英語は多様!米軍基地の街に育ち、世界12カ国100都市以上を旅した文筆家の牧村朝子さんが、「アメリカ英語こそ正しい『ネイティブ』な英語」という思い込みを、世界中のいろいろな人たちのEnglishesに触れることでほぐしていく過程を描く連載。各地独特な英語表現も紹介。今回は 「ニュージーランド英語とドイツ語」 。
夫の国であるニュージーランドに移住したドイツ人女性
「どんなに英語を勉強しても、笑いのツボが合わないの」
アストリッドさんは英語で言った。
人の言葉をしゃべるインコのゾーイちゃんが、「ピッ!!」と、電子レンジの物まねをした。
「ブーン・・・ティ~ンッ!」
ゾーイちゃんはお上手だった。ごほうびのピーナッツをもらった。「ワァオワァオ。」うれしそうな声を出す。鳥だから表情は変わらない。顔じゃなくて全身で、ピーナッツうれしいダンスを踊って表現する。「ワァオワァオ。」ゾーイちゃんは、鳥相手にも同じやり方で感情表現をするだろうか。
アストリッドさんはドイツ出身。ニュージーランド人である夫と暮らすため、ニュージーランドに移住してきたばかりだ。
夫と、義母と、しゃべる鳥。誰もドイツ語を話さない。電子レンジのまねは聞こえても、アストリッドさんの新しい生活に、母語であるドイツ語が聞こえることはない。
「ゾーイちゃんに日本語を教えてあげてくれないかな?」
そう、頼まれた。
ゾーイちゃんの元の飼い主は、一人暮らしの高齢ニュージーランド人男性だった。残念ながら亡くなってしまい、遺されたゾーイちゃんはストレスで自分の羽毛をブチブチ抜くようになり、首回りがくるんとハゲてしまったところを動物愛護団体に引き取られて、里親となったアストリッドさんの元にやって来たのだった。
アストリッドさんの家の電子レンジは、「ピッ!!ブーン・・・ティ?ンッ!」とは鳴らない。だからたぶん・・・いや、間違いなく、ゾーイちゃんは元の飼い主の家の電子レンジの物まねをしているのだった。ゾーイちゃんのおハゲは、少しずつ治り始めていた。しかしアストリッドさんの家で新しく覚えた言葉は、まだ、ない。
「どうして日本語を?」
「せっかくこの家に、いろんな国からのお客さんをお迎えするんだから、ゾーイちゃんにはこれから、いろんな国の言葉を話せるようになってほしくて。YouTubeで見たんだ。15の言語を話せる鳥がいるんだよ。ゾーイちゃんもYouTuberになれるかも!」
「ピッ!!」
ゾーイちゃんは言った。それはどこの国の言葉でもない、前の家の音だった。
Kiwi husbandとは?国際結婚への視線
Kiwi husband という言葉がある。
日本語で説明すれば、 「家事育児にとても 協力 的なニュージーランド人の夫」 という感じだろうか。
Kiwiというのはご存じの通り、キウイフルーツにそっくりな鳥の名前だ。ニュージーランドの鳥であること、「iwi」というのがニュージーランド先住民マオリの言葉で「部族」を意味することなどから、転じて「ニュージーランド人」「ニュージーランド的」という意味で「Kiwi」と言う。
Kiwiには、オスが卵を温める習性がある。温和な性格で、コロンと丸い体をしており、お空を飛べないので、トコトコ歩き回って食べ物を探している。そういうイメージから、「優しくて良いパパになるニュージーランド人の夫」ということで、Kiwi husbandという言い方をするのだ。
ある高齢女性に、ニュージーランドでこんなことを言われた。
「失礼に聞こえる かもしれない けれど、言うわね。昔はねぇ、日本の女性たちが、こぞってKiwi husbandと結婚するためにニュージーランドにやって来たものよ」
