
「多文化都市」と呼ばれるイギリスの首都ロンドン。この街で10年以上暮らすライターの宮田華子さんが、日々の雑感や発見をリアルに語ります。
「vaccine rollout(ワクチン・ロールアウト)」大作戦
コロナ禍が始まったとき、「この長いトンネルはどこまで続くのだろう?」と思ったものだった。イギリスの感染状況がひどかったのはご存じのとおりだが、世界で最初にワクチンが認可され、昨年12月8日から接種が開始された。この原稿を書いている4月初旬、約3200万人が1回目の接種を終えている。一部反対派もいるものの、多くの人はワクチンの存在に 希望 を感じている。今回のワクチン大作戦をイギリスでは「vaccine rollout( ワクチン・ロールアウト)」と呼んでいる。rolloutとは「隅々まで行き渡らせる」という意味。接種を 希望 する16歳以上の人すべて、誰一人取りこぼすことなく接種しなくてはならないのだから大変だ。しかし開始後 すぐに 知り合いの高齢者が接種を受け始めたので「スムーズに進んでいる」ことは実感していた。
そしていよいよ私にもワクチン接種の案内が届き、先日1回目の接種を受けてきた。今回は私の経験を含め、ワクチン・ロールアウトについて思うことを書いてみたい。
筆者がワクチン接種を行った教会。大型のワクチンセンターから、映画館を利用した小規模なものまで多数ある。
完了 !">1分かからずに予約 完了 !
接種を受けた誰もが声をそろえて言うのは、案内から接種までの全プロセスがすこぶるシステマチックであること。日本では接種枠に対し 希望 者が申し込む方法を採用している地域が多いようだが(4月現在)、イギリスでは自分の順番が来ると二つの方法でinvitation(案内)が届く。一つは登録している家庭医からの電話(通話またはテキストメッセージ)、もう一つはイギリス医療の母体である国民保健サービス(NHS)からの書面(郵便)だ。私はテキストメッセージ経由で予約したが、メッセージにリンクが付いており、タップすると最も近いワクチンセンターへの予約画面につながった。
名前や住所の記入は不要、生年月日を入れるだけで本人確認ができる。つまり各人に異なるアドレスのリンクが送られており、システムが 把握する 生年月日と合致すれば「本人」と 判断 されるのだ。10分刻みの枠を選んで予約 完了 。1分もかからない 作業 だった。
イギリスお得意の「効率的」な仕事ぶり
さて接種当日。わが家の斜め前にある教会がワクチンセンターになっている。センターに着くと案内員の女性に「Welcome!」と出迎えられ、建物の入り口で検温。その後受け付けし、「順番待ちの位置に立ってね」と 指示 される。ここまで約2分。そして15秒もしないうちに接種ブースに呼ばれた。ブースに入ると、担当者がまず私の健康状態の確認をし、その後副反応の説明。そして「アストラゼネカ *1 を接種します。利き手ではない方の腕に打ちますが、利き手はどっちですか?」と聞かれた。「右利きです」と答え、担当者が私の左腕を触ったかな・・・と思ったら、もう接種が終わっていた。針が入ったのがわからないほど一瞬のことだったので、思わず「えっ!?」と声を上げたが、「痛くなかったでしょ(笑)。また11週間後に会いましょう。バ~イ!」と、朗らかな声でブースから送り出された。
あっけにとられていると、別の案内役の人に「出口はこっちよ~」と誘導された。接種後15分はセンター内で待機と聞いていたが、「アストラゼネカの場合は不要なのよ」とのこと。この点はセンターによって 方針 に相違があり、どのワクチンでも待機を義務付けているセンターもある。
入り口に並んでから出口を出るまで、ものの5分。あまりのスムーズさに驚いた。「なるほど、ロールアウトがうまくいくのもわかる」と深く納得したが、実はイギリスはこの手のマネジメント“だけは”とても上手なことを思い出した。ターゲットを決め、限られた時間内でシステムを構築し納品までやり遂げる技術は、イギリスが長年発展させてきた文化の一つである。
大プロジェクトであれば、こぼれ落ちることはもちろんある。しかし目標達成のために多少のリスクは恐れず、グンッと前に進める思い切りのよさがあることは、これまで仕事の現場で何度も見てきた。細部にも目を向ける日本のスタイルとは大きく違うので来英当初は驚いたが、その方が効率的かつ早く仕事が進むことも多い。
そしてボランティアの活躍にも感動を覚えた。センターでは多くのスタッフが働いていたが、接種担当の医師・看護師以外のほとんどがボランティアだった。イギリスは慈善活動が根付いている国でボランティアの層が厚く、安定的戦力として期待できることもロールアウト成功の理由であることは間違いない。
ワクチン接種を記録するカード。裏面に接種したワクチン、バッチナンバー(製造番号)、日付が書かれている。
ロールアウトがあまりにうまくいっているので「現政権が調子に乗るのではないか?」と危惧する声さえ上がっているが、確かに今回のロールアウトはイギリス人が得意とすることがしっかり生かされている。順調にいけば、6月21日にイングランドにおけるすべてのソーシャルディスタンス策が解除される。
世界最悪の感染国の一つだったイギリスが、最も早く終息を迎える 可能性 が出てきたとは驚きだ。普段イギリスに住みながら痛い思いもしている私だが、コロナ禍を通じてイギリスを見直し、そして 感謝 したことも事実。このまま「終わりの始まり」が順調でありますようにと願いつつ、緩和の夏を静かに待っている。
イギリスのロンドンってどんなところ?
イギリスの首都ロンドンはイギリス南東部に位置し、さまざまな人種・文化・宗教的背景の人たちが住んでいる「多文化都市」。ビッグベン、大英博物館など観光スポットも満載。写真:宮田華子
※本記事は『ENGLISH JOURNAL』2021年7月号に掲載した記事を再編集したものです。
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宮田華子(みやた はなこ) ライター/エッセイスト。2002年に渡英。社会&文化をテーマに執筆し、ロンドン&東京で運営するウェブマガジン「matka(マトカ)」でも、一筋縄ではいかないイギリス生活についてつづっている。
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