作家を精力的に翻訳。2005 年にはアメリカ文学の論文集『アメリカン・ナルシス』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞を、2010年には翻訳『メイスン&ディクスン(上)(下)』(トマス・ピンチョン著、新潮社)で日本翻訳文化賞を、また2017年には早稲田大学坪内逍遙大賞を受賞。文芸誌「MONKEY」(スイッチ・パブリッシング)の責任編集も務める。
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