失礼だった。
「よその国からニュージーランドに一人でやって来る女性はねぇ、たいていKiwi husband目当てよね~」
その人はそこで言葉を切り、値踏みするようにこちらを見た。まさにニュージーランドに一人でやって来た女性であるところの私を、意味ありげな目でジロリと見た。
私は少し考えて、
「へえ、昔はねえ。そういう時代もあったんですねえ」
とニッコリ言い返してやった。
国際結婚と聞くと、ああいうふうにジメジメした反応をしてくる人がいる。私も一度、フランス人女性とフランスの法律で国際結婚をしたことがあるからわかる。女性同士で結婚した私にさえ、
「日本人の女なら日本人の子どもを産め」
なんて、言ってくるやつがいたのだ。あとは、「同性結婚を認めたら偽装結婚した移民がうちの国にどしどし入ってくるだろう」とか、「生まれた国でモテなかったやつがわざわざ外国人と結婚するんだ」とか、なんとか。本当に嫌なことを言う人がいる。
私はアストリッドさんに、「好きな人と暮らすために国境を越えた人」としての親近感を抱いていた。変なことを言ってくるやつがいたら、自分だけじゃなく、アストリッドさんまでかばうようにして、ビシッと言い返してやろうと身構えた。
ニュージーランド滞在中、アストリッドさんのところに泊めてもらっていたので、夜、アストリッドさんと私で一緒にお皿を洗っていたりなんかするときは、なんていうか「好きな人と暮らすために国境を越えた人連盟」みたいなチーム感でうれしくなった。
アストリッドさんのKiwiな夫は恥ずかしがりで、あんまり会話に参加したがらず、 すぐに 引っ込んでしまう。自分のことを 「introverted」 だと言ったので、「introvertedってなんですか」と聞いたら、Google翻訳にintrovertedと打ち込んで、日本語に訳して見せてくれた。 「内向的」 。
「彼って本当にKiwiなの」
introvertedな夫が、ガレージに・・・なんかよくわからないピカピカ光る電子工作の基板とかがいっぱいの、科学少年の秘密基地みたいなガレージに引っ込んでいってしまった後、アストリッドさんがいとおしそうに言う。今日の夕食は、introvertedな科学少年くん特製、シャケの頭の丸煮と、シンプルに塩ゆでしたマカロニと、パプリカサラダだった。
ニュージーランド英語とドイツジョーク
パプリカといえば・・・ニュージーランド英語は、学校で習ったアメリカ英語とやっぱり全然違っていた。
「パプリカ」は「bell pepper」じゃなくて、「capsicum」。 いや、学名じゃん。
「夕食」は「dinner」じゃなくて、なんと「tea」。 いや、お茶じゃん。
「戸惑うよね。私もドイツで英語勉強してて、かなり自信あったけど、ニュージーランドに来たら、英語、勉強し直しだったよ」
アストリッドさんは肩をすくめる。
「だけどね、どんなに英語ができるようになっても、笑いのツボだけは合わないの」
「へえ。どういうときにそう思うんですか?」
「んー・・・ドイツジョークの話になったときに、私は笑ったんだけど、彼はショックを受けちゃって」
「気になります。まさか・・・ナチスネタとか、そういうのだったんですか」
「それだけはドイツ人が絶対に笑いのネタにしない、しちゃいけないことだね」
「ですよね」
「ドイツジョーク、聞く?」
「はい」
「ちょっと待って、1回ドイツ語で言うから」
アストリッドさんは水道をキュッと止めて、何かブツブツとドイツ語で唱えた。ゾーイちゃんが翼を広げるポーズをする。
「OK、英語で言うわ」
ティ~ン!
絶妙なタイミングでゾーイちゃんが電子レンジの音を出した。笑ってしまった。まだドイツジョーク聞いてないのに。
「いくよ。・・・よう、見ろよ、おまえの村が大火事だ!いや、こりゃあ、葬式がいっぺんに安上がりで済むなあ!」
「・・・」
ティ~ン!ゾーイちゃんがまたレンジの音を出した。
「・・・で?」
「以上」
「んー、どこを笑えばいいんですか?」
「残酷なところ」
「それは・・・笑うところなんですか?」
「ドイツでは笑うの。ドイツの歴史って、つらいことだらけだったから、残酷なことを笑い飛ばさないと、とても生きられなかったんだと思う。ペットを殺すジョークもあるよ。ドイツジョークってドイツ語の音じゃないと、うまくダジャレにならないかもなんだけど・・・」
思わず、ゾーイちゃんを振り返った。
ティ~ン!ゾーイちゃんは、前の家のレンジの音を出し続けている。
日本語 | ドイツ語 | ニュージーランド英語 |
---|---|---|
キウイ | Kiwi | Kiwi |
バナナ | Banane | banana |
パプリカ | Paprika | capsicum |
KiwiのTa!って?
ゾーイちゃんに食べ物をあげる。日本語での名前を教えながら。
だけど日本語を教えているつもりでも、ドイツ語でだってバナナはBananeだし、パプリカはPaprikaだ。だんだん、どこの言葉を教えているのかわからなくなってくる。少なくとも、「鳥じゃなくて人間の言葉だ」ということは確かだけれど。
かつて、国際結婚が禁止されていた時代があった。考えたくないことだけど、時代が時代ならば、アストリッドさんは「アーリア人同士の結婚」をさせられていたんだろう。ナチスは、レーベンスボルンという、アーリア人とされた女性にアーリア人の子どもを産ませるための施設も造っていた。ナチスの思いどおりに子どもをたくさん産んだ女性には勲章が贈られ、ユダヤ人との結婚や性交渉は法律で禁止された。ナチスにとって、より優秀な国民を作り出すために。
「ありがとね、ゾーイちゃんのお世話をしてくれて。 Ta! 」
アストリッドさんが言う。
「Ta.って?」
「 Kiwi式の Thank you . だよ。ふふふ」
アストリッドさんがうれしそうに笑う。好きな人と生きる土地で覚えた、「ありがとう」。ニュージーランド英語の「ありがとう」。
ゾーイちゃんは食べ物をもらうと、うれしいダンスを踊る。15の言語で「ありがとう」を言える鳥もすごいけど、ゾーイちゃんのダンスは、国境も種族も越えるんだぞ。って、思った。私も、踊った。
今回のEnglishes:ドイツの言語浄化運動と、戦後の英単語輸入
ドイツ語と英語は、言語学的に同じゲルマン語派に属する。 ちなみに 、連載の 第4回 で取り上げたオランダ語もゲルマン語派である。
同じルーツを持つ言語であるため、似ていて当然と言えるのだが、1871年のドイツ帝国成立以降、「ドイツとは何か、ドイツ語とは何か」ということを考え直す機運が高まった。その流れにあって、ドイツ語からほかの言語の 影響 を取り除こうとする、言語浄化運動が盛んになった。
第2次世界大戦後は、まったく逆に、積極的に英語を取り入れるようになった。例として、 「Jogging(ジョギング)」「Showbusiness(ショービジネス)」「Computer(コンピューター)」「Campus(キャンパス)」 など。英語に乗せて、アメリカ的なライフスタイルが、ドイツに、日本に流れ込んだ。
ドイツ語と英語の混じり合った言語を、 Denglisch と呼ぶこともある。
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文・記事中の写真:牧村朝子(まきむら あさこ)
文筆家。著書『百合のリアル』( 星海社新書 、 小学館より増補版 、時報出版より台湾版刊行)、出演『ハートネットTV』(NHK-Eテレ)ほか。2012年渡仏、フランスやアメリカで取材を重ねる。2017年独立、現在は日本を 拠点 とし、執筆、メディア出演、講演を続けている。夢は「幸せそうな女の子カップルに『レズビアンって何?』って言われること」。
Twitter: @makimuuuuuu (まきむぅ)
編集:ENGLISH JOURNAL ONLINE編集部
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